『小さな召喚師2』
元気になったアメルを連れてマグナは歩く。
ミモザの『家でうじうじしてないの! アメルちゃんを連れて街でも案内してあげなさい』という一言によって外出を余儀なくされた。
ロッカとリューグも誘ったのだが、今後の方針を話すという事で断られ。
ネスティも用事があって外出。
フォルテ・ケイナは武器の調達へ行って。
トリスは……
をギュムギュム抱き締めながら笑っていた。
俺、そういえば最近、トリスのあの笑顔見てないかもしれない。
トリスの一見無邪気な笑顔はフェイクである。
蒼の派閥で培った仮面。
マグナが一見ボケーっとしている雰囲気を持つのと同じ。
本当の弱い自分を曝さない為の自己防衛。
トリスが心の底からの笑顔を一瞬でも他人に浮かべるのを見るのは。
本当に久しぶりだった。
「(くいくい)」
湖畔やら、繁華街やら、商店街やら。
色々案内していると、ハサハが不意にマグナの服を引っ張る。
「どうしたんだい? ハサハ」
マグナがハサハを見下ろすと、ハサハは眉根を寄せて一人の少女を指差した。
「だからっ!」
金色の髪を持つ少女が、なんと蒼の派閥の門番と口論しているではないか。
マグナは一瞬虚を突かれた気持ちになるが、慌てて少女の元へ駆け寄る。
アメルもハサハも慌ててマグナの後を追った。
「でさ、ミニスの探し物を手伝う事にしたんだけど、途中ケルマって言うウォーデン家の女召喚師に襲撃されて」
怒涛の午後。
思い返してマグナは大きく息を吐き出す。
「そうなんです。ケルマさん、ミニスちゃんの言い分も聞かないでいきなり攻撃してきて。マグナさんは魅了されるしで、ハサハちゃんと苦戦しちゃいました」
無くした物を探していた金の派閥の小さな召喚師。
ミニス。
彼女を偶然助けたマグナ達は失せ物を一緒に探していた。
すると導きの庭園でキンピカ衣装の女召喚師・ケルマに遭遇して。
ケルマとミニスの口論が高じてバトルへ。
アメルも初めて戦った召喚師相手に戸惑いつつも、癒して召喚してハサハと一緒に奮闘した。
「本当よね〜、マグナってあーゆうのがシュミなわけ?」
だらしがない。
とでも言いたいのだ。
ミニスが澄ました顔でマグナをからかう。
マグナは両手を左右に振って「違う違う違う違う!」なんて。
妹トリスの前で必死に否定した。
「としま、なんだって」
意味を理解していないハサハの説明に、アメルが苦笑する。
「へぇ〜、大変だったんだ? マグ兄、アメルもハサハもミニスも」
椅子へ座り両足を前後に揺らして、トリスはマグナの災難に聞き入る。
マグナ達が知り合った召喚師ミニス。
人懐こいミニスの雰囲気に直ぐに打ち解けたトリスと、眉間に皺を寄せるネスティ。
対照的な二人にフォルテが笑いかけて、ケイナの一瞥で黙り込む。
「……」
声を立てずにネスティは息を零す。
出来る事なら人目を憚らず『君は馬鹿か』と、怒鳴りたかった。
ミモザとギブソンがこの場に居なければ。
「あ、そうそう。アメルに話があるんだって。ロッカとリューグが戻ってきたら一回部屋に寄ってって言ってたよ」
アメルが出掛けてから、顔をつき合わせて相談していた双子。
アメルに頼まれた伝言をトリスが伝える。
「有難う御座います、トリスさん」
大分顔色の良いアメルは笑顔をトリスへ向け、居間から出て行った。
「こっちはねぇ〜、バルと皆でやっぱりゼラムの街をウロウロしてたよ。
玄関を出ようとしたらパッフェルさんって言う、ケーキ屋さんのバイトさんに会ったの。ギブソン先輩って甘いものが好きで、パッフェルさんがケーキを運ぶんだって」
オレンジ色の服を着たウエイトレス。
パッフェルを思い出しトリスが今日の出来事をマグナへ逆に報告。
「へぇ〜」
トリスの外出の事実・パッフェルなるアルバイト・ギブソンのケーキ好き。
全てに対してのマグナの相槌。
分かったのはトリスとネスティだけで。
他の皆はマグナの返事を彼の気質だと判断した。
「良かったら今度君達の分も取り寄せるよ」
トリス達の遣り取りを愉快そうに眺めるギブソンがマグナへ言う。
「美味しかったよ〜、パッフェルさんのお店のケーキ!」
うっとりした顔でトリスもマグナを勧誘する。
「甘すぎでしょう」
しかし辛党のミモザだけは渋い顔。
露骨に嫌な顔をしてギブソンへチクチク。
ギブソンは黙ってミモザの肩を叩いただけにとどめた。
「それから、吟遊詩人さんにも会ったよ! マグナ達は会わなかった? アメルに合わせてあげたかったな〜。街を一周してわたしは帰ってきたの。庭園の騒動は分らなかった」
も特に何も言わなかったし。
内心だけで付け加えてトリスは話を締め括る。
「キヒヒ。そりゃー、ニンゲンは鈍いからな〜」
小馬鹿にした調子でバルレルがトリスを早速からかう。
意地の悪い憎まれ口しか叩かないバルレルは矢張り悪魔なのだと。
妙にマグナは実感してしまう。
「バル! そーゆう言い方は酷い!」
気にならないのか、トリスは普通にバルレルへ接する。
「けっ、本当の事だろう?」
ものの、あんまり相手にされていない。
アッサリ切り替えされて、トリスは頬を膨らませた。
護衛獣との遣り取りにミニスが笑っていて、ハサハもなんだか嬉しそうだ。
同じメイトルパ属性とあって仲良くなったミモザと話し込むミニス。
フォルテとケイナもミニスの落し物探しを手伝うと申し出た事もあり、居間は和やかな空気に包まれる。
「なぁ、
は?」
マグナはバツが悪そうに小さな声でトリスへ耳打ちした。
「え、ああ……ミニスが帰ってから話そうと思ってたんだけど……。わたし達に悪いから、暫くは自分達で行動するって。多分、今は荷物を纏めてると思う」
トリスが表情を曇らせた。
本当は誰も悪くないのに、掛け間違えたボタンが戻る気配はない。
顔色を悪くしたマグナの手を両手で握り締め、トリスは励ますように笑った。
「悪く思わないでって、ね。
が言ってた。誰が悪いわけじゃないんだけど、皆余裕が無いから自分達が他人事みたいにアメルの事とか。見てると、きっと、昨日みたいな展開になっちゃうって。それが嫌なんだって」
街を歩きながら
に言われたトリスである。
『暫く距離を置こうと思う。アメルの痛みを我は理解してやれない、現場を見た汝等なら兎も角、我は知らぬからな。
のうのうと過ごして居ればまたマグナを刺激するとも言い切れぬ。ギクシャクする汝等を見たくないのだ』
酷く真摯に言われてトリスも引き止められなかった。
バルレルはカノンに微笑まれて何故だか口を噤んでいて。
に押し切られるままトリスは頷いた。
『だが忘れないで欲しい。汝等は我にとっては友だ。ギブソン・ミモザの後輩として見ているのではなく、友達だと認識している事を忘れないで欲しい』
のそんな言葉が嬉しくて、トリスは
から教わった指きりげんまんをする。
『例え遠く離れていても汝等を心配する。危険な目に合わないかと危惧もする。またそれ以上に信頼している。
汝等の判断が間違っていないと。遠回りしても立ち止まっても間違えても良い。後悔する選択だけは絶対にするな』
最後に は兄から貰ったという髪を結ぶ紐を一本。
トリスへと託した。
お守り代わりだと言って。
の言葉は嘘がない。
本能で悟ってトリスは輝く笑顔を へ向けた。
カノンとガウムもトリスを友達だと言って指きりげんまんした。
矢張りバルレルだけは、何かに(答:カノン)怯えて混ざろうとしなかったけれど。
トリスは自分の胸が暖かくなるのを感じはにかむ。
「折角だからゼラム周辺で暫く修行するみたい。大丈夫、
達は凄く強いもん。あいつ等に襲われたって逃げるって言ってたし。心配いらないよ」
マグナの不安を感じ取ってトリスがさり気なく言葉を追加した。
「うん、そうだな」
マグナはトリスに笑顔を向けてアピールする。
俺は大丈夫だよ、と。
言葉にしなくてもお互いの気持ちはなんとなく察せられる二人。
双子である事を差し引いても、世界でたった二人の兄妹。
苦楽を共にしてきたマグナとトリスの絆は深く強い。
「だから、わたし達はわたし達の事を真剣に考えよう? ネスは元気が無いし、アメルにわたし達の感じた気持ち話してないし。足踏みしてたら後悔しちゃう」
マグナと繋いだ手に力を込め、トリスはミニスへ目線を移しながら呟く。
ミニスは耳を傾けるケイナとフォルテへ失くし物の特徴を説明中。
大切な宝物を失くしたのに、ミニスは気丈で。
時折眉根を寄せて悲しそうな顔をしながらも、しっかり口を開いていた。
「頼りないかもしれないけど、わたしも頑張るから。マグ兄」
マグナの肩に頭を預けてトリスが囁く。
「だから、一緒に頑張ろう? 出来れば、ネスも一緒に」
早口で付け加えたトリスの言葉に、マグナは噴出しそうになる口元を押さえる。
「うん。一緒に頑張ろうな。出来ればネスも一緒にさ」
妹に心配はかけられない。
マグナは背筋を正すのであった。
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