『小さな召喚師1』



兄の様子が変だった。(答: を傷つけて泣かせてしまった為)

しかも兄弟子の様子も変だった。(答: の本当の姿をうっかり見てしまい、カノンに脅迫された為)

付け加えるなら護衛召喚獣の態度も不審。(答:ネスティと同じく の本当の姿を見てしまい、カノンの殺気にビビった為)

一晩寝て動揺を収めたアメルの手作り朝ごはん。
口に運びながらトリスは上記三人の冴えない顔色を窺う。

 いつからだろう?

ギブソン・ミモザ邸居間にて。
トリスは機械的にスープを口に運び想いを馳せる。

 いつからだろう?
 二人で支えあって派閥での生活に耐えたのに。
 最初は冷たかったネスへは二人で懐いていったっけ。

 なのに二人がどんどん遠くなる。
 わたし……二人と一緒に居られればそれだけでいいのに。

 わたしを護ろうとするお兄ちゃん。
 わたしとお兄ちゃんを護ろうとするネス。
 じゃぁ、わたしは?

 わたしは誰かを護っちゃいけないの?
 そんなに頼りないのかな。

大切な二人が自分と距離を置く。
本当の二人の笑顔がドンドン消えていく。

最近では軽口でさえ叩く事も出来なくてトリスは息が詰まりそうだった。

「トリスさん、顔色が悪いですよ?」
ぼんやりしていたトリスにカノンが喋りかける。
「え? ほえ??」
突然言われた言葉に対応できなくて、トリスは意味不明瞭な相槌を打った。
真向かいに座っていたロッカも心配そうにトリスを見る。
「無理しないで、食べれる分だけ食べればいいよ。アメルだって分ってるさ」
リューグとアメルのお兄さん。
ロッカは穏やかに微笑みアメルへ目線を送った。
「ええ、昨日の今日ですから。あんまり無理しないで下さいね? トリスさん」
アメルもロッカの視線に気づき、心配そうにトリスを見詰める。
「ごめんね、なんか、お腹一杯みたい」
胃が競り上がってくるみたいにムカムカして気持ちが悪い。
トリスはお腹を擦って満腹感をアピールし、アメルへ謝った。

「えーっと、カノン、それ の朝ごはんでしょ? ついでだから運んでおくね」
ネスティも兄マグナも朝食中。
なのでトリスなりに気を利かせ、カノンの脇においてあったトレイ片手に居間を出る。
「……おい」
もしかしたら召喚主は自分の二の舞になるかもしれない。
危惧したバルレルがカノンへ声をかけた。
バルレルの声が少し震えていたのはご愛嬌である。
「なんですか? バルレル君」
何時もの笑顔を浮かべるカノン。

ネスティはカノンの笑顔に怯えて顔を引き攣らせた。

「トリスさんの好意に甘えるのがいけないなら、次からボクが運びますけど?」
目がまったく笑っていない笑顔のカノンの返事。
バルレルは黙り込み、ネスティは勢い余ってパンを握りつぶし。
ケイナとフォルテはカノンの迫力に目を丸くした。

唯一、カノンの素を知るギブソンとミモザが苦笑し合っている。

「カノンさん、なんだか頼もしいですね」
アメルがのんびり言えば、ロッカとリューグは複雑な顔で小さく息を吐き出す。
さんのお兄さんしていて、頼もしい感じがします」
昨日のお姫様抱っこといい、探りを入れるバルレルを撃退する鮮やかさといい。
兄弟を心配する兄そのもの。
無邪気に笑ったアメルにミモザが手を左右に振った。

「あ〜、カノンぐらいじゃまだ可愛いほうね。これがサイジェントの の保護者に知られでもしたら……首が飛ぶわよ。文字通り」
自分の手で首をはねる真似をして、ミモザが傍らのギブソンへ同意を求める。

カノンから聞いた所。
マグナは を泣かし、ネスティとバルレルは の泣いている姿を覗きして、しかも本来の姿までバッチリ目撃。
うっかり に好意を寄せようモノなら、バノッサを筆頭としたセルボルト兄妹が黙ってはいない。
当然、トウヤとハヤトの誓約者達も黙っちゃいないだろう。

「それか、格属性最高ランクの召喚術乱れうち、とかだろうね」
乾いた笑みを漏らしギブソンが付け加えた。
ミモザとほぼ同じ光景を思い描いて。

「一体、どんな保護者なんだよ?」
眉間に皺寄せリューグがミモザを見る。
「えーっとお兄さんが四人でお姉さんが二人。戦士タイプが二人で残り四人が召喚師。剣の腕も召喚師の腕も上で、頭も冴える、口も冴える。こんな感じよ」
ミモザが彼等を茶化して表現すれば、リューグは益々訳が分らないという顔で首を捻る。

「今の状況では関わりあわない方が懸命って相手ね、そうでしょう? カノン」
この話はコレでお終い。
暗に滲ませミモザがカノンへ話を振る。

「そうですね、きっと」
カノンは笑顔を崩さずにミモザの意見に賛同した。


奇妙な話題で盛り上がった居間を他所に、トリスは 用の客室で を眺めていた。
「ごめんね? 八つ当たりして」
昨日顔面蒼白のネスティがトリスに告げた事態の顛末。
マグナの暴言には、トリスも何よりネスティーが驚いていて。
トリスとネスティ二人して凹んだ。

「いや? 己で神と名乗っていながら何も出来なんだ。情けない」
マグナに泣かされた(何故か周囲の見解がこうなっている) は、腫れぼったい瞼を指先で擦る。

ハサハと同い歳位なのに、マグナを責めない。
しかもトリスまで気遣って自分は元気を装う。
トリスは健気な の姿にキュンとなった。

「も〜う!!!! 可愛い!!!」
大なり小なり。
女とは可愛いモノ(物体・存在)を愛しいと感じ、抱き締めて感触を確かめたがる。
そのような衝動を持ち合わせているのだ。

トリスも多分に漏れず、 を抱き締めて悶絶する。

「? は?」
対して は訳が分らない。

マグナが憤ったのも仕方ないし、レルムの村を救えなかったのも事実。
マグナの見た映像をうっかり視てしまい、泣いてしまったのも。
本当に申し訳ないと思っているのだ、マグナに対して。
だからトリスの真意を測りかねた。

ってすっごい、すっごい、すーっごい可愛い!! 無理しなくていいんだからね? お兄ちゃんだって無いもの強請りなんだから、神様なんて……」

蒼の派閥で浴びた冷たい目線。
勝手に連れてこられて召喚師にさせられて、勝手に追い出されて。
信じられるモノは少なかった。

トリスも方向は少し違ったけど、マグナ同様神様は信じていない。

 孤独・絶望・諦め。
 独房で育った孤独と猜疑心。
 広い世界へ放り出されて、感じる種類の違う孤独。
 マグナとは別の意味で音が乱れておる。

トリスに抱き締められ音を聞きながら は朝食へ目線を落とす。
芋好きのアメルお手製、芋尽くし朝食。

パンの食感にフラットのパンを思い出し。
は少しホームシックに陥った。

「ん〜、とにかく! 深く悩むのは駄目!  は悪くない、だから顔を上げて胸張って笑ってればいーのっ!」

 ニパッ。

生い立ちの暗さ、現在の状況の忌まわしさを感じさせないトリスの笑顔。
一見無邪気に微笑むトリスの虚勢に は眉を顰める。

 そうやって、常にそうやって己を鼓舞してきたのか。
 兄を励まし、己を誤魔化してきたのか。
 むぅ……メイメイの占いは当たらずとも遠からず。

 力を得るだけでは何も解決しなさそうだ。

例えば。
がサイジェントでしてみせたように。

マグナ達を『自立』させる事は可能だ。

戦い方を教え、敵を打ち払う術を教えれば。
あのイオス達黒集団の追撃くらいはかわせるだろう。

だがそれは根本的な問題の解決には繋がらない。

アメルが狙われた理由も探れない。
行方不明のアグラ爺さんを捜す事も出来ない。
ネスティのカビが生えそうな湿度の高いため息も消えないし。
マグナの切羽詰った瞳の色も。
トリスの虚構に満ちた笑顔も無くならない。

 異界の生活が特殊だとは思わぬ。
 人は皆、誰かに認められたい。
 居場所が欲しいと願うもの。

 我とてサイジェントの居場所は何物にも代え難い大切な家だ。
 だからといって、トリス達に居場所を押し付ける事は出来ぬ。
 根無し草状態の今は、逆効果だ。
 我がマグナを刺激してしまったように。

なんだか自分を慰めてくれているらしい。
トリスの不器用だけれど、一生懸命の励まし。
はトリスの瞳を見上げて礼を言った。

「有難う、心配してくれて」
「えっ、あっ、あははっ……押し付けがましかったかな?」
素直な の感謝の気持ち。
滅多に言われないその言葉に、トリスは顔を真っ赤にして照れた。
歳相応の少女の羞恥を見せながら。

は黙って頭を横に振る。
「そんな事は無い。トリスは本当に優しいのだな」

冷たい大人達に囲まれて過ごした幼少期。
成長してもまだ蔑まれる不安定な境遇。
生まれながらに人権を保障されて育ったトウヤ達とは土壌が違う。

自己防衛のための人懐こさといっても、ここまで他人を思いやれるのは天晴れだと感じる。
の賞賛にトリスは益々顔を赤くして慌てた。

「そ、そそそそ、そんな、そんな事無いよ! 普通だよ」
どもるトリスの様子が可笑しくて、 は声を上げて笑い始める。
の元気が戻ってよかったと思う反面、トリスは火照った己の顔を鎮めたいと切に願った。



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