『縛鎖を断つもの2』
バルレルとハサハの怒気。
またもや重苦しい空気が流れ込む居間で、
が呆れ返った口調でバルレルとハサハへ話しかけた。
「致し方あるまい。トリスとマグナの抱える根本的な劣等感、バルレルとハサハは薄々察しておっただろうに」
手招きして椅子に座るよう指差せば、バルレルとハサハは不服そうに口先を尖らせたまま椅子に座る。
「劣等感? あの二人が?」
ケイナが信じられないと言いたげに
へ聞き返した。
「召喚師の素質があったからといっても、元は孤児だったのだぞ? あの双子は。蒼の派閥の一部は双子を快く思ってはいなかっただろう。
ネスティ、汝も最初はそう思っていたのだろう? クレスメントの末裔に対して憎しみを抱いていた、違うか?」
責める様子は微塵もない。
過去の事実を把握しておきたいだけ。
が話の先をネスティに向けると、ネスティは決まり悪そうに肩を竦めた。
「トリスは護られるだけの己に劣等感を抱いておる。だから笑って愛想を良くして、相手に嫌われまいとする。自己防衛だ。
だが新たな要素、己が罪人の一族・クレスメントの生まれだと知ってショックを受けておるのだ。
アメルを護ってきたつもりが、ネスティの助けになってきたつもりが。己の先祖が二人を不幸のドン底に突き落としたと知ってしまえば、胸中穏やかではないだろうな」
ネスティの反応を咎めず流し、
はトリスの劣等感から解説を始める。
「成る程、道理でござるな」
カザミネが の洞察力に感心して肯定の意思を表す。
他のメンバーも、 が発する言葉に黙って耳を傾けた。
混乱が混乱を招く最悪の事態。冷静でいようと思えば思うほど焦って、我を見失う。
そんな中で一番冷静で、悪く言えば冷淡な
の態度は他のメンバーの動揺を鎮めていた。
「トリスは手助けがあれば自力で立ち直れる。アメル・ネスティー、トリスを支えてやれるな? 汝等にとってトリスは大切な仲間であり家族である。そうだな?」
小首を傾げて はアメル・ネスティへ疑問を投げかけた。
とはいっても、疑問と呼べるかどうかも怪しい確信に満ちた疑問形の口振りで、だったが。
「ええ、勿論。トリスさんは……ううん、トリスもマグナも大切なわたしの仲間で、友達で、家族です」
「ああ、あの二人は手間のかかる僕の弟妹弟子だからな」
アメルとネスティが からの駄目押しの質問に、胸を張って応じる。
誰もが当事者と との会話に口を挟まないものの、内心では深く安堵した。
失われてしまうかと思った絆は失われておらず、一層強くなっている。
感じて互いに笑顔を見せあった。
「次はマグナだが……。マグナの劣等感は根深く深刻だ。魔力の高さはトリスと同じ。ただ、幼心にトリスを護ると決めて剣の道を選んだのだろう。
結果、召喚術だけを学んだトリスとの差が出てきて、それを悩んでいる。蒼の派閥は召喚師を育成する機関であって、召喚剣士を育成する場ではないからな」
「(こくこく)」
マグナの話題にハサハがコクコク首を縦に振り、
の言葉が正しいと主張する。
「召喚術ではトリスやネスティやギブソン、ミモザ。汝等には遠く及ばぬ。
しかも、我やフォルテ、カザミネにシャムロック。正規の訓練を受けた剣士や騎士の実力も持たぬ。
焦るマグナへの追い討ちは矢張りクレスメント一族の罪。辛うじて保っていた精神の均衡が崩れるかもしれぬ」
は世間話を嗜む気安さでサラリと爆弾発言をかます。
「最悪、一人であの施設を壊しに行きかねない。そこまでマグナは自身を追い詰めておる。そこでだ。我が責任を持つ故、マグナの身柄を任せてはもらえぬか?」
顎から手を外し背筋を正した が提案すれば、ネスティとアメルは絶句。
「その提案は有難いが……どうして君はそこまで」
お節介にも程がある。
あれだけマグナに嫌われていても尚助けようとする の心理が分らない。
言い淀むネスティーに
は不敵に微笑んだ。
「なに、一昔前のキール兄上にマグナが似ておってな。放置しては置けぬし、ここで見捨てたとなれば我がセルボルト家の汚名ともなる。
案ずるな、マグナは本来ならばとても芯の強い人間。そう簡単に壊れたりなどせぬわ」
断言する からは威厳さえ漂う。
元来が神である
の物言いは、聞いているだけでそれが真実だと錯覚してしまいそうになるから不思議だ。
「新生セルボルト家のお節介は筋金入りですから♪」
「キュキュウ♪」
深い理由をもたない に呆気に取られる新メンバー。
旧サイジェント組は諦めた顔で笑い、カノンとガウムが心底楽しそうに注釈を入れる。
和みかけた居間にまたもや侵入者、基、乱入者。
シオンが険しい顔で居間へと姿を現した。
「
さん、先程マグナさんが天使の羽を持ってゼラムから姿を消しました。トリスさんは頭を冷やしに導きの庭園へ留まっています」
忍の特性を遺憾なく発揮し、マグナとトリスの様子を見張っていたシオンの報告。
は大きく深呼吸をした。
己の予測が現実になろうとしている今、
自身も覚悟を決めなければならない。
「ありゃりゃ……
の読みが当たっちまったのかい」
モーリンが落胆の色を隠さず残念がってぼやく。
自分が知り合い、助けたいと願った新米召喚師マグナとトリス。
双子が抱える影があったとしても、あの兄妹なら乗り越えてくれると。
心の隅っこでモーリンは漠然とした期待を抱いていた。
「レナード・パッフェル・シャムロック・カザミネ・ルウ・ユエル。マグナを救う冒険に同行してもらえるか?」
メンバーを見渡して
が立ち上がる。
「勿論ですよぅ、
さんv」
「無論」
「うんうん! ユエル、頑張るね!」
パッフェル・カザミネ・ユエルは多少 と面識があるので即座に了承。
各々立ち上がり、 へ答を返す。
片や、徐にメンバーへと加えられたレナード・シャムロック・ルウ。
この三名は大いに戸惑った。
マグナを助けたい。
この気持には偽りは無い。
でも突然現れた という名の見習い召喚師の言葉を何処まで信じていいのか。
正直躊躇いが無いわけでもなく。
即座に返事を返した三人のように色よい返事は出来なかった。
「レナードは我と同じ銃使いで、奇しくも同じ名も無き世界の出身だからな。同郷のよしみで手伝って貰いたい。
シャムロックは訓練を受けた騎士、ある程度の非常時には対応できると考える。
ルウはあの森を監視してきたアフラーン一族の末裔、誰よりもあそこの悪魔には詳しいと思うのだが。間違っておるか?」
の告白に、レナードは咥えていたタバコを床へ落とす。
「
って観察眼だけは相変わらず鋭いよね」
ミニスがシャムロックとルウの気持を代弁し、 に付いて行きたいのか。
ガウムが少々不服そうに頭をもたげる。
「おい、
!? お前、今同郷って……」
如何にもシルターン風の衣装と言動を取って。
如何にもリィンバウムの人間のように魔力を操ってみせるこの子供が地球人!?
ルウの指摘を忘れ目を白黒させるレナードとは対照的に、ギブソンが呑気に「ああ、そうだったな」なんて手を叩いて今更ながらに相槌を打つ。
「ああ。アメリカに住んでいたわけではないが、我も地球出身だぞ。住んでいた場所は日本だ。レナードはロスの刑事なのだろう?
マグナが、青少年が犯罪に手を染めようとしているのを、黙って見逃すほど落ちぶれておるまい。それとももうこちらの生活にどっぷりと浸かって馴染んだか」
ユーモアのセンスはアメリカ風?
少々棘のある台詞で
から言葉を返され、レナードは一気に脱力した。
「馴染んだと思うか?」
レナードが地球に未練を残しているのは明白で、それを理解しているだろうに。
分っていて意地悪な質問を放った が地球人というのは、ある意味納得できるとレナードは思った。
レナードは脱力して座り心地の良い椅子奥に沈む。
「いや、馴染めていないように思えるが」
平然とレナードの一矢を打ち払い、澄まし顔で言い返す の大物っぷり。
すっかり のペースに乗せられたと気付かないゼラム組と、気付いてニヤニヤ笑う旧サイジェント組。
対照的な新旧の仲間の顔を順に見渡し、 は唇の端を持ち上げた。
と、思わぬ横槍が入る。
「
。今回は俺も同行するぜ」
バルレルの意外な申し出にこれからを話し合っていた全員が瞬時に黙り込む。
「……バルレル」
沈黙を破るのは 。
しんみりした調子でバルレルに近づきその肩を二度・三度叩いた。
「な、なんだよ」
自分が同行を望んだのがそんなに意外なのか。
内心ムッとしていたバルレルは、身構えながら
へ言う。
「バルレル、汝にも思いやりの心が存在したのだな」
褒めているのか貶しているのか。
さっぱり分らない
の褒め言葉が居間に響いた。
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