『縛鎖を断つもの1』
ゼラムのギブソン・ミモザ邸へ戻った 達とマグナ達一行。
部屋に引き篭もったトリスとマグナを抜きにした説明が始まった。
「あの森にあるのは、トリスさんとマグナさん達の先祖・クレスメントの一族が作り上げた実験施設なんです」
自分が吐き出す言葉を噛み締め、アメルがまず口を開く。
「クレスメントの一族は、リィンバウムへ侵攻する勢力に対抗する為の武器を作ろうとしていました。
それが召喚獣と機械を組み合わせた兵器・ゲイル。誓約と機械のプログラム、二重の束縛を受けた素体は完全に己の意思を失います」
禁忌の森の入り口のない建物。
そこから溢れ出した機械の悪魔。召喚兵器・ゲイル。
アメルが尚も話し続ければ、ミニスとルウ、ミモザ、ギブソンの顔色が変わる。
「その機械……技術を半分提供したのが、僕の先祖ライルの一族なんだ。ロレイラルを捨て新天地を求めた融機人のライル一族。
しかし、リィンバウムの人間はライルの一族を受け入れてはくれなかった。クレスメント家を除いては」
苦渋に満ち溢れるネスティの顔。
融機人が有するという一族の記憶を持つネスティだからこそ、ここまで詳しく語れるという事実。
同時にそれはネスティが一族の記憶に苛まれている事も示唆していた。
リィンバウムは奥が深いと思っておったが。
ロレイラルも奥が深いな。
ネスティの説明を聞き頻りと頷き
は考える。
「うん……融機人も一時はリィンバウムを欲して侵略していたから。そういう意味では警戒されただろうね」
帽子とゴーグルを直すフリをして、気分の悪さを追い払い。
エルジンが感情を殺して言葉を挟む。
ネスティは自嘲気味に笑った。
「最初は捕獲した悪魔や悪鬼を素材にしてゲイルを作っていた。純粋に、その力がリィンバウムを護ると。彼女を犠牲にしてしまうまではクレスメント家もライル家も信じていた。
ある時……メルギトスの襲撃を察知した両家は、人に味方をしていた豊穣の天使アルミネを、彼女を素体としたゲイルを作り上げた」
ネスティは大きく息を吐き出してから話を続ける。
「初陣。即ち襲ってきたメルギトスとの戦いに導入されたアルミネは、途中から制御不能になり暴走し。メルギトスと力をぶつけ合って消滅しました。
ゲイルによって捻じ曲げられたアルミネの魂は転生できず、森の中で植物や動物に転生しながら長い時を経て。わたしという赤子になりました。わたしは……アルミネの魂の欠片だったんです」
ネスティからの目配せを受け、アメルが己の裡に眠っていた記憶の断片を音に出す。
「アルミネのゲイル化を知った竜神や他の天使達は、人間に失望してリィンバウムを去って行った。以来、彼等は誓約による呼びかけでしか応じなくなる。
送還術が伝授され、召喚術に発展し、エルゴの王が出現するまでリィンバウムの危機は続いた。ライルとクレスメント家の犯した罪によって」
召喚術の歴史に疎いメンバーへ向けてネスティが最後に補足説明をする。
当時を記憶する者が語る歴史は奇妙な圧力があった。
「面白い出自だな、アメル」
葬式よりも何よりも重たく粘着質な空気が漂う、居間。
は顔色一つ変えずにアメルへ言葉を投げかけた。
「
……さん?」
言葉の意図が分らない。
アメルは戸惑いながら
の無表情へ目を向ける。
「酷い言い方かも知れぬが、それは過ぎ去ってしまった事だ。過去だ。アメルの魂の捩れが解消されればアルミネが復活するわけでもあるまい」
言い切る の単語単語は切れ味の良い剣の一振りのようだ。
全員が、全員、 が放つ台詞の鋭さに瞠目する。
経緯を聞いての のコメントは容赦がない。
物事に公平な だからといって、このような言動が許されて良い筈がない。
アメルに深く同情を寄せるモーリンやルウがあからさまに不機嫌さを顔に浮かべた。
「問題なのは今、だ。汝はアルミネなどではない。アメルという音を、汝固有の音を所有した一人の少女なのだ。
それとも? アグラバインから貰った音を、アメルという名を汝は捨てアルミネになるのか?」
挑発的にすら感じる の問いかけ。
アメルは瞬間的に頭に血が上った。
「そんな!? あたしはアメルです! レルムの村のアメルです! アグラバインお爺さんを家族に持つ……アメルです!」
気色ばみ、手で机を叩いて怒りを顕にするアメル。
散々助けてもらって、それにはとても感謝しているし、有難いと思っているが。
の言い方は酷すぎた。
「ならば、何も問題ではないであろう? 汝はアメルだ。デグレアが求める聖女でも、天使アルミネの魂の欠片でもない。
レルムの村のアメルだ。汝が己を見失わずに理解しているのなら、それで良いではないか」
ふっと鉄面皮を崩し、
は自愛に満ちた微笑をアメルに送る。
「あ……」
売り言葉に買い言葉。勢いで反論してしまったが、 の考えを悟ってアメルは口篭った。
目を丸くして を凝視するアメルに、
は笑みを深くする。
「周囲の思惑など捨て置けばよい。汝は己にとってどれが最良か、幸せであるかを悟っておる。それで良いではないか」
問題なのは、アメルがアルミネだった事ではない。
アメル、という少女が今後如何に幸せになるか、だ。
が暗に含ませ発言すれば、カザミネとシャムロック、フォルテが感嘆の声をあげる。
「ネスティ、汝も理解しておるだろうな? 汝を養子に迎えたラウル・バスク。彼が養父として汝に注いだ愛情を、疑う愚考は持っておるまいな?」
次に はネスティをねめつけ逃げを許さない口調で尋ねた。
「勿論だ」
養父の名前を出され憮然としながら、ネスティは素早く返答を返す。
「過去に起こした罪は消えぬ。しかも召喚術が発展したリィンバウムにおいて、召喚術を消す事は容易ではない。
召喚術を消し、過去に信頼を失った者達の信頼を得ても。現在進行形で動いている連中への牽制にはならぬ、分るな?」
点と点だった事件が次々と繋がり、一本の線へ繋がりなされていく。
感じながら
が話題を振れば、ロッカが一番早く反応を示した。
「黒の旅団の狙いは、アメルが持っている結界を砕く力。ゲイルが望みなのかは不明だけど、その力を求めていると考えて間違いないと思う」
双子の兄の意見に、リューグが頷いて同意を示す。
「ゲイルがあの森に存在し、その技術が施設に残されている。その純然たる事実は消せぬ。
狙っている輩も居るとなれば過去ばかりを顧みる訳にもいくまい。ゲイルを悪用されぬよう、尚且つ彼等の背後を探らねばならぬ」
アメルとネスティーの話、それから自分で感じた事。
全てを総合して頭をフル回転させ、
は本来話したかった自分の話題を切り出した。
「……それにはあの双子にも、過去の重責を断ち切ってもらわねばならぬのだが。はいそうですか、と気持を切り替えられたら苦労はせん。
良い意味で踏ん切りをつけてこれから生きて欲しいのだ、あの双子には」
テーブルに肘を着き、組んだ手の上に顎を乗せ。
は居間の出口を見据えた。
「理不尽な扱いと理不尽な一族の罪。望んで罪を背負って生まれてきたわけでもあるまい。
幸せになりたい、家族と一緒に暮らしたい、笑っていたい、友達に囲まれてはしゃぎたい。
どれも当たり前の願いではないか」
常に影が付き纏う双子の周囲。
忌々しい気持を込めて が吐き捨てれば、ミモザとギブソンが互いに表情を曇らせる。
先輩としてそれなりの接点を持ってきたつもりでも。
ネスティの秘密は知らなかったし、マグナとトリスの秘密も知らなかった。
知りえなかった。
一年前にも強く感じた派閥への反発心を二人は思い出してしまう。
「返す言葉もないわね……同じ蒼の派閥の人間としては」
ミモザは自戒の意味も込めた渋い表情になる。
「汝等を責めたりはしない。大切なのは頭が固く古く、カビまで生えた連中の意識を変えられるかどうかだ。
あのままだと蒼の派閥は黒カビに占拠され腐ってしまうぞ。そうは思わぬか? パッフェル」
我が何も知らずと汝を許容したと思ったか?
パッフェル、汝、グラムスと密かに繋ぎを取っていたであろう。
ちゃーんと目撃しておるからな。
ゼラムを出発する前、派閥の議長グラムスと話しこんでいたパッフェル。
ばっちり目撃している
からの一寸した意趣返し。
派閥の現状を茶化す の台詞が飛び出すと、名指しされたパッフェルが意味不明瞭に呻く。
頭を抱えて、あー、だとか、う〜、だとか呻くパッフェルのコミカルな仕草にカノンとカイナが笑いを噛み殺した。
「「いい加減にしろ(て)」」
深刻な事態も互いに確認しあって、これからという前向きな空気が流れ出した瞬間。
マグナとトリスの大声が屋敷を駆け抜ける。
ドタン、バタン等という扉を荒々しく開閉する音と共に居間に飛び込む二つの影。
「おい、どうにかしろよ! あいつ等を!!」
堪忍袋の緒が切れた。
額に青筋浮かべてマジ切れするバルレルが剣呑な雰囲気纏って を睨みつける。
バルレルと同じタイミングで居間に飛び込んだハサハも、憤りを隠しきれず頬を膨らませ、全員を睨みつけたのだった。
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