『確かな想い1』
リューグは目の前の子供の喧嘩に深くため息をつき。
こんな本性を持つ連中に村を滅ぼされたかと思うとやりきれず。
斧を構え直す仕草をして白けた視線をマグナとイオスへ注ぐ。
「おにいちゃん、頑張れ!」
マグナの近くで護衛中のハサハが応援をする一種異様な光景。
黒の旅団のメンバーも呆気に取られてイオスの奇行を見守っていた。
「無関係のイオスが持ってることないだろう! 返せ」
ぶんっ。
大分様になってきた大剣を振り下ろし、マグナがイオスへ迫る。
「彼女から僕が貰ったものだ。返す義理などない。寧ろ貴様が持っていること自体がおこがましいとは思わないのか」
槍を横薙ぎに振るいマグナを牽制しつつイオスは言い返す。
「なっ!! 喧嘩売ってるのか!?」
偶然祭りに紛れ込み、勝手にマグナの知り合いだとのたまった挙句、ちゃっかり彼女から優しい言葉を貰って。
尚且つお守りと称してピアスまで貰った不届き者の厚顔無恥な発言。
マグナは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「それはこっちの台詞だ」
確かに褒められた行動ではないが、彼女はイオスを『優しい人』だと言って。
そう信じてピアスをくれたのだ。
彼女に返すなら兎も角、何故この少年に返さなくてはいけない?
憮然とした顔でイオスも怒鳴り返す。
「彼女が何も知らないからって……。大体彼女は俺の知り合いなんだぞ」
邪魔者はすっこんでろ。
言いたげなマグナの言葉と繰り出される召喚術。
イオスは上着の裾を翻し薄く笑った。
「奇遇だな、僕の知り合いでもある」
大剣よりはリーチの長い槍先でマグナのサモナイト石を弾き、イオスは応じる。
「屁理屈だ!」
「事実だ」
叫ぶマグナに澄まし顔でイオスは言い切った。
マグナの剣がイオスの槍とぶつかり合い、ガチガチと音を立てる。
真剣に戦っているは戦っているのだろうが趣旨が違う。
アメルを護る筈の戦いが、いつの間にか祭りの夜に彼女から貰ったピアスの所有権へと移っていた。
大真面目な二人を他所に旅団サイドもマグナサイドも互いに戦意喪失。
ただただ、マグナVSイオスを見守るだけ。
「……馬鹿か、あいつ等」
マグナとイオスの遣り取りがヒートアップすればする程、リューグの頭は冷えていく。
燦燦と太陽の光が降り注ぐ平原で繰り広げられる低レベルの争い。
リューグは止めるのも馬鹿らしく感じ、なんでこんな事になったんだっけと、遠い目をした。
「最早教えることは何もない」
なんて、
にしたり顔で言われたのが昨晩。
「はぁ?」
そもそも何を教えてくれたんだよ!
ツッコミたいのを我慢して、リューグは素っ頓狂な声音でそれだけ言った。
「うわ〜、
さん格好いいですね! その言葉」
剣の手入れをしていたカノンが作業を止めてパチパチと拍手を
に送る。
「キュウゥ」
ガウムも小さな前脚を動かしてカノンと一緒に拍手を送った。
「だろう? この間ハヤト兄上と一緒にプレイしたゲームにあった言葉だ。主人公が師匠からこう言われて旅立っていたのでな」
一度口にしてみたかったと暗に含ませた
の発言。
「……」
リューグは脱力して肩を落とした。
このリィンバウム外生命体達の冗談を真に受けるだけ疲れ、しかも労力の無駄ともなる。
早くにこの事実を悟ったリューグは『無駄な足掻き』をしないという潔さを手に入れていた。
「汝は平常心のなんたるかを極めた。最早教えることは何もない……と、締め括れればよかったのだがな」
ひとりごちる と、混乱するリューグの間を裂く弓矢。
弓矢は寸分違わずリューグの数ミリ先の宿屋の柱へ突き刺さる。
「な、な、な」
なんでまたこのパターンなんだよっ!!!
あの時は一回やってみたかっただけだって、言てったじゃねぇか!!
顎を外してしまうかとリューグは自身で危惧する位、大口を開けて口をパクパクさせた。
「アグラバインから呼び出しがかかっておる。怪我も癒え事情をアメルに説明したいとの事だ。我も同行したいが、面倒を起こすと厄介であろう?
よってリューグ、汝はトリス達に合流し培った力でアメルを護ってやるのだ」
弓矢に巻かれた紙を外し、内容を確かめながら。
はリューグへ事情を説明する。
「雲行きが色々と怪しくてな? 遠巻きに護る者と、近くで護る者が必要になったのだ。
当事者だけでは分らぬ事情を我等は知っている。また当事者にしか分らない事情は我等は知らぬ。リューグ、汝なら私怨に走らずちゃんとアメルを護ってやれるだろう?」
リューグの気持まで見透かしそうな、聡明さを湛える の漆黒の瞳。
動揺抜けきらないリューグの眼を捕らえる。
「……信頼してくれるのは有難いが、俺自身がそうだと言い切れないぜ」
ここで嘘をついても強がっても仕方ない。
リューグは両手を軽く挙げ、降参のポーズを取りながら白旗を揚げた。
「 達と一緒に行動する前よりかは、幾分冷静で居られるとは思ってるさ。力だけで解決できる事が少ないのも分かった。
だが、敵を目の前にして
達のように冗談なんか言ったりは出来ねぇだろうし、頭に血だって上る」
やり場のない怒りだけはこの身から抜けず、常にリューグの気持を報復へと駆り立てる。
焦燥に駆られることは少なくなったものの、完全に復讐を諦めたわけではない。
だから目の前に敵が居たらきっと迷わず自分は斧を振るうだろう。
の信頼を裏切るようで気分は悪かったけれど、リューグとしては嘘をつきたくなかった。
「ちったあマシになったくらいで、俺はまだまだ未熟だ」
器の大き過ぎる と行動していたら、嫌でも己の不出来具合がよく見える。
目先の問題しか追えない自分と、何歩も先を読んで最善を尽くす の動き。
比べるまでもなく劣っているのは自身で視野の狭さを実感させられてきた。
淡々と自己評価を下すリューグに
は口角を持ち上げニヤリと笑う。
「良し、合格」
ポンと手を叩いて
が徐に言った。
「キュッキュキュ〜」
ガウムが笑顔全開でご機嫌に鳴いてリューグを祝福する。
「おめでとう御座います! リューグさん」
カノンもリューグの両手を握って上下に揺らし、リューグに祝いの言葉を告げた。
「………は?」
リューグが返事を返すまでには長い間を必要とした。
まったく訳が分らない。
この連中の遣り方に馴染めたつもりで、実はそれは幻想だったのか?
密かに自問自答するリューグの姿に
は片眉を持ち上げる。
「劇的な成長など早々簡単に出来るモノではないわ。我等と行動を共にした程度で成長できると考えるなど、自己過信も良い所だ」
は大人びた仕草で肩を竦めた。
「そうですよ?
さんみたいになりたいんだったら、最低五千年は生きてないと」
次に放たれるカノンのフォローにリューグは乾いた笑みを漏らす。
の実年齢が五千歳程度なので目安で言ったカノン。
しかしリューグは
の本来の肩書きを知らないので手痛い嫌味かと勘繰ったのだ。
「
五千年は大袈裟かも知れぬが、一朝一夕に身につくものでないのは確かだな。だから汝に提案をした時に我等は考えたのだ」
ゴホン。
わざとらしい咳払いをしてリューグの意識をこちらへ向け、
はさり気なく話題を元へと戻す。
「リューグさんが復讐したい気持も良く分かるので、戦う事を想定した斧の腕を鍛えるのは勿論。
復讐は憎しみの連鎖を生むものですから、リューグさん自身が今の自分を客観的に見られるようになって欲しいって。ボク達話し合っていたんです」
カノンも己の失言に気付き、少々申し訳なさそうな顔で
の後を続けて口を開く。
「キュゥウ」
うんうん。
等という意味だろう。
ガウムも
とカノンの発言に同調して、何度も頷いてみせた。
「恨みたい、同じ苦しみを味あわせたい。その気持は分る。だが復讐を成し得たところで村は元には戻らぬ。理解した上で戦って欲しい。我等はそう考えた。
リューグの今の答えは率直に己を観察した結果出てきたもの。ならば我等が連れまわさず、アメルの元で支えになってやるのが汝の次の役割であろう?」
鳩が豆鉄砲を食らった顔。
キョトンとしたリューグの顔を満足気に見遣って が言い切る。
応じて、リューグは照れながらも誇らしげに笑みを浮かべた。
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