『処刑台の騎士2』




達がローウェン砦に到着した時には。
数多くの騎士の死体が散乱し、砦は凄惨な状況を呈していた。

咄嗟に俯くリューグに、眉根を寄せるカノン。
といえば、視線は魔獣をけしかける甲高い声の女召喚師に釘付けである。

 ……レイムと同じ気配。
 スルゼン砦で感じた気配と同じ。

 ヒト成らざる者、ヒトの皮を被った何か。
 ヒトのフリをしてローウェン砦の騎士を襲い、ルヴァイドの制止の声に耳を貸さぬとは。
 ……矢張りそうなのか。

血塗れの白い甲冑姿の騎士が絶望に瞳を染め上げ、悲痛な叫びを上げる。
ルヴァイドも顔色こそ変えないが、女召喚師の所業に苛立ちイオスとゼルフィルドを止めに走らせる。
白い甲冑の騎士の腕を己の肩へ上げ身体を支えるフォルテの形相は、彼らしくなく、怒り一色に染まっていた。

さん、あの召喚師」

 人間ではありませんね?
 しかもあのレイムと同類で、とても悪意に満ちた存在。

リューグの意識が砦の上部。
撤退を始めるマグナ達へ逸れたタイミングで、カノンが言葉を省いて囁く。
は一回だけ瞬きをしてカノンの推論を肯定した。

「厄介ですね」
フォルテを引き摺るように下がらせるケイナの賢明な行動に、小さく息を吐き出しカノンが己の心境を端的に語る。

マグナ達の危機。
常の手段なら真っ先に飛び出して彼等を逃がす。
そうすれば少なくともマグナ達の安全は確保され、残った自分達が黒の旅団を蹴散らせばいい。

の黒い瞳がカノンの赤い瞳を捉え茶化すように揺らいだ。


 助けたければ、今飛び込んでも良い。

そう の意見を含ませて。応じてカノンは首を横に振る。

「不謹慎でしょうけど、冷静になっているボクも居るんです。落ち着いたアレク川の水面のように静かなボクが」
獣を蹴りつけた女召喚師の粗雑な行動にミニスが怒鳴った。

しかし女召喚師は涼しい顔で高笑いを続け強力な召喚術を乱発する。
敵味方関係無しに。

「力があるからと慢心して助けても事態の好転には繋がらない。今知るべきなのはあの女召喚師の目的とルヴァイドさん達の本心です。
マグナさん達にはケイナさんやカザミネさんも居ることですし、不安材料は少ないと思います」

鈍色に染まるルヴァイドの瞳。
あの時のバノッサソックリでカノンとしては気がかりだ。
考えを口早に伝えれば は喉奥で笑う。

「自身で考えて地に立つ者は頼りになるな」
一年前のカノンと現在のカノンを比較しての の台詞。
遠まわしで分りにくい褒め言葉にカノンは口元を綻ばせた。

「情報を制するものは戦いを制す。逃げられる力量を持つマグナ達の手助けより、優先すべきはあ奴等だな」
は赤色のサモナイト石を腰から下げた袋から取り出す。

不敵な笑みつきでサモナイト石へ手を伸ばしソレを召喚した。

晴れ渡っていた雲ひとつない空。
何処から集まってくるのか鉛色の雲が溢れ出し雷の轟く轟音が響き渡る。



普段は豪胆なフォルテの落ち着きを欠いた状態。
驚いて見守っていたカザミネと、姉の乱暴な行動にハラハラしていたカイナは同時に顔を空へ向けた。

「カイナ殿、これは!?」
吹き荒れる風に目を細めたカザミネに、カイナは唇の端を持ち上げる。

封印の森で別れてしまったエルジン達から教えてもらったあの人の存在。
秘密裏に一年前の仲間であるカザミネにも伝えてあった。

「ええ、きっとあの人です」
赤く光るサモナイト石の軌道。
空を走り抜ける稲光と雲の間を泳ぐ巨大な何かの、移動する姿。

シルターンの魔力を色濃く反映した巨大な力を持つ、鬼竜・ミカヅチ。

召喚できる存在はきっとあの人だけ。
確信を持ってカイナはカザミネへトーンを抑えて応じる。

「相変わらず、粋な計らいをする人でござる」
カイナの緩む表情にカザミネは顎を擦って口角を持ち上げた。
もう一度だけミカヅチを見上げてから、ケイナは音を殺しマグナへ近寄る。

「マグナさん、シャムロックさんの怪我の治療を行うためにも今は砦を離れましょう」
口を開けて空を眺めるハサハとマグナ。
主従の同じ行動に失笑しつつカイナが控えめな提案をする。

カイナの声が耳に届いていたアメルも空の異変から、白甲冑の騎士シャムロックへ視線を戻し顔色を変えた。

「カイナさんの言う通りだわ! 早くシャムロックさんの怪我を治さないと」
心と身体の痛みから意識を手放したローウェン砦の騎士・シャムロック。
血の気の薄い顔を見遣りアメルが大きな声を出す。

「それならルウの家へ戻りましょう。ここからそっちが一番近いでしょう」
女召喚師を呆気にとられて眺めていたルウも我に返り、大慌てで己の住処の方角を指差す。
ルウの提案にモーリンが頷き、フォルテを宥めるケイナへ目で合図を送った。

「フォルテ! まずはシャムロックさんを助けるのが先決だわ」
些か憔悴したフォルテの瞳を覗きこみ、ケイナは努めてゆっくりと喋る。
シャムロックの肩を担いだまま、女召喚師の奇行に度肝を抜かれたフォルテは漸く平静を取り戻した。

「……ああ、そうだな」
空から地上へ降り注ぐ竜の鳴き声。
空気を切り裂く咆哮に黒の旅団も殆どが空を見上げて動きを止めている。

「黒の旅団も召喚獣に注目してる! 逃げるなら今だよ」
トリスは叫びバルレルと先頭を切って走り始める。

トリスが一旦砦の門の付近で足を止め、両手を大きく振って仲間全員の注意を引く。
ミニスはロッカに助けられ、カザミネとモーリンが殿を預かり。
マグナ達はローウェン砦から逃げ出した。

背後で黒の旅団のメンバーの悲鳴が、雷の落ちる音に混じってマグナの耳へ届く。

「おにいちゃん」
マグナに抱えられて揺られて。
ハサハは本来の耳を砦へ向け、窺うようにマグナの顔を覗き込む。

ハサハの召喚主が惹かれて、惹かれて仕方がない相手。
同時に素直になれずに嫌悪してしまう相手。

マグナだって馬鹿ではない。

この召喚が誰によって成されたかは、知っていての逃走。
手にした宝珠から視えるマグナの心は振り子のように揺れていた。

「今はフォルテの知り合いの、シャムロックさんを助けるのが先だよ」

ハサハの不安を感じ取ったのか。
現実的になろうと気持ちを抑えているのか。

マグナは前だけを向いて街道を駆け抜けながら短くハサハへ答えたのだった。



は慌しく逃げていくマグナ達を全員見送り、ミカヅチの一撃を砦へ放つ。
「いい加減に止めぬか、金切り声で高笑いをするなど品位の程が知れるわ」
心底女召喚師を馬鹿にしきった表情で、 がハリセンを構える。

不思議な事に女召喚師に召喚された筈の魔獣達が頻りに へと懐く。
ゴロゴロ喉を鳴らし小柄な の足元へ擦り寄りガウムに威嚇の唸り声を頂戴する異様な光景。
リューグは斧を取り落としかけ、なんとか持ちこたえた。

「アンタ誰よ」
砦の上部。
機嫌よく召喚術を乱発していた女召喚師は、急に機嫌を悪くして を睨みつける。

青白い肌を持つ生の気配がしない女召喚師。
落ち窪んだ感じの瞳だけが異様な輝きを放ち を捉えた。

「お前よりかは遥かに礼儀が分っている者だ」
女召喚師の威圧など何処吹く風。
はハリセンの先を女へ向け平然と受け答える。

背後で第一波を持ちこたえたリューグのコケた音がした。

「ルヴァイド、その金切り声女が汝の直接の配下でないのは良く分かるが。お頭の悪そうな同僚を持つと足元を掬われるぞ」
足元に擦り寄った魔獣の頭を撫で撫でしつつ、 は同情の眼差しをルヴァイドへ送る。
遠慮ない の皮肉に女召喚師の目尻がつり上がった。
「気遣イ、痛ミ入ル」
と相性の良いゼルフィルドがルヴァイドを無視して言葉を返す。

意外なゼルフィルドの返答に旅団側ではイオスが槍を落としていた。

「礼儀について語ってやりたいところだが、『人の道』を知らぬ外道に教えるものは持ち合わせておらぬ。速攻で追い払ってやる故、衝撃に備えよ」
言い終わった瞬間、 の身体を救い上げるようにしてミカヅチが砦上部、女召喚師が仁王立ちする場所まで運び。
容赦なく はその一撃を女召喚師へ放った。

 ばっちこーん。

背筋を駆け上がるゾワゾワを伴う衝撃音。
小気味の良い音がして、見る間に女召喚師の姿が砦から消える。

遠ざかる女召喚師の悲鳴が聞えたが黒の旅団も、魔獣も誰もが聞えないフリをして半ば彼女を見捨てた。

ハリセンから繰り出された一撃の衝撃が脳を襲い、対処できなかったのもあるのだが。

「さて、ルヴァイド」
無表情で小首を傾げ、ハリセンを肩に担いだ格好で。
はかろうじて鉄面皮を保つルヴァイドに声をかける。

「何だ?」
名指しされて無視するわけにもいかない。
得体の知れない武器の破壊力に慄く己を叱咤してルヴァイドは言葉を発した。

「あの女召喚師、名を聞きそびれた。教えては貰えないか?」

 とぼけているのか、これが地か?

のマイペース過ぎる問いかけ。
ルヴァイドとイオスは目を点にした状態で絶句したのだった。



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