『処刑台の騎士1』



照りつける太陽。
果てなく続く道。

額から滴る汗。

リューグは自分の信じたモノが大分間違ってるんじゃないか。
と、怪しみつつも身体を動かす。

何故かヒンズースクワットをしつつ街道を移動する奇妙な集団がそこに居た。

「筋力を鍛えなければ今後の戦いは乗り切れぬ。良いな?」
無色のサモナイト石から召喚した、見知らぬ武器。
ハリセンなるモノを肩に乗せた がヒンズースクワットをこなしながら檄を飛ばす。
「はい!  さん」
汗だくのリューグとは好対照。
汗一つ掻いていないカノンが笑顔で応じる。
「キュッ」
プニプニボディーの持ち主、ガウムもヒンズースクワットもどきをしながら、元気良く身体を縦に伸ばした。

「……お……う……」
荒い呼吸を繰り返し、合間にリューグが返事をする。

竜の背中からダイブした

その後リューグはカノンと共に森へ降りて。
逃げ惑うアメル達の助けになるようこっそり。
森から湧き出る悪魔兵を蹴散らしていた。

実質の訓練は少ない旅だが、 の動きやカノンの動きはリューグの脳裏に焼きつき。
良い手本として記憶される。
そのお陰かどうかは不明だが、自身で驚く程、戦い方に磨きがかかったリューグであった。

瓶に水を入れてバランス、とか。
野盗の追剥ぎだとか、黒の旅団との戦いだとか。
苺乗せのバイトが無駄じゃなかったんだな〜。

等とリューグが少々間違った認識を抱いたのはまったくの余談である。

こうして暫く(幸運にも)旅人と遭遇せず、歩く事数十分。
涼しげな顔をしたその人物は竪琴片手に現れた。

「……自称吟遊詩人の年齢不詳、レイムか」
刺々しい口調でレイムを表現する の機嫌は悪い。
ヒンズースクワットを中止し、レイムを見た。

レイムは の表現に淡く笑い手にした竪琴を指先で弾く。

「良くない噂を耳にしましたので、 さん達にも忠告を。と思いまして」
柔和な態度は相変わらず。
レイムは僅かに忠告の部分に力を込め、第一声を発した。
「忠告?」
レイムの挑発には乗らない。
冷静に問い返す へレイムは優雅に腰を折る。
「ええ、そうです」
の小さな手を取り額をつける。
一連のレイムの動作にカノンは眦を吊り上げ、ガウムも低い唸り声をあげた。
威嚇の鳴き声である。

リューグは硬く口を閉ざし、だんまりを決め込み。
当の は顔色一つ変えずにレイムの挨拶を受け入れた。

 我が本格的に邪魔なのか。
 それともレイムに余程の余裕があるのかのどちからだな。

レイムの行動を全て受け入れ、内心だけで は考える。

 森の秘密を我が嗅ぎつけ、考え出したのを気付いておるな。
 付け加えるなら、スルゼン砦の陥落も。
 様々に我が情報を集め出したと察知して探りに来たか。
 一体ナニが目的で動いておる?

 こ奴、デグレア関連の立場にあるのだろうが、真なる目的は何処だ。

軽く折った膝を伸ばし背筋を正してレイムは目を細めた。
の反応を探るような、偶然出会った の顔色を眺めるような。
曖昧な表情を湛えて。

「この先にはローウェン砦があるのですが、先程見慣れぬ黒い装束を身に纏った集団が砦へ向かって行きました。
どうもあれはローウェン砦に居る騎士達ではない様子でしたので。もし砦に向かうのならば気をつけて下さい」
瞳を逸らさない の漆黒の瞳。
覗き込みながらレイムが囁けば、リューグの顔色が変わった。
「そうか」
短く応じる の視界の隅。

身体を一瞬だけ震わせたリューグの肩を、カノンが無言で叩いている。
レイムは僅かに唇の端を持ち上げた。

 動揺しやすいリューグの反応を窺い楽しむか。
 ピンポイントで人の弱みに付け込む等、あざといわ。
しかもレイムの言葉に嘘が無い、厄介な相手だ。今のままでは。

つらつら考えながらも、視線はレイムから外さない。
の態度にレイムは表向き眉根を寄せ猫撫で声で言葉を続ける。

「最近はこの中央エルバレスタ地方も、雲行きが怪しい様です。気ままに旅を続けるおつもりでしたら、ご注意下さい」
細められたレイムの瞳が、見落としそうな嘲笑を孕み握り拳を固めたリューグを映す。
「ああ、汝も歌を捜し求める最中被害に遭わぬように、注意を」
相手の意図に乗ったら思う壺。
無音の魂を抱えるレイムの闇は底知れず、噴出す悪意も計り知れない。

 ヒトではないモノ……か。
 どうしてソコまで力に執着し、ヒトの負に敏いのか分らぬが。
 哀れな性分よ。

 バルレルと同じでありながら、まったく違う気質を持っておる。
 頂点を極めた先に待ち構えるは孤独だというのに。

レイムの身体から出る雰囲気は野望に満ち溢れている。
人やハンディーを持たされた、即ち誓約された召喚獣には。
見抜けないレイムの欲望。

レイムの邪気を真正面から立ち向かえる力を持つ だからこそ垣間見える、その内側。
能面のように表情を殺し は淡々と言葉を投げ返した。

「恐れ入ります」
内心は手がかりを掴んだばかりの、 達を嘲笑っているに違いない。
恭しく頭を垂れたレイムは態度を崩す事無く竪琴を鳴らしながら去って行った。

「……」
後味の悪い飲み物を飲まされたように。
喉が渇き、喉に何かが張り付いたように不快感が胸からせり上がる。

 本格的に我を威嚇し始めたか。
 まぁ、我がヒトでない事には気付いておるだろうが。

 本来の我の肩書きと能力をあ奴は知らぬ。
 サイジェントの兄上や姉上達の能力も悟られておらぬ部分もこちらには有利か。
 最悪、兄上や姉上達にも助力を仰ぐ場合もあると。
 考慮しておくべきだな。

切れそうで中々切れない細い麻紐を連想させるレイムの演奏。
まだ竪琴の音が の耳へと届いていた。

「すまないな、リューグ。汝に不快な思いをさせてしまった」
顔を憤怒に赤く染め、次に心配に青くしたリューグ。
は省みて謝罪の言葉を口に出した。

誰よりも黒の旅団に怒りを感じ、誰よりもアメル達を案じるリューグ。
レイムの挑発に乗らず口に戸を立ててくれたのは本当に有難く。
リューグの成長を感じさせる出来事でもある。

頭を下げた の上半身をリューグは無言で元の位置へと戻した。

「そんな事はねぇ。これ位で動揺するようじゃ俺は守りたいものを守れない。お前達と行動を共にしてそれは分ってるつもりだ」
不器用に の前髪を乱して、リューグの顔はぎこちなく笑みを形作る。

「只者ではないですね、あのレイムという吟遊詩人。野盗が点在する街道を慣れた様子で旅していましたし、隙もない。頭もきれる人みたいです」
リューグの手前具体的な指摘は出さない。
レイムが消えた方角へ頭を向けカノンが呟き、 とリューグは首を縦に振った。
「ボク達が色々動いている事を知っている。向かおうとしているローウェン砦の情報までボク達へ齎していきました。見透かしたみたいに、タイミング良く……」
カノンの赤い瞳が不快感に歪む。

自身の持つ鬼神の血が身体の中でざわめき、落ち着きが無い。
禍々しい波動を放つあの吟遊詩人に触発され、凶暴な己が頭をもたげてきそうだ。
軽く頭を左右に振り、嫌な気分を振り払う。

「キュ」
ガウムは重くなる雰囲気に逆らい、身体をボールのように丸め。
何度か地面でゴムボールの要領で跳ね上がり。
三人の視線を引き付ける。
「キュキュ」
丸い瞳を縦に長くして、ガウムは甲高く鳴いた。

首についたピンクの首輪先の鈴がチリンと涼しい音を立てる。

ガウムは凛々しい顔つきで全員を順に見据えた。
レイムにより乱された心の音を元に正せと言いたげに。

「そうだな、ガウム。頭に血が上りすぎると悪い考えしか浮かばぬ。相手が誰であれ、我等にも譲れぬ矜持がある。
ならば我等の出来る最善をその時々で尽くせば良い。結果は後から付いてくる」
レイムのせいで足止めを喰らったが、砦へは予定通り向かう。

相手はどうやらルヴァイドだけではないようで。
ヒト成らざる者も一枚噛んでいるようだが、それ位で引き下がるつもりは毛頭ない。

はカノンとリューグへ言った。

「変な道草をしてしまいましたが、砦へ向かいましょう。彼の情報に嘘があるようには見えなかったので、砦が襲撃されている可能性があります」
「うむ。対デグレア防衛都市の砦が襲撃されたとなれば、事態は急を要する。訓練はこれまでにして急ぐか」
ハリセンを持ち直して は身体の向きをローウェン砦へ変える。

トリスの気配が砦方角から感じられ、更にルヴァイド達の気配も。
只一つ、ヒトではない何かの気配も一つだけ紛れ込んでいて、 の気持ちを波立たせる。

「ああ、確かめねぇとな」
もう一度額に浮かんだ汗を拭いリューグも足先を変え歩き出す。

照りつける太陽の日差しの強さは変わらないのに、心に立ち込めた暗雲がリューグの胸の温度を確実に下げていた。



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