『真なる罪人2』
難しい顔色になったイオスは顎に手を当てて俯く。
バノッサと戯れていた は少々不安そうに瞳を翳らせる。
結果的に騙していた事には変わりが無い。
卑怯だと罵られても仕方がないと
は腹を括っていた。
「
が見込んだ仲間なら、ちょっとやそっとで逃げ出したりしねぇよ」
背後から を抱き締め、バノッサが だけに聞える小声で囁く。
妹の全身から滲み出る不安の気配をなるべく緩和するように。
全身の力を抜き兄に凭れかかり、
は甘えながら小さく頷き返した。
「うううぅ〜」
歯痒さ数十倍。
の最愛の兄の手前醜態は曝せない。
マグナは悔しそうに歯軋りしながら、また、羨ましそうにバノッサの背中を凝視する。
「マ〜グ〜ナ〜? 焼かない、焼かない。あの兄妹のスキンシップが過度なのは、今に始まった事じゃないんだし」
呻くマグナの頭をきっちり三度軽く撫でてミモザが宥める。
トウヤやカシスとの手紙の遣り取りで次々に発覚していった、 とバノッサの見事な兄妹振り。
正直ミモザもギブソンも容易に想像がつかなかったのだが、今回一回りも二回りも精神的に成長したバノッサを目の当たりにして納得した。
「あの時、迷子の君にゼルフィルドがゼラムへの道を教えて……忠告した僕達に、 は僕達をまっとうだと言った。
あの時から……
は僕達を『まっとう』だと信じ続けてくれていたのか?」
震える声でイオスが
に問いかける。
「汝等の音は高く澄んでおった。今のマグナやバノッサ兄上のように誇り高い戦士の魂が奏で出す高貴な音色。そのような音を出す汝等がまっとうではないと我には思えなかった。
だから本当を知りたかったのだ。マグナ・トリス・ネスティ・アメル、そして汝等を狂わせた本当の敵の正体を」
優美に微笑みイオスの疑問に答えた は、神と信じるに相応しい威厳を持っていた。
絶句するイオスに、真面目な顔に戻って口角を持ち上げるミモザと。
感激して再度顔を赤く染めるマグナ。
バノッサは
の重みを受け止めたまま沈黙を守る。
「我が勝手に知りたくて、助けたくて動いた事。汝等が気にする事ではない」
至極アッサリ言い切った に今度こそ返す言葉が見つからず。
イオスは咄嗟に口に手を当ててもう一度俯いた。
ミモザが言った以上に優しい、そしてとてつもなく危なっかしい、でもやっぱり出会えて良かったと。
心底思える存在だ。
無条件で信じて貰える事、見返りも無く助けてくれる事、生半可な気持ちでこれらを実行するのは難しい。
相手によると は暗に言っているが。
それでも、それでも自分は非常に幸運なんだと感じる。
「……こいつのお節介は筋金入りだからな」
ほんの僅かに表情を緩ませバノッサが最後に付け加えた。
一年前に、そうとは知らず助けられて己の存在意義を悟ってから。
この『危なっかしい』の塊の兄代わりを一年やって来たのだ。
どれだけ自分が成長できたかは分らないが、少なくとも妹を擁護出来る位には成長したと自負するバノッサである。
「僕はとてつもない幸運に見舞われていたという訳か」
幾分すっきりした面構えでイオスは言い、
の元へ静かに歩み寄った。
「感謝する。例えそれが君の言うお節介で勝手だったとしても、僕は真実を知り本当の敵を知る事が出来た。許されるならルヴァイド様と奴等の悪行を止めたい」
の手前で片膝を付き、彼女の手を取り甲へ口付けを落とす。
騎士が行う神聖な誓いの儀式、イオスは敢えて
に向かって誓った。
「はぅううぅぅぅう……」
儀式だと分かっていても、手にした大剣で丸腰のイオスへ立ち向かっていきたい。
身悶えするマグナは上着の裾をしっかりミモザに握られていた。
「男の嫉妬はみっともないわよ、マグナ」
ミモザといえば、いざという時のサモナイト石片手にマグナを牽制する。
ここで一番不機嫌になるかと思ったバノッサは顔色一つ変えず黙ってイオスの誓いを の背後で聞き。
最後に漁夫の利を得た。
「
、良かったじゃねぇか。これは騎士の誓いだろ? メルギトスに立ち向かう心強い『仲間』が一人増えたというわけだな」
やけに仲間を強調し、バノッサが
を抱き締める腕に力を込める。
「本当に、頼もしい仲間だ」
もバノッサの意図なんて分からずに無邪気に喜ぶ。
ビッシ。
漫画ならそんな擬音がつきそうな勢いでイオスの顔が固まった。
「あらら〜、一枚上手はやっぱり彼なのねぇ」
イオスの気持ちを把握した上で仕掛けるバノッサの意図的な言葉の棘。
分かっていないのは
だけで、ミモザは感嘆の言葉を小声で漏らす。
「皆さ〜ん、朝ごはんが出来ましたよ〜」
そこへ窓から顔を出したアメルが一見笑顔でマグナとイオスを主に見据え、手招き。
マグナとイオスの顔色が一気に悪くなった。
「特にマグナとイオス、楽しみにしていて下さいね?」
愛くるしく、表向きだけは愛くるしく小首を傾げたアメル。
背後には同じ笑顔を浮かべるクラレットまで居て恐怖は倍増だ。
彼女達の目が雄弁に語っている。
『朝っぱらから(わたし・あたし達の大切な)
相手に何してるんじゃ、ボケェ』と。
「ま、せいぜい死なないように頑張るんだな」
を先に行かせ、自分は残って捨て台詞。
吐いてバノッサはミモザと共に悠然と庭を後にする。
激しい虚脱感と未知の恐怖に見舞われつつマグナとイオスは一瞬視線を交差させ、ライバルに情けない姿は曝せないと。
精一杯の虚勢を張って互いにそっぽを向き合ったのだった。
蒼の派閥の呼び出しがあり、 やセルボルト兄妹、誓約者ズを除いた当事者達が派閥へ赴きひと悶着。
なんでも総帥の正体がマグナ達と接触していた良家の子息風だったらしい。
クレスメントとライルの罪を知り、追放したのも蒼の派閥で。
激昂したネスティが総帥を殴ったというのだから驚きで。
更に驚きついでが一つ。
「ふむ、パッフェルは総帥の密偵だったのか」
マグナ達が帰ってきたギブソン・ミモザ邸。
居間で寛ぎながら がたいして驚いていない風に言葉を発した。
「本当に驚いたわ……そりゃ、秘密の仕事だから仕方ないんでしょうけど。こっちからすれば信用してもらえなかったのかしら、とか思っちゃうわよね」
ケイナが胸に手を当て、照れ笑いを浮かべるパッフェルをジロリとねめつける。
「す、すみませんってば〜。わたしもこれが仕事なんで」
とかなんとか、言いながらしっかり袖の下。
パッフェルはバイト先のケーキをバスケットから取り出し、せっせと全員に配って回っていた。
「でもケーキ屋に砦にケルマ……それから郵便配達とかもしてたっけ? パッフェルって働きすぎじゃない?」
貰うものは遠慮なく。
ミニスは好物のショートケーキをフォークで優雅に切り分け、考え考えツッコミを入れる。
周知の事実、パッフェルはどこでもバイトを掛け持ちしていた。
「ふぉーふぁふぁほぉ」
「ユエルったら、食べてから喋りなよ」
口いっぱいにモンブランを頬張りユエルが何かを発言。
モーリンはユエルの口元を乱暴に拭いながら紅茶のカップをユエルへ差し出す。
「結果的にネスティさんに対する不正が暴けたんだから、それは良かったんじゃないかな? 派閥の雰囲気はちょっとアレだったけどね」
甘い物が苦手なリューグに代わり、弟の分のプリンを口に運びロッカが話を変える。
「酷い話よね〜、ルウだったら我慢ならないわ!」
既に五個目のチーズケーキへ突入中のルウが憤慨して、会話に加わった。
「ええ、あまり気分の良い話じゃないですね」
生真面目なシャムロックはギブソン&ルウのケーキ攻撃に陥落寸前である。
冴えない顔色で紅茶カップを手に取る。
「ケッ! ニンゲンの思考なんざ、あの程度のモンだろ」
バルレルは冷めた態度で素っ気無く感想を言い、ミモザに素早く両頬を捕まえられ絶叫。
「雉も鳴かずば撃たれまい」
「(こくこく)」
最早見慣れた恒例行事。
ケイナとフォルテの夫婦漫才並の日常茶飯事。
サクッと言い捨てた
の隣で一生懸命プリンを口に運んでいたハサハが頷く。
「でもパッフェルさんが不正を暴いてくれてネスは助かったし。ユエルを苦しめていたカラウスも牢屋に送れたし。メデタシ、メデタシだよね、アメル」
バルレルを助ける気持ちはあっても相手がミモザでは無理。
相棒の冥福を祈り、トリスは隣に座るアメルへ喋りかける。
「うん、トリス。後はあたしの目の前の小蝿を完璧に叩きのめせれば最高なんだけど。今は非常時だし……無理かな」
朝からなんだか楽しそうなアメルは、トリスの台詞に笑顔で応じた。
「「……」」
ご機嫌な聖女様を見て、逆に押し黙るのがマグナ&イオス。
不思議がるルヴァイドとネスティの視線を無視、彼等は只管押し黙り己の命を守ったのだった。
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