『屍人の砦2』




夕暮れ時の港町。
茜色に染まる雲と、水平線に沈む橙色の太陽。

普段は青い海の色も赤焼けをおこしてその身を揺らす。

サイジェントしか知らないカノンと、山奥育ちのリューグには新鮮で斬新な風景。
トリス達が辿り着いた港町『ファナン』

入り江から夕日を拝み、壮大な自然の風景に一同は沈黙する。

 シオンの気配がする。
 夕飯はガウムも所望したお稲荷にでもするか、新しい情報も必要な事だ。

 しかし……町の一部が少々壊れているようだが、なにかあったのか?
 真新しい壊れ方だな。

は小さな胸いっぱいに空気を取り込み、そっと深呼吸。

ガウムが鼻を頻りに動かしてキューキュー鳴く。
この風景をフラットの、サイジェントの皆に見せたいと。
はっきり意思を込め。

は頭上に手を伸ばし、同意の意味を含ませガウムの喉を撫でた。

「さて、そろそろ夕飯にしよう。あの場所から歩いて半日。イオス達と遊んでいたら思いの外時間がかかってしまったからな」
が声をかけて、初めて我に返るカノンとリューグ。

一人前だと、一人立ちした男だと自負していた自分達の子供らしい衝動。
始めてみる光景に一切合切を忘れ魅入ってしまった。
互いに苦笑し合い の提案に頷く。

「そうですね。夕飯後はしっかり休んで明日への英気を養いましょう」
横顔を夕焼けに赤く染められながらカノンが へ返事を返す。
「キュ!」
の頭上で直立不動をしてガウムも鳴く。
「何事も身体が資本だしな、行くか」
リューグは一人先に歩き出して 達を手招いた。

人を化かす態度も、やたら偉そうな態度も。
慣れれば不快ではなく、寧ろこれが の地だと理解してしまえば。
この子供の行動原理は至極単純。

なまじ気難しい言葉を使ったり、説明を省いて行動するので不思議な子供だと勘違いしてしまうが。

 案外不器用だよな、 も。
 カノンや、カノンの義兄が矢鱈と世話を焼くのも分る気がするぜ。
 危なっかしくて放っておけねぇんだろ。

背後で仲良く夕飯談義に花を咲かせる とカノン。
手を繋いで歩く仲良し子供(外見は)の気配にリューグは一人苦笑い。

 突っかかるだけが能じゃねぇよな。
 馬鹿兄貴の方法を認められないが、俺の遣り方でも駄目だ。

 大切な者を守る為には覚悟と力が、時には引き下がる勇気が。
 必要なんだろうぜ、こいつ等の様に。

一人ツラツラ考えていたリューグの前方に軽い衝撃。
青い塊が「キャン」等と悲鳴をあげて道端にひっくり返っている。

良く見ると召喚獣らしき少女で、頭から青い耳が飛び出て、ズボンからは青い尾尻がはみ出していた。

「ユエル!? ユエルではないか?」
リューグより早く少女に近づき がその召喚獣の名を呼ぶ。
尻を両手で押さえて呻く少女はピンと耳を立てて の声に反応する。

「ふぇ……?  !?」
少女・ユエルは勢い良く立ち上がり へ抱きつく。
擦り寄るユエルに笑い声を上げて はユエルを抱き締め返した。

「心配しておったのだぞ、ゼラムから姿を消してしまって。どうしてファナンへ?」
身長の高いユエルが に抱きつくので、少々押し倒された格好になるが。
は背中をカノンに支えてもらい抱き合ったままユエルに問いかける。

「うん……お金、探してたの。お金がないと食べ物を取っちゃいけないって、教えてくれた人が居てユエル、一生懸命探したの。
でも見つからなくて……それで、教えてくれた人の匂いを辿って来たんだ」

 えへへへへ。

はにかんで笑うユエルの告白にリューグは僅かに眉を顰める。

「でもね? 今は大丈夫。お店のお手伝いをして下町のおばちゃんや、おじちゃんからご飯を貰ってるんだ。ユエル、もう寂しくないの」
照れて に事情を話すユエル。

無邪気なその姿にカノンが複雑な顔をしたが、直ぐに感情を打ち消し。
何時もの柔和な笑みを湛えた。

「良かったですね、ユエルさん。宜しかったら今日はご一緒に夕飯しませんか? 勿論、下町のおばさんとおじさんに一言言ってきた後で」
そっとユエルと を引き剥がし、カノンはユエルを夕食に誘う。

「え? いいの???」
目を丸くしてユエルが奇声を発する。
「友達と夕飯を食べたいと思ってはいけないか? ユエル」
転んだ拍子についてしまったのか。
ユエルの頬の泥を手にしたハンカチで拭い、 は穏やかな口調で問いかける。

「でも……ユエル、お金……」
赤い上着の裾を掴み、モジモジと身をくねらせて。
ユエルは沈んだ小さな声で呟いた。

「困っている友から金を取るほど我は耄碌してはおらぬわ。早う、下町の汝の保護者に言伝て参れ。匂いを辿れば我等が居る、よいな?」
そんなユエルの額へデコピンを軽くかまし、 は唇の端を持ち上げて笑う。

自信たっぷりに笑い、ユエルの杞憂を吹き飛ばした。
ユエルが不安にならないように。

「う、うんっ! すぐ行くからね!!」
嬉しさに頬を紅潮させ、ユエルは駆け出していく。

「待っておるぞ」
見る間に遠ざかるユエルの背中。
は言葉を投げ放った。

ユエルの姿が完全に見えなくなってそれから はリューグへ向き直る。

「あの者、ユエルと申すはぐれ召喚獣でな。この世界の理を知らぬのだ。
リィンバウムへ召喚された召喚獣はある程度の常識を召喚主から教えられる。金の価値、買い物の仕方、生活の仕方」

淡い紺色へ染まる夜空。
浮かんだ一番星へ目を遣ってから は歩き出す。

リューグは無言で口を真一文字に結び。
に話の先を催促した。

「最低限の知識すら持たぬメイトルパの召喚獣・ユエル。あの身のこなし、立ち振る舞い。
我の想像が外れていなければ。召喚主は、ユエルによからぬ悪事の手伝いをさせておったかもしれぬ。聞こうにも、ユエルの話は余り的を得ていなくてな」

ポツ、ポツと明かりがともり始める町。
金の派閥の本部があるだけに活気があり夜になっても賑やかだ。

町の明かりの下を歩きながら、 は淡々と喋る。

「思い出したくない、苦い記憶。無理にこじ開け曝してもユエルの為にはなるまい。我はユエルがどのような行為を働こうとも、友で在り続ける事しか。してやれぬのだ」

ため息交じりに呟き、 はサイジェントのエルカやモナティーへ想いを馳せた。

あの二人も気の毒だとは思ったが、上には上が居るものだと。

ゼラムで遭遇した食品泥棒。無邪気なメイトルパの召喚獣。
メイトルパの常識をリィンバウムで実行したある意味兵でもある。

 冷たいかもしれぬが、道を決めるのは当人にしか出来ぬ事。
 暗い道に足を入れぬよう、こうして時々光を灯すしか我には出来ぬ。
 神とは不便よ。

内心で毒づく の横顔。
苦しい胸のうちを表に出さないポーカーフェイス。
見下ろしてリューグは頭(かぶり)を振った。

「それだけでもいいんじゃねぇのか?」
召喚師の決まり事などリューグは知らない。
けれどユエルの表情を見ていて感じた。

「この世界の常識を知らないのは大変だろうさ。だがな、あいつは自分を卑下している様にも見えなかったし、案外前向きじゃないか。
これからどうしたいのか、結論を急がせる必要だってないんだろ? なら友達でいてやればいい」
肩を竦めるリューグ。
は大きな瞳を更に見開いて、毒気を抜かれた顔でリューグの口元を凝視していたが。
暫くして笑い始めた。

「リューグさんの言う通りかもしれません。ボク達はちょっと慎重すぎるんでしょう、色々な事に対して。素直に見た通りを信じるのも、時には大切ですよね」

リューグの言動を褒めているのか貶しているのか。
あるいは両方なのか。
カノンの賞賛の言葉は素直に喜べない。

リューグは「別に」とだけ。
意外に熱血漢らしい自分の言動に照れながらそっぽを向く。

「うむ、護りに入ると自然と腰が引けるもの。我も少々攻めに回ってみるか」

賑やかに通りを行き交う人々。
少々遠くに鎮座する金の派閥のキンピカ本部。

ゼラムとは違った趣の町を興味深く観察しながら はカノンへ話を振る。

「そうですね……サイジェントでは結構押してましたし。引きっぱなしではなんとなく、気分がスッキリしません。
ボク達がする事は、きっと余計なお節介なんでしょうけど、親切の押し売りはフラット直伝ですから」

喋りながらカノンは腰が引けていた今までの自分が居た事に、気がつく。

「ああ、そうだな……、押し売りは我等の十八番(おはこ)であったな」

領主の顧問召喚師に喧嘩を売ったり。
暴動を起こした義賊を匿ったり。
曰くある召喚師の子供を信じてみたり。
蒼の派閥上層部を脅したり。
はぐれ召喚獣の保護に、騎士団との対決等等。

譲れない大切なモノを守る為に率先して戦った。

腕で口で。
勝手が違うからと遠慮をしていたら、彼等は救えないのかもしれない。
自己保身をしつつ、誰かを助けるなんて傲慢なのかもしれない。

 我は我流がある。
 派閥の流儀は知らぬが、あわせる必要もなかったのだ。

カノンに応じて、 も考えを改める。

きっかけをつくってしまったリューグは、暗雲立ち込める自分のその後を想像し、身を震わせたのだった。



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 ユエル初登場〜!! キャラは気に入ってるけど、ユニットとしてはまったく使いませんでした。
 ゴメン、ユエル……。ブラウザバックプリーズ