『屍人の砦1』




夜遅くまでアグラバインと話し合ったリューグ。
暫くは に倣ってアメルから姿を隠し行動するらしい。

の感じるトリスの魔力の波動。それだけを頼りに港町へ歩を進める一行。
カモネギのような外見を持つ一行を待ち受けるのは。

「怪我はなかったか? イオス」
互いに攻撃を交わしながら喋る のマイーペースっぷり。

の放った召喚術『ロックマテリアル』を紙一重で避け、槍を構えるイオスは頭を振って前髪を払いのけた。

「鍛え方が違う。見くびらないで貰おうか」

 ヒュッ。

風を切る槍の音。
機敏な動きで を追い詰めるイオスの生真面目な態度。

「頑張りますね〜、イオスさん」
「ああ、頑張るな」
「マッタクデス」
VSイオス。

草原で繰り広げられるそれを傍観し、カノンは持参した飲み物を飲む。
リューグも未熟な己が手助けすると邪魔なのが分っていて、カノンと同じく静観。

イオスに同行していたゼルフィルドも何故かカノン達と一緒に戦いを見守っている。

「でも遊ばれてるのな」
段々 の行動パターンが読めてきた。
リューグが楽しそうに顔を輝かせ、子供じみた挑発を口に出す を見て。
気の毒そうに相手のイオスへ目線を送る。

ガ本気ヲ出シテイナイ確率、85%」

が身を翻し槍を避け、蹴りを入れてイオスを牽制。
隙の少ない動きを見せる の動きを観察したゼルフィルドが結論を下した。

ガウムは一番見える高い場所。
即ちゼルフィルドの頭に上り、機嫌よく鳴き声をあげ を応援している。

 チチ……チチ……チチチ。

草原を駆け抜ける風に紛れ、小動物の鳴き交わす声がして。
頭上を輝く太陽には時折雲がかかり。上
昇気流にのって鳥が飛んでいく。
ある種平和な光景が広がっていた。

「ボク達を捕獲しなくていいんですか? ゼルフィルドさん」

緩急つけたイオスの槍攻撃。
一撃一撃に重みがあって、切り取られた草原の草が宙に浮かぶ。
の髪も、髪を結ぶ紐もイオスの攻撃に合わせて揺れる。

 流石は軍人さんですね。よく訓練されてます。

自己流だった己の剣術。
ラムダに型を習い、バノッサと共に精進してきた。
いざという時に守りたいものを守る為。
だがイオスの動きを見て感心してしまう。

 世界は広いんですね、 さんの言う通り。
 ボクも現状で満足せずもっと上を目指してみようかな?

意気込んだカノンの含みある微笑に、イオスの背筋が何故か凍り。
機械であるはずのゼルフィルドも己の機器の異常を探知した。

無論軍人として訓練を受けている二人は微塵も表には出さない。

「……捕獲出来ル確率ガ低イ。労力ノ無駄ダ」
冷静沈着機械兵士。
ルヴァイドにきつく言われて来たのか、 の実力を心底理解しているからなのか。
ゼルフィルドは答だけを音に出す。

「あはははは、ボク達が捕獲できないなら。もう一つを捕獲すればいい、どの道目的はあちらですからね」
さらっとさり気に他人事風に。
言い切ったカノンの喰えない態度。
曲者そのものの飄々とした態度にリューグは脱帽した。

 白を切るつもりか。カノンも、 も。

単なる冒険者かと思っていた。
フォルテやケイナのように腕の立つ。

しかし言動や行動を見ていて彼等は誰よりも真っ直ぐで強く、彼等の信条に正直な優しい人物だと。
漸くリューグも理解しかけている。

奇抜な行動を取る に驚かされてばかりだが、リューグだって馬鹿ではない。
目の前に敵が居て、己で手が出ないのは歯痒いが。
いずれ決着がつく時が来る、そう言った の意見は正しいとリューグは考えた。

 あいつ等がアメルを狙い続ける以上、決着はつく。
 その時に俺が強く成れているかどうかが問題なんだ。

とイオスの戯れのような戦い。
戯れているのは で、イオスに至っては真面目に本気で戦っている。

額に汗をかくイオス。
自分の足掻く姿に重なって、リューグはイオスを笑い飛ばしたい奇妙な衝動にかられた。
リューグは何回も深く息を吸い込み吐き出す。

「我を殺しても得にはならぬ。せいぜい聖女が動揺するくらいで、マグナ達は聖女を引き渡したりなどせぬぞ」
何回目かの攻撃を避け、 はイオスへ平坦な声音で告げる。
「ああ、分っている。僕ならそうするさ」
イオスも攻撃の苛烈さとは別に落ち着き払った調子で答えた。

怪訝そうな顔で動きを止めた の喉元にイオスの槍先が突きつけられる。

「ならばどうして実にならぬ戦を挑んできたのだ? 軍人としての仕事もあるのだろう? 任務放棄にならぬのか?」
の危機にカノンやリューグ、ガウムが動く気配はない。
一応の生命の危機に瀕している も逆にイオスを心配し始める始末。

「……どうして、お前は」
眩暈を感じてイオスは眼に力を込めた。

わざとではない。
とことん己に無頓着で、誰彼構わず……でもないような、優しさを振りまく。
そのお人好しさがいつか身を滅ぼすかもしれない。

言っていた上官の気持ちが今なら分る。

嘆息するイオスをキョトンとした顔つきで眺める
二人の頭上を千切れ雲が早足で通り抜けていった。

「自滅するぞ、程ほどにしないと」
槍を収め の髪を乱暴に乱し、イオスが疲れた顔で へ忠告する。

「? 自滅??」
イオスの言いたい事が分らない。
顔に出して は益々首を傾げた。

大人びた行動と思考を持ちながら、時折見せる子供らしい仕草。
自由奔放で縛られる事を知らない子供。
頭の片隅で を羨ましいと感じながら、イオスは片手で の頬を抓む。

「そうだ、自滅だ。我々に良い顔をして、向こうにも良い顔をして。どっちつかずをしていれば、双方から見捨てられる。孤立してしまうと待っているのは不名誉だけだ」
子供が持つ柔らかい頬。
力を込めれば の顔が不機嫌に歪んだ。

「なまじ力を持つから見えていないのだろう?」
重ねてイオスが言えば、 は小さく鼻を鳴らす。

「汝から見れば我の態度は傲慢と映るかも知れぬが。我は我の信じる行動を取っているまでだ。出た結果が最悪だったからといって誰も責めるつもりはない」
は素早くイオスの手を振り払った。

両頬を膨らませる の姿は可愛らしい。
イオスは失笑して の両頬を手で軽く潰す。
間抜けな音がして の唇から空気が抜けた。

「汝だとて同じではないか。とことん悪者に徹することができぬ頭でっかちの軍人集団。黒の旅団の面々は一人を除いて融通が利かん」
の目が動いてゼルフィルドを捉える。

会話の一部始終を拾っていたゼルフィルドは、少し照れた風に頭を下方へ傾けた。

「絆がどれだけ強いか、あの夜に味あわせたはずだが? 懲りないならば何度でも我が打ち砕こう。汝等が信じる武力の強さを、無駄に持ち合わせる誇りを」

太陽の位置を睨み、時間の経過を知る。
はイオスへ言葉を放ちつつ、目だけでカノンとガウムへ合図をした。

の合図を察したカノンがリューグを肘で突き、注意を促し。
複雑な顔で とイオスの戯れを見ていたリューグが重い腰を上げる。

「すまないな、イオス。全てを等しく見守るは、神でもなければエルゴの王でも、エルゴでもないのかもしれぬ。きっとアレだけなのだ」
腕を精一杯伸ばし太陽を示し は淡く笑う。

「昼には太陽を。夜には月を見て感謝せねばならぬかも知れぬ」
ゼルフィルドの頭部からガウムが滑り落ち、身体を精一杯伸ばして を呼ぶ。
ガウムの呼び声に片手で応じ はイオスへ背中をみせた。

「ゼルフィルド、汝の心遣い感謝する。ルヴァイドの指示ならば、汝からルヴァイドに伝えておいてはくれないか? 我が感謝していたと」
「了承シタ」
軽く頭を下げた にゼルフィルドが丁寧に応対。

何故か互いを深く気に入った様子の とゼルフィルド。
敵同士ながら互いに敬意を払っているのだろう。
イオスはもう一度ため息をつき汗で額に張り付いた前髪を抓み上げる。

「目障りだ、さっさと去れ」
実質の見逃し。
手を前後に振りイオスは を追い払いに掛かる。
半分嫌味と皮肉を混ぜた刺々しい口調で言って。

「有難くそうさせてもらう」
イオスの毒づきもなんのその。
涼しい顔で受け止め は背後を振り返らずに歩き出す。

「では失礼します、イオスさんお疲れ様でした〜」

 ペコリ。

一礼して去っていくカノンと、無言でイオスとゼルフィルドを睨み身を翻すリューグ。
それから一際高い声音で鳴き の頭によじ登るガウム。


「……まったく、変わった奴等だ」
変わらない態度に救われる。
罪無き村人を殺した己の手がほんの少しだけ綺麗になった気がする。

軽くなった心を抱えてイオスは素直になれず小さく呟いた。



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 イオスさんは案外こういう考えの人だと思ってます。んで一番思考バランスが良いのがゼルフィルド。ブラウザバックプリーズ