『聖女の横顔2』
ギブソンは好物のケーキが届いて小躍りするくらいワクワクしていた。
大人だから、実際に小躍りはしないが。
「ではでは、またお届けにあがりますので〜♪」
ケーキ屋のアルバイター。
パッフェルが空になったバスケットをギブソンから回収し終えた時。
空耳が聞えた。
否、咄嗟に空耳だとギブソンは思ってしまった。
「久しいな、ギブソン。息災で何よりだ」
パッフェルの背後。
涼やかな声が聞える。
目を丸くするギブソンと、小さな訪問者に興味津々のパッフェル。
道を訪問者に譲ったパッフェルの脇を通り、その存在はギブソンの前に姿を見せた。
「どうした? ギブソン?」
揶揄するように持ち上がる唇の端。
黒い髪と漆黒の瞳。
小さく笑う豪胆なその頼もしい存在が目の前に居る。
思わず幽霊じゃないかと疑って足元へ目線を落としたギブソンに、その存在は小さく笑った。
「あのぅ〜、ギブソンさんとお知り合いで?」
蚊帳の外。
パッフェルは遠い昔知り合った人物に雰囲気が似ているので、なんとなく気になって。
訪問者へ声をかける。
「ああ、我がサイジェントにて世話になった召喚師なのだ。ギブソン、いい加減正気に戻らぬか」
笑顔が、あの人に重なる。
思わず瞬きしてからパッフェルは訪問者を凝視した。
姿形は違うのに似ている。
雰囲気も力の波動も、胸を優しく包み込む独特の空気も。
そして特徴ある喋り口も。
「あ、ああ……どうしたんだい? 君がここに居るなんて」
パッフェルにじーっと見詰められる
に、漸くギブソンは第一声を放った。
「二重誓約されたのだ。詳しい事は中で話す故、入れてはもらえぬか?」
パッフェルを不審に思っているのか?
訪問者は言葉少なく応じ、ギブソンを促す。
「じゃぁ、また頼むよ」
「え? あ、はいはい♪ ご注文をお待ちしていま〜すv」
やんわりとパッフェルを厄介払いするギブソンの言葉。
パッフェルは卒無く対応し、営業スマイルを浮かべ去って行った。
「身のこなしが普通ではないな」
スキップして去って行くパッフェルの背中。
見送り
はポツリと漏らす。
「まぁ……こっちにも色々と合ってね。ミモザが喜ぶよ、取りあえずは中でお茶でもしようか」
ギブソンは二重の喜びに表情を緩め、 を屋敷の中へと招き入れた。
居間に
が通されると目を輝かせたミモザが扉を乱暴に開けてやって来る。
「貴女にここで会えるなんて!!! ギブソンから聞いた時、冗談かと思っちゃったわ」
ハイテンションのミモザ。
再会を喜ぶミモザを横目にギブソンが紅茶を
へ出す。
「まったく……わたしが嘘をつく必要がどこにある」
苦い口調だが弾んだ調子のギブソンの声音。
湯気を立てる紅茶。香りを一通り堪能してから紅茶を口に含む。
は相変わらず変わりのない二人に笑いを噛み殺す。
音が真っ直ぐで柔軟で心地良い。
余裕が出てきたようだな、二人とも。
しかしどうしてミモザがギブソンの屋敷に居るのだ???
丸くなったミモザとギブソン。
二人の言葉の遣り取りは変わらないのに、変わったと感じる空気。
は一息つくための紅茶を飲み干し、二人へ視線を戻す。
「まずは我の事情から先に話そう。手紙でも書いておいたように、我はサイジェントのバノッサ兄上の家で生活しておる。
しかし昨日突然召喚されてな? 二重誓約のようだったが、正しくは誤召喚らしい。しかも召喚した召喚師とはぐれてしまって……名実共にはぐれとなってしまったのだ」
淡々と は語った。
するとミモザとギブソンの笑顔が固まる。
「
を誤召喚……?」
先程のハイテンションがあっという間にローテンション。
ミモザが小さな声で へ聞き返す。
は黙って頷いた。
「それで召喚した召喚師とはぐれたのかい?」
流石は というべきか。
やっぱり だと表現すべきか。
複雑な気持ちになってギブソンも へ尋ねる。
はもう一度黙って首を縦に振った。
「うむ。流砂の谷ではぐれて、その前に谷からゼラムの街が近いと聞いておった故。途中道に迷いそうになったが、道を教えてもらい今朝ゼラムへ辿り着いた」
流砂の谷で戦った事とか。
途中の迷子で怪しい黒い集団にあったとか。
ゼラムでは金の派閥の召喚師の友達に会った事だとか。
全てスルー。
削って削って事実だけを口に出す
に、ミモザとギブソンは額に手を当てて呻いた。
「そうだったの……良かったわ、
が無事で」
ミモザの偽らざる本音。色々な意味での無事を喜ぶミモザと同じ気持ちのギブソン。
弱々しい笑顔を浮かべる。
「それでわたし達を探していたのかい?」
一年前の経験を通して打たれ強くなったギブソンである。
素早く話の方向を元に戻して、
から次の事情を聞きだす。
「ああ。蒼の派閥本部へ出向いてもよかったのだが、偶然ギブソンを発見したのでな」
発見したのはミニスだが、今は伏せておく。
蒼の派閥と金の派閥。
要らない騒動の種は持ち込みたくなかった。
「駄目よ! の正体までは報告していないんだから。グラムス議長が居ればいいけど、あそこは
が思ってるほど親切じゃないのよ」
ミモザが声を荒げて言った。
温和なミモザらしからぬ怒ったような口調で。
はちょっとだけ驚いて何度か瞬きする。
「悪いね、わたし達の弟弟子みたいな存在の召喚師がちょっと」
ギブソンが慌ててミモザの発言のフォローをする。
「ちょっと、じゃないでしょう? 見聞の旅に出て、成果が出るまで派閥に戻れないなんて。実質上の追放じゃない」
憤るミモザの台詞が居間に響き渡った。
「それは気の毒だな。だが蒼の派閥は召喚師育成に力を入れておると聞いた。わざわざ手塩にかけて育成した召喚師をやすやすと危険へ送り込むのか?」
サイジェントでは知りえない広い世界。
心配してくれているであろう家族へ、申し訳なく想いながらも
の好奇心が疼いた。
「これは価値観の違いだろうが、家名も大きく関わっているんだよ。知っての通り、召喚師は家名を名乗る。それが召喚師の格や品位を表すからだ」
ギブソンがかつてサイジェントで説明してくれた、召喚師の家名についてもう一度語る。
「その家名が無いと後ろ盾が無いって言ってる様なモンなのよ。その子達は偶然召喚師としての才能があるって分かった子達でね?
活躍すれば家名を与えられるんでしょうけど、そういうのを『成り上がり』って言って、差別する召喚師も居るの」
眉間に皺を寄せたままミモザが説明を加える。
「柔らかい思考の持ち主は居るけど、全員がそうじゃないって分って欲しいのよ。
が名も無き世界の神だと知ったら、最悪実験材料にされちゃうわ」
人差し指を振ってミモザは忠告した。
「そうなったらサイジェントが黙っていると思うかい? バノッサに暴れられて、トウヤとハヤトが暴走して……キール・クラレット・カシスに召喚術を乱射されてご覧。
ゼラムの街は崩壊するだろうね、容易く」
在り得ない話ではない、とギブソンは考えて例を出す。
当然名前を出さないだけだが、仲間達は全員 を傷つけた者を赦さないだろうとも。
思う。
「わたし達には構わないけど、蒼の派閥の一部には気をつけてね。帰るまでの間は、気をつけるって約束して」
大真面目な顔で小指を差し出すミモザに、
は笑いの衝動をなんとか堪えて自分も小指を差し出した。
「所で、ミモザが何故普段着でギブソンの屋敷に居るのだ?」
重い空気を払拭したい。
気持ちを込めて
は疑問に思っていた点をミモザへぶつけてみる。
「ああ、ここはギブソンとわたしが共同で借りている屋敷なのよ」
「同棲か」
ミモザが屋敷に居た事情を聞き、
は納得した顔で呟く。
「違うからね、
」
ゴホン。
咳払いをしてミモザが否定する。
「違うのか」
恐ろしい素直さで納得した 。
何時もなら早々簡単に納得しないのに、アッサリしすぎだ。
思わずギブソンとミモザは黙って互いに見詰め合ってしまった。
「「……」」
見詰め合う二人を眺め、内心ではやっぱり同棲だと。
勝手に は決め付けていた。
その後ノンビリ過ごしていたせいで、ギブソンもミモザもうっかり聞き忘れてしまう。
誰が を誤召喚したのかを。
翌日、運命の子供達が揃って屋敷の扉を叩くのを誰も知らないでいた。
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