『流砂の谷2』




笑いの衝動の収まったマグナは改めて を観察する。

 なんだか、嫌だな。

勝手に召喚して戦わせて。
申し訳ないとは思ったけれど、第一印象はコレ。

大好きで大切にしたい妹と似ている。
反面、妹に似て魔力が高く優秀そうで嫌いだ。
矛盾する自分の心。正直嫌気が差す。


召喚術を操るのは下手。
それでも妹のトリスは魔力が高く、将来を渇望されている。
対するマグナも下手ではないが、魔力が低い。

それでも普通の召喚師から比べたら能力は高かったが。
トリスと比較されれば形無しで。
本人の密かなコンプレックスでもあった。

 だから俺って戦闘訓練してたんだよな、召喚師なのに。

その自信でさえ、冒険者のフォルテの剣捌きの前に脱帽。
脆い自負はあっさりと崩れ落ちた。
無意識にため息をつくマグナを不安そうに見詰めるハサハ。
マグナは弱々しいがちゃんとハサハに笑ってみせる。

「だいじょうぶ?」
話し込むネスティと
二人の傍を離れ、主の元にハサハは戻る。
「大丈夫だよ、有難うハサハ」
どこまでちゃんと笑えているか、自信がない。
でもマグナは精一杯の笑みを浮かべた。




それから数時間後。
マグナは沈む夕日を蒼の派閥の部屋窓から眺める。
「……ック、わたし、わたし」
部屋ではトリスが泣きじゃくり、ハサハも表情を曇らせた。
ネスティーは街の門番に情報を求めに走り。

 ……俺、自分でも気づかなかったけど。結構嫌な奴だったんだ。

マグナはどっぷり自己嫌悪。
凹むマグナをバルレルが興味深そうに見遣り、ニヤニヤ笑っている。
負の感情に聡い悪魔の少年はマグナの何かを嗅ぎ付け、薄笑い。


 あの時だって。
 見えなかったフリして、 がどこかへ行くの見送った。
  はここら辺の地理なんて知らないのに。
 せめてネスが言ってたみたく、ゼラムの街まで連れて来て上げたらよかったのに……。


護衛召喚獣の話が出て、ハサハとバルレルの立場に納得した
その後、さり気なさを装って何処かへ行ってしまった を、マグナは引き止めなかった。

引きとめようとして口を開いたのに、終に言葉は出てこず。
の小さな背中が遠ざかるのを、ただただ見送るしかなかった。


 違う。
 俺は劣等感を抱く相手を、これ以上増やしたくなかったのかもしれない。
 どうしてあんなことしたんだろう? 俺、最低だ。


純粋に を心配するトリスが羨ましい。
マグナは胸に沈殿した暗い気持ちを抱え、沈んでいく夕日に の無事を祈った。
祈る資格など無いと分っていながら。

同時刻。
は流砂の谷から落ちる夕日を悠長に眺め歩いていた。

「一人旅、これもまた一興よ」
ひとりごちる は太陽の位置を確認し、遠めに見える大きい道を目指してトコトコ。
傍から見たら『身包み剥いで下さい』風の子供一人旅。


 ふむ。周囲の様子を見ようとしたら見事にはぐれた。
 文字通り『はぐれ』だな。

 マグナが不安定であったが……。
 大丈夫であろうか? あの、召喚師トリオ。


音が乱れている。
あのメンバー全員の音が乱れている。

冒険者達は兎も角として、あの三人の音の乱れようといったら。
在りし日のバノッサよりも酷い。
しかも不吉の影がどんより被っているとなれば見過ごせず。
更に蒼の派閥の人間だと聞いてしまえば。


 見捨てておけぬわ。
 まったく……我の周りには厄介事と、不協和音しか響かぬのか。


だから敢えて彼等と距離を置こうとしたら、身体の距離も開いた(要は の迷子状態)。

基本的に、異界の者へは不干渉を貫かなければならない である。
彼等を覆う黒い影の正体も分らず、しかも己が彼等に信用されていない状態で周囲をうろつくのは危険。
判断した はこっそり見守るつもりが逆にはぐれて、彼等を追う羽目に。

「バノッサ兄上やキール兄上が暴走しておらぬと良いが……クラレット姉上とトウヤ兄上辺りは……いかん、考えるのは止そう」

リィンバウムへ再び戻ってきた を待っていたのは、セルボルト末妹の席。
本来は人でもないのに対外的には召喚師見習いを名乗れと強要され。
苗字は曰くつきのセルボルト。

『皆 を大切な妹だと思っているのよ?』
を抱き締めて言ったクラレットの言葉。
セルボルト兄妹、誰もが顔を背けていたのが印象深い。

別に不満も無かったので、妹扱いなのには疑問があったが、セルボルトを名乗る事になった である。


「???」
街道脇まで到達して道案内を探す。薄暗い闇に紛れて佇む に突き刺さる殺気。
気づかないフリをして数歩歩いたところで、威嚇射撃された。
「止まるんだ」
続いて耳に聞える男の声。

闇の中でも見つけやすい色白の肌。
金色の髪に、黒のロングコート。
槍を持った青年? は に槍の刃先を突きつけた。

「……女?」
槍使いと見詰め合うこと十数秒。
熟考の後に零した の言葉が、槍使いの逆鱗に触れた。

ビュゥン。

空気を切る槍の刃先に、慌てる誰かの合成音声。
複数の足音に囲まれる気配と、ざわめく人々の声。

「誰が女だ! 誰が!!!!」
怒髪天を突く勢い。顔を真っ赤にして怒る槍使いに は目を丸くした。
服装や立ち振る舞いが兵士のようだったのに、今は感情的に槍を操る。

 直情型か?

彼がもっと冷静に槍を扱ったら も短剣を取り出しただろうが。
は身を屈めて小さくなっているだけでよかった。
槍は数十センチ上を掠めているだけだから。

「止めないか、イオス」
槍が空気を震わせる気配が無くなり。
低い声音と共に抱き上げられる の体。

エスガルドのような機械の感触。
振り返れないので分らなかったが、恐らくは機械兵士で合成音声の主だろうと。
は結論付けた。

「……迷子か?」
黒い鎧の男。
赤毛の男は眼光を鋭く……はせずに、 を見て静かに問う。

「認めたくはないが、迷子だ」
物怖じせずに は返事を返す。

黒鎧の男は の態度に興味を引かれた。
胡散臭いのはお互い様だが、自分達は武装している。
その自分達を相手に怖がる様子も無い。
不思議な子供だ。

「我は 。見習い召喚師でサイジェントに住んでいたが、誤召喚とやらで流砂の谷に呼ばれ。それから迷子になった。
すまないが、汝等、ゼラムへの道を知らないか? ゼラムには知り合いが居る故そこまでの道が分れば助かる」

男が思っていると、子供は自分の名前と境遇を名乗った。
やけにアッサリと。

「……分っているのか? 僕達はどう見ても武装している集団だ。君に害を与えるとも与えないとも分らないのに、道を尋ねたり素性を明かしたり……無防備だろう」

副官のイオスがやや怒った口振りで を窘める。
は何度か瞬きをして、それから不服そうに頬を膨らませた。

「我は、我を示す音である名を名乗ったぞ! それなのに君呼ばわりとは何事だ! 失礼ではないか……それに、人を見る目はある」
両足を動かして怒る に、イオスと男は目を丸くする。
「何に心乱しているか分らぬが、汝等はまっとうだ。そうでなければ我など見捨てるか、奇襲して殺してしまえばいい。威嚇などせずにな?」

 すい、と。

真顔に戻って淡々と事実を指摘する に、今度は硬直した。

野盗が跋扈する街道において自己防衛手段を持つ事は必須である。
持たない様子の が襲われても、それは仕方のない事なのだ。
イオスも男も分っているが、敢えてそれを口に出した の度胸に呆れ驚く。

「将ヨ、コノ者ノ言ウ事ハ正シイ」
すると を黙って持ち上げていた機体の持ち主が、漸く言葉を発する。

「だから名前で呼ばぬか」
癇癪を起こした を機械兵士は地面へ降ろした。
対面した機会兵士は地味なシルバーの身体を闇に溶け込ませている。

、我々ハぜらむニハ行カナイ。ぜらむヘハ、コノ道ヲあちら側ヘ進ムト行ケル」

だが、人間二人に反して非常に冷静で理知的だ。
の力を推し量れたのか、単純に追い払いたかったのか。
ゼラムの方角を指差し道案内を始める。

「感謝する……名を、尋ねない方が良いのなら尋ねないが?」

機械兵士が指差した方角へ頭を向けた
それから機械兵士へ視線を戻して礼を述べた。
の問いかけに機械兵士が黒鎧の男を見る。
男は首を横に振った。

「我々は先を急ぐ。今見たことを」
「誰に話して納得してもらうのだ? 団体名も分らぬ黒い集団の話を」
注意を促す黒鎧の男に呆れた調子で が切り返す。
男は黙って の頭を撫でて、それから身を翻した。

「進軍する。移動開始」
闇に紛れてひしめき合う大量の兵士達。
ゼラムとは反対方向へ向かって行く。


「イオスの名だけでも価値がある、という訳か」
灯りさえ携えない統率された集団。
見送って は身体の方向を変えた。


Created by DreamEditor                       次へ
 えーっとマグナがひねてますが、普通だったらあーなるよね?? って思って(笑)ブラウザバックプリーズ