『メルギトスの嘲笑3』




マグナを蹴り倒した誰か。
「白い……」
命知らずなネスティが思わず呟き、パッフェルに口を塞がれる。

立て襟の、丁度イオスのような裾の長いグレーの上着を身に着けた、白い髪の青年。
眼光鋭く地面と友達になったマグナの鼻先に己の剣を突きたてる。

「ったく、連絡を受けてきてみればコレか。情けねぇな、ミモザ・ギブソン」

青年の身から滲み出る気迫と迫力。
凄まじいものがあり、誰もが威圧されていた。

青年の悪態に、レヴァティーンの背に乗っていたミモザとギブソンが乾いた笑みを浮かべる。

「まぁまぁ、バノッサお兄様。ミモザとギブソンのせいにするのは如何かと。だって悪いのはあの三下悪魔ですしv」

レヴァティーンを操る紺色の長い髪の女性が、さり気に毒を吐きつつ青年を宥めた。

聖女一行がぼんやりしていれば、茶色い髪の利発そうな女性と青年が最前線に立ち。
悪魔が操る敵をバッタバッタと斬っては捨て、召喚術で滅しては捨て。
正に獅子奮迅の戦いを披露。

黒髪の穏やかな雰囲気を持つ青年は、少し目上のタレ目の召喚師風の青年と一緒に。
ルヴァイドとイオス、それからアグラバイン。
無事に生き延びた黒の旅団の面々を助けていた。

早業、電光石火。

を髣髴とさせる戦い方と、桁違いの実力。

「…… のお兄さんお姉さん達?」
トリスを羽交い絞めにしていたアメルが疑問系で呟く。

「ええ、お初にお目にかかりますね? わたしはセルボルト家の長女でクラレットと申します。
白髪の柄の悪いのが長男のバノッサ、あれが次男のキール、そっちで愉しそうに敵を弾き飛ばしているのが次女のカシスです」

アメルの疑問をしっかり拾い、紺色の髪の長い女性・クラレットがセルボルト兄弟を紹介する。

白髪の青年・バノッサは憮然とした面持ちで を抱き上げた。

声を出さずに静かに涙するのが 本来の泣き方。

知っているだけに静かに抱き締めて妹が落ち着くまで待つ。
その間も足でマグナの背を踏みつけ、しっかり牽制し卒がない。

「それで俺がトウヤ。名も無き世界出身のはぐれ召喚獣って所かな? あっちでカシスと戦っているのが俺と同じ世界から召喚されたハヤト。俺の幼馴染」

ルヴァイドとイオス、アグラバイン、キールを伴い黒髪の穏やかな空気を持つ青年が己の名を名乗った。

「けれど間に合って良かったよ。カノンの判断は正しかったね。……留守番をフラットの皆やカノンに任せてしまったのは申し訳ないけど」

完治していないルヴァイド・イオス・アグラバインの怪我を治療し。
戦場に似つかわしくない調子でキールが語り始める。

「構わねぇ、この間まではカノンが と一緒に居たんだからな」
をあやしつつバノッサが素っ気無く答えた。

トウヤとキールはバノッサの台詞に苦笑し合いミモザとギブソンを手招きする。

ゼルフィルドが命を懸けてまで攻撃したレイムは無傷で竪琴を奏でていた。
アレを止めなければこの双子の呪縛は断ち切れない。
判断して助力をミモザとギブソンへ求めているのだ。

「召喚術は効果が薄いかもしれないな。虚言と奸計を司る大悪魔・メルギトス、彼は召喚師の身体に憑依しているだろうから」

ギブソンが険しい表情でトウヤへ説明する。
トウヤは逡巡した後、物問いそうな顔でミモザへ目線を映す。

「難しいと思うわ、あの時とは状況が違うもの」
腕組みしたミモザがゆっくりと首を横に振る。

「ならば答えは一つ。バノッサお兄様、トウヤ。道はキールお兄様とわたしで作りますので、さっさと彼等を追っ払ってしまいましょう」

さらっとクラレットが発言し、バノッサから を奪い取る。

そして兄に代わりマグナを足蹴にした格好で杖を振り上げた。

「やれやれ、クラレットを怒らせるなんて命知らずな」
嘆息しつつキールも己の杖を掲げる。

二人が空へ突き出した杖からはロレイラルの召喚獣とメイトルパの召喚獣が呼びかけに応じ飛び出した。

機竜・ゼルゼノンとエイビスはそれぞれに空気を切り裂く咆哮を交わし、一直線にレイムを狙う。
二体の召喚獣が放つ攻撃の余波は大気を震わせ大地を揺らし、レイムを護るように屯する屍兵・悪鬼・魔獣を全て薙ぎ払っていく……。

その様は圧巻としか表しようが無かった。

「じゃぁ、後は宜しく。もう少しだから君も頑張って」
クラレットとキール、ギブソン・ミモザへ を託しトウヤは細身の剣を片手に走り出す。

バノッサは既に一人走り出していて、周囲の敵を意図も容易く打ち払っていた。

トウヤに励まされたアメルは呆気にとられつつ、ミモザに手伝ってもらってトリスを布で縛る。
この際彼女から後で苦情が来ても仕方がない。非常事態だ。

「ほう……君達は……もしかして」
竪琴を操る手を止めず、レイムは迫るカシスとハヤトへ顔を向ける。

レイムの視線を感じたカシスは冷静さを失わず眼前の敵へ召喚術を放ち。
ハヤトもまた急く気持ちを抑え大剣を振るう。

「どけ! 手前ぇら!!!」

 ブゥン。

空気を鳴らしてバノッサが剣で槍を持った屍兵を貫く。

剣で屍兵を貫いたまま身体を持ち上げ、無造作に兵士の身体を放り投げた。

兵士の身体は弧を描きレイムの頭上へ、真っ逆さまに落ちていく。

レイムは涼やかに微笑むと身体に溜めた魔力を一気に放出した。
重力に逆らって巻き上がるレイムの髪と落下してきた屍兵の体がコナゴナに砕ける。

「……トウヤ」
まずは相手の力量をと試したが、相手の面の皮は想像以上に厚そうだ。
バノッサは背後で戦っているトウヤへ声をかける。

「分かってるよ、バノッサ。召喚!」

赤いサモナイト石からトウヤは遠異・近異を召喚。
炎と氷を操る彼等の両方の力を同時にぶつけ合い水蒸気を発生させる。

バノッサは水蒸気に空気の渦を絡め、一見でたらめの方角へと剣を投げた。

 ビィィィイン。

奇妙な不協和音と絃が切れる音がして、レイムの竪琴がやむ。

口に詰め込まれた布に驚きもがくトリスと、身体中が痛くて呻くマグナ。
正気を取り戻した双子にネスティとアメルが安堵の息を吐き出した。

「遊びたいならもうちょっと手駒を揃えて出直すんだな。物足りなくて仕方がねぇ」

レイムの竪琴を砕き、地面に突き刺さる剣。
丸腰なのにレイムに怯える素振りは欠片も無い。

バノッサの落ち着いた声音にレイムは眉を持ち上げた。

「……」

人間の気配と悪魔の気配。
両方が混在しながら人が優位に立つ。

この青年から感じる己の感想は不快感だけ。

この青年に己の言葉は通用しない、悟って口を噤むレイム。

「今日のところは十分に遊べて満足だろう? それとも、遊び足りないか?」
薄っすら笑うバノッサの魔力が急激に高まり、レイムの魔力さえも食い尽くそうと触手を伸ばす。

目と鼻の先ではカシスとハヤトに圧倒された手下達が逃げ腰ながらも踏み止まっていた。

「潮時のようですね、今日はこれにて失礼します」

この青年だけは駄目だ。

こう己の悪魔の本能が警鐘を激しく鳴らす。

悲鳴をあげ助けを求める部下達の意見も考慮し、レイムは一礼すると表向きは動揺を隠し去っていった。

魔力を高め部下達と共に掻き消えるように逃げる。

腰に手を当て眺めていたバノッサは小馬鹿にした風に鼻で笑って、地面に突き刺さった剣を抜く。

「まったく…… の事となると見境なく怒るんですもの。少しは遠慮すればいいのに性質が悪いわ、バノッサお兄様ったら」

さり気なくマグナの背から足をどけ、 を抱き締めたままクラレットが呟く。

「ご免なさいね、驚いたでしょう?」

 ふふふふふ。

目がマッタク笑っていない微笑を湛えクラレットがネスティへ問いかける。

「いえ……助かりました」
ほぼ棒読みに近い口調でネスティは応じた。

「クラレット、駄目じゃないか。 を助けてくれた人達を威嚇しては」

収束した戦場、 の怪我の具合を見ようと他のメンバーも集まってきている。
が、クラレットが怖くて近づけない。

気付いたキールが平然とクラレットを嗜めた。

「あら、わたしとしたことが。つい『いつもの』クセで……」
平然と嗜めるキールもキールだがあっさり答えるクラレットもクラレット。
大物すぎである。
マグナ・トリスを除く全員の気持ち(旧サイジェント組除く)がシンクロした。

「いつものが怖いんだよ!!! ったく、なんで俺が最前線なんだよ〜」

 ズリーなぁ。

ぼやきつつ、ハヤトがクラレットから を奪還。

泣きじゃくっている の頭を良し良しと撫でた。
クラレットは肩を竦め、同じく戻ってきたカシスへ視線を送るもののカシスは気付かぬフリ。

「手前ぇは剣だけ馬鹿だろうが」
以前のような剣呑な態度ではなく、事実を事実として口に出すバノッサ。
家長として彼がどれだけ成長したか窺える一言だ。

「あっさり言うなよ!! バノッサだって似たようなモンだろ〜」
逆に変わらず? がハヤト。
剥れて頬を膨らませる。

「さてな」
をハヤトから取り返し、大人びた微笑を湛えバノッサは答えたのだった


Created by DreamEditor                       次へ
 遅まきながら、サイジェントの兄姉勢揃い(笑)
 早い段階で出すと、誰も主人公に近づけないのでこの話からの登場です。ブラウザバックプリーズ