『話題休閑・メルギトスの嘲笑3後1』
全てが騒然としたまま迎える夜。
ギブソン・ミモザ邸の二階テラスは異常に人口密度が高かった。
バノッサとハヤトに挟まれ月を眺める 。
パッフェルやカイナと談笑するクラレット。
トウヤとキールはギブソン・ミモザ、フォルテも加えて政治談議。
カシスはぼんやりするマグナとトリス、イオス・ルヴァイドを気遣う。
「う〜ん、わたしも大層な事言えた義理じゃないんだけどさぁ。過ぎちゃった事だし、気にしなくてもいいんじゃない?
本人は当然気にしてないしね? クラレット姉様だってバノッサ兄様だって気にしてないし」
惚ける双子と惚ける元デグレア軍人。
四人の生気の無い顔を観察し、カシスは務めて軽い口調で言い切った。
「でも……わたし、躊躇いも無く
へ召喚術を放った時の感触を覚えてる」
月明かりに照らされる己の手のひら。
ジッと見下ろしトリスはスンと鼻を啜る。
「俺だって!
を本気で殺そうとした……理性では駄目だって思ってるのに、身体は喜んでいた。本能ではゲイルの素体として相応しい素材を求めてた」
下唇を噛み締めるマグナの握り拳は震え、己に激しく憤りやり場の無い怒りが逃げ場を失い身体を駆け巡った。
「我々は悪魔に踊らされ罪も無い人々を屠ってきたのだ。許されるわけも無い」
ルヴァイドは硬い声音で呟き、俯く。
副官のイオスは身体に捲いた包帯をそのままに、
の小さな背中を眺め続け心ここにあらず。
「あ〜、う〜」
頭をかきむしり悶え、カシスはバノッサへ縋る目線を送る。
僅かに眉を顰めたがバノッサはハヤトと
を伴いカシスの元へ移動した。
「手前ぇ等、しけた面を妹達に拝ませるんじゃねぇ。カビが生える」
にべもなくマグナ達を斬り捨て、バノッサは淡々と悪態をつく。
「あ、バノッサはさ! いい加減落ち込んでないでこれからを考えてしっかりしろ、って言いたいんだよ! 勘違いしないようにな?」
カシスの窮状を見かねてハヤトが口早にバノッサのフォローへ回るも。
マグナ達は全員上の空。
ジーッと
を見詰めてはため息をつく。
「あちゃ〜、俺等の時より重傷だな」
額に手をあててハヤトが夜空を仰ぎ見、カシスも肩を落として頭を左右に振った。
「 、お前もだ。いつまでもメソメソしてるんじゃねぇぞ。助けられなかったのは事実だがゼルフィルドに託された気持ちまで否定するな。
結果はどうあれ、時間は流れる。生き残った者達でやるしかねぇんだよ」
バノッサの腕にしがみ付いたまま元気のない顔をする の頬。
抓み上げてバノッサは少々表情を和らげ妹を叱る。
「バノッサ兄上……しかし、我は」
ゼルフィルドの信頼を受けながら、ルヴァイドとイオスを助けられなかった。
マグナとトリスをレイムの呪縛から開放できなかった。
実質彼等を止めて、他の仲間達を救ったのはバノッサ達サイジェントの兄姉達である。
「神でもエルゴでも万能じゃない。だから全てが丸く収まらず悔しい想いをする。そう感じるのは罪じゃないぜ。これ以上後悔したくないなら嫌でも前を向くしかねぇだろ」
の額を軽く小突きバノッサは嘆息。
カノンから大体は聞いていたが、これほど が周囲の発する鬱々とした空気に侵食されているとは。
想像以上だ。
一重に
が優しすぎるからそうなってしまうのだが。
「そうだぜ、 。敵はまだ倒れたわけじゃないし、 が守りたい人達は生きてこの場所に居るんだ。諦めたり投げ出したり出来る
じゃないだろう?」
サイジェントでの事件より大分大人びた仕草で、ハヤトは
の髪を乱した。
「………」
自分の兄弟子や実の兄とはまたタイプの違う、でも物凄く精神的に強い の兄達。
間近に彼等を見て改めてトリスは自分の覚悟の甘さを痛感する。
それでも悲しそうな
を見て自分だけが悲しんでいる事も出来ない。
「………うん、
のお兄さんやお姉さんの言う通りだと思う。わたし、周囲が勝手に押し付けるクレスメントの名前に負けたくない」
長い間をあけてトリスが徐に口を開く。
元気のない を見て心が激しく痛むけれど、 と一緒に落ち込んでいる場合じゃないのだ。
これまで私情を抜きにしてトリスを励まし続けてくれた を、今度は自分が励ましたい。
は大切な親友なのだから。
「そうでしょう? ルヴァイドも、イオスも! ゼルフィルドがした行為は無駄かもしれないけど、二人は生き残ったの。
デグレアの悲劇をファナンやゼラムに伝えられる生き証人でもあるんだよ? 逃げちゃ駄目、立ち向かわなきゃ」
「トリス……」
自嘲気味に俯いていたルヴァイドがノロノロと顔を上げる。
ルヴァイド・マグナ・イオスの瞳を捉えトリスは一人気合を入れた。
「そうそう、トリスちゃんの言う通りだよ。逃げたらゲイルや遺跡はどうするの? あの悪魔にあげちゃうわけ?」
冗談めかしてカシスが言えば、マグナは勢い良く立ち上がり「そんな事はさせない!」と握り拳を振り上げる。
それから目を丸くするハヤトと
の視線に気づきマグナは照れて頬を赤く染めた。
「だってゲイルはリィンバウムから異界の友を奪った、最低な兵器だ。あれは召喚師や軍や国家が手にしちゃいけない力なんだ。ましてメルギトスに渡すわけにはいかないよ」
マグナは落ち着き無く椅子に座りなおし、改めて自分の意見を口に出す。
「ルヴァイド達だって知らないで操られてて……レルムの村を襲った罪は消えないけど。俺だって を二回も殺しかけたし、人の事は言えないし。
でも守りたいんだ、譲れないんだ、諦めたくないんだ」
「そうだよ、マグ兄。クレスメントの子孫として、わたし達あの遺跡を誰かに渡しちゃいけないんだと思う。アメルやネス、
や皆の為にも」
最後の の部分に一番力を込めてトリスが発言。
マグナと手を取り合って気合を入れあう。
双子がなんとか立ち直ろうとする様を眺め、
は体の力を抜きバノッサへ寄りかかる。
「バノッサ兄上、我も逃げ出したくはないのだ。投げ出したくは無いのだ。手遅れだったとしても、出来るだけはしたいのだ……。
こう考えるのは、神でありながら友一人救えなかった我の傲慢であろうか?」
サイジェントでは何だかんだいって被害は最小限だった。
今回は国家も絡み、都市も絡み軍も絡み、派閥も絡み。
規模も何もかもが違う。
物事を公平に見る だからこそ感じる己の無力感。
誰にも悟られないよう、隠してきたけれど兄という保護者を前に、枷が外れる。
「いーや? ちゃーんと救えてたぜ、
」
ハヤトがニンマリ笑い、鈍色に光る何かのディスクを
へ手渡す。
「?」
は小首を傾げながらハヤトから鈍く光るディスクを受け取り、表にして裏返しにしてじっくり見詰める。
「ゼルフィルドが へ残したデータだよ。エスガルドに聞いたけど、これは機械兵士のメモリーに相当する部分なんだってさ。
他は何も無かったのにこれだけは無傷だったんだ。あの戦場で、だぜ?」
不器用にウインクするハヤトへ、
は泣き出しそうな顔を歪めて微笑む。
「 、お前のお節介は今に始まった事じゃねぇだろうが。サイジェントは心配するな。イムラン達を脅しておいたからな。
ファナンやゼラムへの侵攻は俺達が防ぐ。お前は大切だと思う仲間と共に行け」
バノッサが緩やかに唇の端を持ち上げ、 の目尻の涙を己の懐から出したハンカチで拭う。
血は繋がっていなくても。
兄が妹へする自然な動作を躊躇いも何も無くしてしまうバノッサ。
彼を視界の隅に収めたネスティが食い入るように
とバノッサを見ている。
「そうそう! 姉様達にどーんと任せておきなさ〜い! バッチリ・しっかり守っておくから。心置きなく戦ってきなさいよ! 後悔しない為に」
無邪気に笑ってカシスが己の胸を叩く。
おどけるカシスにハヤトが心の底から可笑しいと笑い出し、バノッサも小さく笑う。
悲劇を乗り越えたからこそ構築された絆、また、この一年をかけて作り上げた新たな絆。
彼等に根付いているのが良く分かる。
「御願いします。俺、どうしても許せないんだ、ゲイルを利用しようとする彼等を。アメルを利用しようとするレイム達を。
トリスもネスもアメルも。皆も、俺は守りたい。だから俺は行きます、行きたいです」
マグナはバノッサ・ハヤト・カシスへ深々と頭を下げた。
トリスも慌てて頭を下げる。
双子の可愛らしい行動にバノッサ達は密かに目配せして失笑しあう。
かつての自分達を見ているようで少々懐かしく感じながら。
「元々は我等デグレアの旧体制が招いた災禍だ。許されるのなら責任を取りたい」
一連の会話を聞いていたルヴァイドが、幾分生気を取り戻した表情で背筋を伸ばす。
「……被害者面をして奥に引っ込んでいる等、俺には出来ない」
の手に握られたゼルフィルドの生きた証・メモリーを見据え、ルヴァイドは明言した。
バノッサは
手繋ぎをして、妹にだけ聞こえるよう小さな声で囁く。
「
、お前が見込んだ人間共は中々打たれ強いじゃねぇか。あいつ等の選んだ先を俺等の代わりにお前が見届けるんだ、分かったな」
バノッサの囁きに妹は最上の笑顔をもって応じたのであった。
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