『話題休閑・メルギトスの嘲笑3後2』
複雑な気持ちを抱えながらも夜の帳は降り誰も彼もが寝静まる夜更け。
賑やかだったテラスにも人影は無い筈。
一旦寝ては見たものの数時間で目を覚ましてしまったネスティ。
本でも読もうと書庫へ向かう最中、誰かの愉しそうな笑い声をキャッチした。
「……?」
不審に感じ、極力足音を消して音源のテラスへ近づく。
「こうやって、ダンスのレッスンをするのも懐かしく感じてしまうよ」
の兄だというセルボルト家の次男。
キールに手を引かれ優雅に舞う、蒼い髪。
本来の姿に戻った はクスクス笑いながら、結界を張るクラレットとトウヤへ笑顔を振りまく。
心底幸せだと言いたげなその表情はネスティが一度も見た事が無い笑顔である。
「兄上達には心配をかけて申し訳ないと思っている。でも遠く離れていても、我が兄上達の妹だという事実は消えぬ、絆も消えぬ。
だから頑張れたのだ……実は少々挫けそうだったのだが」
キールのリードに身を任せ、器用にステップを踏みながら
は踊る。
「カノン君から聞いてます。でも が彼等を見捨てて置けないと思って行動したのだから、咎めるつもりもないの。
貴女がした事が正しいかどうかなんて分らないけど、間違った事はしない妹だとわたしは分かっているから」
誇りさえ滲ませて言うクラレットの顔は『姉』そのもの。
慈愛に満ちた眼差しを受け、くすぐったいのか
は僅かに首を竦ませた。
「
の無謀・無茶は専売特許で誰にも真似できないからね。仕方ないさ」
トウヤが冗談交じりに言えば「そうに違いない」と。
キール・クラレットが同意して
は不服そうに口先を尖らせる。
「褒めているんだよ、僕達の自慢の妹をね?」
口先を尖らせた妹にキールは優しく言って、呆然と立ち尽くすネスティを目線だけでテラスへ招き入れた。
「眠れないなら君もダンスを勉強してみるかい? 僕も一年前までは君のように、実践的な知識が全てだと思っていたけど。
それだけじゃ心が貧しくなるんだ。召喚術とは無縁な趣味が一つくらいあってもバチは当たらないさ」
柔和に微笑むキールは別として。
なんだかアメルに似た笑顔を振りまくクラレットの笑顔と、トウヤの『諦めてダンスをした方がいい』等と告げている顔に後押しされ。
「では……御願いします」
ネスティ、不本意ながら真夜中のダンスレッスンと相成った。
「クラレットがああなるのは、君も知っての通り の正体がアレだからなんだ。ギブソン・ミモザが巧妙に隠してくれたけど……。
やっぱり蒼の派閥に知られるのは嬉しくないんだと思うよ」
結界の維持はキールに任せ、クラレットと愉しくダンスをする
を横目に、トウヤが静かにネスティへ喋りかける。
「そう、ですか?」
一年前に異界から来て、無色の派閥の乱に巻き込まれた青年。
トウヤから見受けられるのは困難を乗り越えた自信。
今の自分には大きく見えて、ネスティは自然と腰が引けてしまう。
世界を僻み疎んでいた己の矮小さを見せ付けられるようで。
「それに、俺と君じゃ同い年くらいだから。その丁寧な言葉遣いも遠慮したいな。住んでいた世界は違うけど、今は同じ世界に住む仲間じゃないか」
柔らかな態度は とソックリ。
血が繋がっていないのに、兄代わりを名乗るだけあってトウヤと の思考が部分的には似ている。
気付いたネスティはダンスの動きを止めて思わず立ち止まった。
「似ていますね……、いや、似ているな。トウヤと
は」
思わずまた丁寧語で話しかけ、ネスティは慌てて言い直す。
最初はキョトンとしていたトウヤだが、ネスティの言葉に照れた。
「あははは………。皆にはさ『しっかりしてそうで、意外に抜けてる部分が似てる』って言われちゃうんだけどね」
のほほんとした雰囲気を醸し出してトウヤが応じる。
「トウヤ兄上も我もそんなに抜けておるか?」
いつの間にかネスティの背後に忍び寄った
が、日頃感じる疑問を口に出した。
「抜けているわ。無邪気に人を信じてしまう部分も、人に分かってもらえないのに影で努力してしまう部分も何もかも」
人差し指を左右に振ってクラレットが即座にツッコむ。
「「む〜……」」
言われたトウヤと
が同じ様な顰め面で首を傾げ、キールが堪えきれずに噴き出した。
「見ようによっては短所だけど、長所だって思っていればいいじゃないか。愛嬌があるって事で」
目尻に薄っすら涙まで溜めるキールの発言に説得力は無い。
益々顔を顰めるトウヤと
にネスティもついつい笑ってしまった。
「そうそう、笑顔が一番よ。ネスティ? わたし達も一年前まではこんな風に笑い合っていられなかったの。
トウヤとハヤトと
を、わたし達兄妹は騙して利用してしまう所だったの。それでも、それでも今はこうして笑い合っていられるわ」
人は和解できると。
言外に含ませてクラレットはネスティの肩を励ますように叩く。
「直ぐには無理かもしれないけど、ゆっくりそうなっていけばいい。その為には自分が大切だと思う人に、自分の気持ちを正直に伝えないとね」
「キール兄上の言う通りだ、ネスティ。マグナやトリスにきちんと伝えるべきだぞ。本当の弟や妹のように想っていると。種族など関係ないと」
キールの言葉を受けて も真剣にネスティへと訴えかける。
本当にお節介焼きで、どうしようもない彼等。
でもこんな風に心配されて嫌な気分にもならない。
ネスティは初めて自分から肩の力を抜き笑った。
それがきっかけでダンスの時間はお開きとなるのだが。
去り行くネスティの背中へ。
「ネスティ、それから覗き魔の悪魔さん。わたし達の可愛い妹の友達の地位は許容するけど、それ以上になって御覧なさい。
事情を窺いますから、地の果てまで追いかけてでも」
なんて最後にクラレットから頂戴した言葉は、カノンの笑顔より数倍は恐ろしい。
同じく、出るタイミングを完全に逃したバルレルもテラスの屋根で怯えていた。
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