『メルギトスの嘲笑2』



ファミィの首筋へかかるルヴァイドの剣。
成り行きを見守るレイムの顔は涼やかで、事態を愉しんでいるかのよう。
口元を僅かにほころばせファミィを見る。

「そちらは確か……ファナンでデグレアの宣伝をして下さったレイムさんでしたね」
舌なめずりする勢いのレイムを横目に、ファミィは落ち着いた声音で切り出した。

時間稼ぎもあったが、ファミィの見立てが間違っていなければレイムは人ではない。
デグレアの実体を知っているファミィだからこそ、この場でレイムの化けの皮を剥いでやりたかった。
何も知らない目の前の黒騎士達の為にも。

「名を覚えていていただけるとは光栄です、ファミィ様」
レイムは優雅に腰を折り淡い微笑を湛える。

「あらあら、そんなに丁寧にして下さらなくても構いませんのよ? 処刑なさるんだから。でも宜しかったら冥土の土産に教えては頂けないかしら?」
小首を傾げファミィは上目遣いにレイムを見上げた。

歯軋りするケルマと、ケルマに首を絞められ倒れそうなカザミネ。
穏やかに微笑むファミィへ敵意を向けるデグレアの女召喚師。
レイムの指示を形式上は待つルヴァイド。

それぞれの思惑が複雑に絡まる中、淡い微笑を形作ったままレイムは目を細めた。

「貴女の目は誤魔化せませんでしたか。恐らくはお察しの通りです……さあ、ルヴァイド。彼女を処刑しなさい」

ファミィの問いかけへは、彼女にだけ分かるよう返答を返す。
レイムは言葉をぼかして喋りルヴァイドへ処刑の合図を送った。

「ケルマちゃん、わたしの娘ミニスに『ごめんなさい』と伝えてくださいね?」

首筋に当たる刃先。
感じてファミィは憤怒に顔を赤く染めたケルマへ言伝を頼む。

ケルマは雷に打たれた感じで立ち竦み。
ルヴァイドも微かだが激しい動揺を垣間見せる。

「……っ!?」
それまで心を殺してきたルヴァイドの握る剣が震えた。

「どうしたのです? 汚名を返上するのには相応しい戦果です。彼女を処刑しなさい」
歌うように滑らかに。
レイムはルヴァイドへファミィの処刑を促す。

苦悩の色を一段と濃くし、ルヴァイドは汗で滑る剣の柄を握り直した。

「すまない」

デグレアの軍人である以上は。
レルムの村の人々を屠った以上は。
道は戻れない。

覚悟を決めてルヴァイドは剣をファミィへ向けて振り下ろした。

「お母様!!!」
甲高い少女の悲鳴と振ってくる黒い塊。
ルヴァイドは瞬きする間もなく黒い塊に弾き飛ばされ、地面に伏す。

竜の嘶きの鳴き声と誰かがなぎ倒され悲鳴をあげている。

「まぁ…… ちゃんまで一緒に来てくださったの?」
危うく殺される寸前だったのに能天気な一言。
ファミィのボケにミニスは目に一杯の涙を溜める。

はルヴァイドを弾き飛ばし、背にファミィを庇ってレイムと対峙。

「ファミィ、ケルマと共に戦線を離脱しろ。ミニス! ファミィとケルマを連れて当初の目的地へ向かうのだ」
「分かったわ。お母様、ケルマ、早く」
シルヴァーナの上に乗ったままミニスはファミィとケルマの名を呼ぶ。

黒装束の忍・シオンが戦線に復帰していて、カザミネに刀を渡して自身も戦い始める。

召喚師にしては機敏な動作でシルヴァーナへと乗り、ファミィとケルマが草原から見る間に遠ざかっていく。
意図して見逃したルヴァイドは内心で安堵の息を吐いた。

「……つくづくお節介を焼くのが好きなようですね? 貴女は」
眉根を寄せ困った表情でレイムは を見詰める。

「不快にさせてしまったならすまないな。これが我の性分なのだ」
も表向きは愛想笑いを浮かべレイムへ応じた。

二人の間に見えない火花が散り一触即発の空気。
しかしレイムは己が手を出さず、その場に居る『捨て駒』に指示を出す。

遠くからもやって来る聖女一行を今日こそ倒せ、と。

 矢張りこの展開か……ゼルフィルドよ、汝の道はもう変えられぬのだな。

合流したマグナ達と始まるルヴァイド率いる黒い旅団との戦い。
無限界廊で鍛えたマグナ達は気合十分・実力十分。
あっという間に勝敗が喫してしまう。

「な、なんだこいつ等……強い」
肩で荒い呼吸を繰り返しイオスが呆然と呟く。

「「……死ぬ気になれば、何でも出来る」」
イオスの呟きに、ロッカとリューグが綺麗にハモって遠い目をした。

ここ数日、無限界廊の強烈なインパクトが脳裏を離れず。
夜な夜な悪夢に魘されていた兄弟、人間死ぬ気になれば強くなる見本である。

「頑張ったもの……ルウ達、本当に……」
その近くでは、虚ろな瞳で何処かを眺めるルウの頭をモーリンが労わるように撫でていた。

戦いを静観していたレイムはソレを発見して薄い微笑を湛える。

先走った を咎めるマグナとトリス。
傍らで嘆息するネスティ。
なんだか吹っ切れすぎた聖女アメルが彼等を笑顔で見守る。

 ポロロン。

手にした竪琴を爪弾くレイム。
風に乗って消えてしまいそうな音なのに、 がいち早く反応してネスティとアメルを召喚術で弾き飛ばした。

「「 !?」」
魔力値が高いネスティとアメルに怪我はない。

地面に肘をつき慌てて上半身を起こした二人の目に飛び込んできたもの。

焦点の合っていない感情のない顔で の脇腹へ剣を突き立てるマグナ。
マグナに加勢して巨大な隕石群を へと降らせたトリスだった。

「ちっ……あの時と同じか」
いち早くレナードが反応を示し、トリスの手にした杖を銃で撃ちぬく。

シャムロックも から剣を抜き放ちトドメを刺そうとするマグナの剣を受け止める。

パッフェルは傷薬片手に へ走り寄り、少し遠くに立っていたルウは聖母プラーマを召喚した。

「……そうやって……クレスメントをライルを、天使アルミネを何時まで縛るのだ!!! 答えよ、大悪魔レイム=メルギトス!!!」

左脇腹から滴り落ちる血。

手で押さえ立ち上がり は初めて本気で殺気だってレイムを睨み付けた。

の怒りも気にも留めず、レイムは涼しい顔で竪琴をかき鳴らす。
するとレイムの傍に控えていたガレアノ・ビーニャ・キュラーが本来の姿を取り戻した。

「させるかよ!」

不気味に笑い声を立てる三体の悪魔、バルレルは彼等を に近づけさせないよう仁王立ち。
レイムの狡猾さと手際の汚さに内心で悪態をつきながら。

「させないよ……めをさまして、おにいちゃん、おねえちゃん!」
ハサハは落雷を落としマグナとトリスの動きを懸命に止める。

正気を失っている双子の標的は ・ネスティ・アメルの三名。

強力な剣戟にシャムロックの顔が歪み、トリスの召喚術にレナードが苦戦。
すぐさまネスティとアメルが二人に聖母プラーマを召喚し、癒しの光を送った。

「ははははは……素晴らしいではないですか、異界の神よ。どれだけ貴女が努力しようと所詮人間は卑しい生き物なのです。
我等の道具として使ってやった方が彼等にとっても幸せでしょう」

軽薄な笑みを口元に浮かべレイムは血の気の薄い の白い顔を見る。

「馬鹿を申すな。繁栄するも滅びるもそれは人が持つ自由。力あるからとて干渉するべきではない……汝の方が余程愚かで哀れだ。力で縛る事でしか己を誇示出来ぬとはな」

はゆっくり頭を振ってレイムの意見に反論した。


が神? レイムが悪魔?

事態が飲み込めず呆然とするルヴァイドとイオス、彼等の指示を待たずゼルフィルドが徐にレイムを羽交い絞めにする。
何度も何度も の頭を過ぎったビジョン。
寸分違わず、ルヴァイドとイオスを庇って自爆プログラムを指導させるゼルフィルド。

 ボガァアン。

物悲しい自爆の音。
爆風に煽られる の頬を涙が伝った。

その隙にマグナは本気が出せないシャムロックの剣を弾き飛ばし、立ち尽くす の背後に忍び寄る。

!!! 危ない!!!」
悲鳴をあげるユエルの声が遠くからでも良く響く。
「これでどうです!」
シオンがすかさず投具を放つがトリスの召喚術によって阻まれる。

ケイナもフォルテも歯痒さを噛み締めカイナと共にバルレルの加勢へ。
悪魔達を へ近づけないよう、渾身の力を以てして戦う。

気がつけばロッカとリューグの双子もバルレルへ加勢していた。

「ルヴァイド!!! しっかりするんだ!!」
騒然とする戦場の中、冷静さを保つアグラバインが漸くルヴァイドの元へ到達し。
彼の肩を掴むと力強く揺さぶる。

「これで分かっただろう? お前の父、レディウスは悪魔の企みに気付き単身戦いを挑んだ、デグレアの為に。
なのにレディウスの行為を逆手にとって悪魔達はお前に無実の罪を着せたのだ!」

耳障りな声で笑い、黒の旅団員を、味方も巻き込み聖女一行を攻撃する悪魔達。

いや、デグレアの召喚師だと信じて疑わなかったモノ達。

呆然と見つめてルヴァイドは立ち尽くす。
イオスはフルフルと身体を小刻みに揺らし、槍を持つ手にグッと力を込めた。

「駄目ぇ!!! 止めて! 目を覚ましてマグナ!!!」
そんな彼等に聖女の悲鳴が届く。

無防備に立つ の背後、薄っすら笑ったマグナが剣を振り下ろそうとして何者かに背後から蹴り倒された。




Created by DreamEditor                       次へ
 縛鎖を断つもの、で張っておいた伏線。レイムさんはクレスメントに暗示をかけられるんですよ〜。っていう策です。
 今迄それを使わなかったのは手駒(黒の旅団)が居たから。ブラウザバックプリーズ