『メルギトスの嘲笑1』
ゼラムを目前としながら、予想外の敵襲を受けた金の派閥一行。
「こ、怖いですわ!! カザミネ様」
ひっしとカザミネに抱きつき、彼の動きを見事に封じるケルマ。
正直、戦闘の邪魔になっていて呆気なく敵に捕まった原因は彼女だ。
「ケ、ケケ……ケケ、ケルマ殿!!! 落ち着く出ござるよ」
まずは自分に言い聞かせるよう、カザミネは口早に言いケルマを引き剥がしにかかる。
その様子をファミィが見守っていた。
敵襲に気付いた瞬間、格好よく助太刀に入ったカザミネだがケルマの暴走により事態は悪化。
実質ケルマを人質に取られファミィは早々に白旗をあげた。
「サモナイト石は全て回収しました、ルヴァイド様」
ファミィを筆頭としてケルマやカザミネ・シオンが持っていた契約済みのサモナイト石をイオスが手にする。
ルヴァイドは感情を殺した顔で頷いた。
「彼等ノ武器モ回収済ミデス」
杖に刀、煙玉。
身体チェックを行い、手持ちの武器は全て回収。
ゼルフィルドが無造作に武器を黒の旅団員が用意した布袋へ投げ入れる。
「それにしても無防備だな、少数でゼラムに向かうなど」
イオスが三名を観察し率直な感想を漏らす。
「忍ぶ旅だったもので」
ニコニコと笑みを崩さずファミィはイオスの嫌味を綺麗に受け流した。
戦闘が始まって同時にゼラムへ去って行ったつむじ風。
きっと彼が朗報を齎してくれる。
ならば自分がするべきは彼等がココへ到達するまで時間を稼ぐ事だ。
背筋に力を込めファミィは己を囲むメンバーを改めて観察し始める。
「流石ですね、ルヴァイド。では捉えた金の派閥の議長、ファミィ=マーンの処刑を行いましょうか?」
ファミィへ粘着質のある視線を送っていた、デグレア顧問召喚師・レイムが言った。
明日の天気を語る気安さで告げられる命令にルヴァイドは表情を硬くする。
ケルマも絶句して思わずデグレアの召喚師へ食って掛かった。
しかし逆に血色の悪い召喚師に殴り返されてしまう。
「止めて頂戴! ケルマちゃんには手を出さないで! 目的はわたしなのでしょう?」
悲鳴をあげるケルマと尚も迫る召喚師達。
ファミィは鋭い声をあげ、彼等の暴挙を止めた。
ファミィの制止の声にルヴァイドが益々表情を強張らせる。
「何故ですの? ファミィ=マーン……わたくしは……」
「わたしにとって金の派閥の所属する者は皆子供なんです。ケルマちゃんも、わたしの子供。母親が子供を護るのは当然でしょう?」
項垂れるケルマにファミィは務めて穏やかに言葉を紡ぐ。
「馬鹿ですわ……ファミィ=マーン……」
泣き笑いの顔でケルマが弱々しく呟いた。
彼女の実の娘、ミニスの顔を胸に浮かべながら。
お涙頂戴の三文芝居を下らないと眺めていたレイムは、激しく動揺するルヴァイドにファミィの処刑を促すべく。
己の完璧な策に笑いが止まらなくなりそうなのを我慢して、口を開いた。
時を遡る事数刻前。嬉しさを我慢できずにミニスは先程から時計と睨めっこ。
ソワソワと居間をうろつき落ち着かない事この上ない。
「ファミィが直々に蒼の派閥と話し合いに来るというのは確かなのだ。ミニス、少し落ち着いたらどうなのだ?」
ハサハと緑茶を嗜みつつ は片眉を持ち上げる。
時計と と、ハサハ。
それからまた時計を見てミニスは身悶えした。
「だって!! だって!!! これって凄い事なんだよ!? 金の派閥と蒼の派閥が話し合いの席に着く事態、歴史的出来事なんだから!!」
興奮に顔を赤らめミニスが力説。
にべったりのマグナが「そうだよなぁ」なんて、ニコニコ笑い。
矢張り にべったりなトリスが「うんうん、凄いよね」等と。
双子してミニスの意見に同意する。
「良く分かってないだろう、汝等……」
派閥同士の軋轢を乗り越え、超非常事態に対処すべく漸く重い腰を上げた両派閥。
から言わせれば「遅すぎる」なのだが、マグナ・トリスからすれば「仲良くできてよかったよね」である。
想像以上に平和主義者の双子達、白い目で見遣って
は息を吐き出す。
「そ、そそそ、そんな事ないよ!! ちゃーんと分かってるよ! なぁ、トリス?」
「う、うん!! 分かってる! 分かってるよ、マグ兄! んでもって
」
の視線に慌てて返事を返す双子だが、どもっているし、慌てている。
これではまるきり分かっていないと自分から白状しているようなものだ。
ハサハと顔を見合わせ、
は小さく肩を落とす。
ただ、我がもしレイムならばこの好機を見逃さぬ。
シオンとカザミネに頼んであるが……彼等の動向を知る事が出来るか?
我の杞憂に終われば良いのだがな。
目立つ護衛は逆に身の危険となる。
そう言ったファミィの手前、護衛役を買って出るのは断念したが。
相手はデグレアであり、デグレアを潰した悪魔達だ。
人間の良識と常識が通用する相手ではない。
「
、ちょっといいか?」
呑気な双子に囲まれ、内心嘆息していれば居間にネスティが現れる。
珍しく を一人だけ名指しして手招き。
途端に剥れるハサハ・トリス・マグナを無視して はネスティの招きに応じ居間を脱出した。
人気の少ない庭先、ネスティは眉間に深い皺を刻んだまま顎に手を当てる。
「金の派閥の議長、ファミィ様の行動は歓迎するが。岬の屋敷の一件以来、敵の動きが静か過ぎて変じゃないか?」
に遠まわしな質問はするだけ無駄。
経験と知識から割り出したネスティは、用件を早々に切り出した。
岬の屋敷の悪魔達、彼等の魔手から逃れて早四日。
こちらが拍子抜けするくらい、表面上は平和な日々が続いている。
「彼女はファナンを護る為に召喚術一撃で黒の旅団を翻弄したが……今の黒の旅団にレイム達が合流していたら話は変わってくる。彼女達が危ない、と予想できないか?」
何度考えても辿り着く結論は一つ。
ネスティは膨れ上がる不吉な予感に、眉間の皺を益々深くする。
自分や先輩達、それから不肖の弟妹弟子。
自分達も蒼の派閥の人間だから表立ってファミィを護衛できない。
これは派閥同士の秘密裏の会合なのだから。
その裏をかく策士がデグレアに存在するなら……彼女達の身が危ない。
もう一度考えて同じ結論にたどり着くネスティである。
「我がレイムならファミィを捕らえ、その血識を手に入れる。相手は金の派閥の議長だ、さぞや豊富な知識を持っておるのだろうな」
無表情のまま が答えればネスティの動きが止まった。
「シオンとカザミネを三日前より黒の旅団の偵察に向かわせておる。彼等はゼラムへ向けて進軍を開始したらしい。レイムとの接触が……」
言いかける と、ネスティの間を貫く投具。
リューグの時は威力の弱い弓矢だったのに、ネスティが相手だからなのか威力の高い投具。
ガッ。
鈍い音がしてギブソン・ミモザ邸の玄関を支える柱にぶつかり地面へ落ちる。
「なっ……」
知識量が人以上でもこれは知識にない。
悲鳴だけは無理矢理喉奥に飲み込み、ネスティは殺気を肌に感じていた。
急いで周囲へ顔を向けるが人影はない。
その間に
は投具の柄に結び付けられた文を解き内容を読む。
「ふむ……急いだ方が良さそうだな。ネス、すまないが皆を連れてゼラム近郊の草原まで赴いてくれ。目印はシオン・カザミネ、我とミニスとシルヴァーナだ」
は背後を振り返らず、投具を低木の庭木へ投げつける。
「イヤー!!!! わたしよ! わたし!!! ミニスよぉ」
ガサガサガサ。
庭木が激しくゆれ、中からミニスが頭に葉っぱを乗せた状態で飛び出してきた。
予想しなかった投具が余程怖かったのか涙目になっている。
「分かっておるわ。盗み聞きは品位に欠ける故、止めよと申しておるだろう? 気になるのならば堂々と我とネスの会話に割って入れば良い」
狙いは外して投げた。安心するが良い。
付け加えて
はミニスを嗜める。
「うぅ……分かってるけど、雰囲気的に難しかったのよ!!
のニブチン!!」
スカートの裾を掴みミニスは顔を真っ赤にして思わず怒鳴った。
険しい顔だけれど を信頼している空気をビシビシ放出するネスティ。
ネスティの意見を真剣に聞く 。
漂う空気が親密で、ミニスはちょっとだけ躊躇ったのだ。
二人の会話に割り込むのを。
「それよりファミィの身柄が心配だ、ミニスよ、我等は一足先に行くぞ」
ミニスの引っかかる表現は気になるが、今はそれ所ではない。
気持ちを切り替えミニスにシルヴァーナ召喚を促す。
「うん! お願い、シルヴァーナ!!」
ミニスはファナンでユエルから返してもらったペンダントを。
メイトルパの飛竜にして最大の親友、シルヴァーナを呼び出すサモナイト石を手で包み込む。
ペンダントに下降されたそれから光が漏れ、銀色の皮膚を持つシルヴァーナが現れる。
「ネス、至急全員を呼び寄せ急いでくれ……嫌な予感がする」
ミニスの後に続きシルヴァーナに飛び乗り、 はネスティに後を任せて早々に飛び立っていった。
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