『祭りの夜3』




一見無邪気に問いかける と、困惑するマグナ。

逆にこのチャンスを逃さないのがイオスで、素早く に近づきその手を取った。
「初めまして、彼の知り合いでイオスと申します」
イオスはいけしゃあしゃあと先手を取って口を開き、軽く腰を折り、 の手の甲へ口付けを落とす。

軍に所属するだけあってその辺りの『礼儀』も心得があるらしい。
イオスの迅速な行動にマグナとハサハが凍りついた。

 ふむ。
 我に詮索される前に、マグナに騒がれる前に。
 マグナの知り合いだと我にアピールして有耶無耶にするつもりか。

 直情型かと思えば頭も使えるのだな、イオスよ。

微妙に的外れの関心を はして、それから満面の笑みを形作る。
「マグナさんのお知り合いですか……奇遇ですね? イオスさん」
無邪気さを装えばハサハから剣呑な視線を は頂戴してしまう。

しかしココで事を荒立てたくないのは も同じ。
目配せしてハサハに合図を送ると、不服そうに口をへの字に曲げながら。
ハサハは渋々小さく瞬き返した。

 さてどうしたものか。
 イオスも用事があってファナンへ赴いているらしい。
 マグナと構えるつもりもなさそうだ。

 大袈裟にするのも今は避けたい。
 マグナとハサハには申し訳ないが、こうするのが一番最良の行動だろうな。

通行人からの視線がそろそろ痛い。
気のない素振りを装う屋台の女性も、視線だけはしっかりこちらに釘付けとなっている。

「わたし達、マグナと一緒にお祭りを見物していたんです。お時間があるならイオスさんもご一緒に如何ですか?」

サイサリスから一通りの礼儀作法を教わっている の所作は完璧。
リィンバウムの良家の息女といった態の言動と仕草。

僅かに目を見開くイオスは、眼力だけでイオスを貫こうと眉間の皺を寄せるマグナと、微笑を湛える を交互に見た。

マグナの口封じに彼の知人を装ったが、イオスも早く駐屯地へ帰らなくてはならない。
見張りの非番を利用して必要な物資を調達に来たファナンは祭りの真っ最中である。
これから戦を仕掛ける先がファナンなので、偵察もしようと思っていたイオスは拍子抜けしていた。
ファナンの住民がトライドラの陥落を知らない事実に。

「……な、な!?」
ぼんやり今後の対処を考えていたイオスは、 に手をつかまれた。
「一人で見て回るより、皆で見て回った方が楽しいですよ? きっと」
イオスの少し先を、手を掴んで歩き出す少女の顔は見えない。
けれど酷く真摯に言われてしまってはイオスも立ち去るタイミングを逃すというもの。

不服そうな顔つきのマグナとハサハも、イオスと を二人きりにも出来ないので同じ方向へ移動を始める。

「ねぇ! あれを見て!」
色とりどりの屋台の中から小さな小鳥が囀る不思議な屋台を見つけ、 は指差した。

拒めないイオスを無理矢理屋台の前まで引っ張り出し 自身は左隣へ陣取る。
マグナとハサハは を挟みイオスと逆側へ並んだ。

「チュチュ……」
瑠璃色の美しい手乗りの小鳥が竹篭の中で囀る。

「これはシルターンの珍しい鳥でね? お客によって囀り方が違うのよ。美しい心には長く綺麗に囀ってくれるわ。やってみるかい?」
細目の老婆はしわくちゃの顔を更にしわくちゃにして笑い。
鳥の姿に魅入っている四人へ声をかけた。

「面白そう」
独り言で が呟けば、 の両隣からイオスとマグナが金貨を老婆へ差し出す。

老婆は先を争うイオスとマグナに少々黙り込んだが、二人から料金を受け取り篭を真ん中の位置に立つ の前へそっと置いた。

「キュルゥウウルゥゥゥルウゥゥゥゥゥルゥウゥウゥ」

瑠璃色の鳥は丸い瞳で を凝視した後、気合を入れて大きく息を吸い込んだ。
少なくともイオスとマグナの目にはそう映る。

胸いっぱいに空気を溜め込んだ鳥は一際高く綺麗に長く。

老婆も目を丸くして動きを止める位に囀った。

「おやまぁ! わたしでも聞いた事がない囀りだよ! お嬢さんの心はとても綺麗なんだろうねぇ……羨ましい」
老婆の賞賛に は黙って首を横に振る。

「お婆さんが思うほどではないと思います。でも、わたしの心が綺麗だとしたら……きっとそれは、わたしの家族や友達のお陰なんです」
がはにかんで微笑み は胸の前で両手を組んだ。

「わたし、御転婆だからお兄様やお姉様にご迷惑をかけてばかりなの。けれどわたしが理由も無しに無茶をしないとも理解してくれている。信頼してくれている。
それだけでわたしは強くなれる。胸が温かくなる。だからわたしはお兄様やお姉様、大切な友達を悲しませたくないと思う、一緒に笑っている為に努力したいと思うの」

蕩けるような笑みを浮かべて は家族や友達を語る。

「身寄りのないわたしを妹だと言ってくれたお兄様やお姉様達。
生まれなんて関係ないと、ずっと友達だと言ってくれた大切な人達。
皆がくれた優しさを忘れないように、気をつけてるだけなんです」

己の正体が神だとバレた後、リィンバウムにおける家族となる事を申し出た(強要した)セルボルト家。
例え が神であってもフラットの仲間だと、照れ笑いを浮かべながら背中を叩いてくれたガゼルを筆頭とするフラットメンバー。

フィズ達も驚いただけで、 に対する認識は殆ど変わっていない。
変わらない態度と優しさ。返しきれない心を貰った は、面と向かっては言っていないが。
サイジェントの家族と友に深い感謝の念を抱いていた。

「家族や友達に受け入れて貰えて嬉しかったから、他の人にも優しくしたくて……。その頑張りを鳥さんが褒めてくれただけです」

謙虚に告げた の台詞に感動する老婆・イオス・マグナ。
ハサハは元から知っているので、鳥と目を合わせ声を殺して互いに笑う。

「お嬢ちゃん、家族と友達を大切にするんだよ」
屋台から身を乗り出して の頭を撫で、老婆はしみじみ呟く。

「はい。お婆さんもお体に気をつけて、その鳥さんと仲良く」

 さようなら。

は最後に加えて手を振り屋台から離れる。

遠くで何かが弾ける音がして頭上を見上げれば花火が夜空を彩っていた。
「凄い! 花火よ」
リィンバウムで見る初めての花火。
感動を込め が今度は空を指差す。

「あっちに行けば高台だから良く見えるかもしれない」
周囲を見回したマグナが の手を掴んで、ハサハを担いで猛然と走り始める。

イオスは目を細めたが帰ればいいのにマグナと の後を追う。

屋台の通りから大きく外れた砂浜近く。
小高い丘の部分から花火は良く見えた。

海の上に浮かび上がるよう放たれる花火。
黄色から緑へ。
橙色から赤へ。
変化を見せる花火の色に歓声を上げるハサハと

マグナもイオスが近くに居たから無言で居たけれど、久しぶりに見る花火に内心だけではしゃいでいる。

「君は孤児なのか?」
「昔は。厳密に言うと……はぐれだったの。慣れないリィンバウムでの生活は大変で、最初は苦労した。
領主や騎士や市民の身分の違い、召喚師の偉そうな態度と特権。色々な理不尽に腹を立ててた」

花火から目を逸らさず、 はイオスの問いかけに応じた。

「生活していくうちに、人にはそれぞれに譲れないモノがあって、違う正義を持っていて。それがぶつかって悲劇を生んでしまう光景を何度も見たの。
最悪の事態は回避できたけど、後味の良いものではなかった」

 パーン。

音がして花火が空で弾ける。
ハサハも、マグナも。
横槍は入れないが の言葉に耳を傾けている。

「学んだ事も勿論ある。どちらかが正義になるなら片方は悪になるのだけれど。悪とされる人達が骨の髄まで悪者ではないって事も、あの時学んだの」

の脳裏に浮かぶのは最初は敵だったけれど、今は頼もしい仲間となった面々。
兄バノッサを筆頭として、元アキュートメンバーや、マーン三兄弟等。
サイジェント復興に力を注ぐ心強い存在達。

「だからわたしは自分の見たままを信じる事にしてる。マグナもハサハもとても優しい。イオスもね?
三人の詳しい立場は分らないけれど、それだけは分る。わたし、自分の直感を信じてるから」

夜空を彩る花火を背後に微笑む に見惚れない者が居るだろうか? いや、居ない。

裏表のない信頼を寄せられ嬉しくない訳もない。

「イオスもマグナも用事があるだろうから、これ、お守り代わりに持っていて」

屋台を回る間。
花火を見ている間。

ずっと の魔力を込めていたピアス。

本来ならペンダントとか、ブレスレットとかにしたかったのに。
イオスの出現で予定が狂った。

 まぁ良い。
 イオスはオマケとしても、マグナにコレを渡せるならな。

エクスに宣言した以上、 はマグナの行動に全責任を負うつもりだ。

カノンが聞いたなら問答無用でマグナを屠りに赴くだろうが。
幸いカノンはエクスとの会話を知らない。

から布の袋に入ったピアスを一つずつ。
貰ったマグナとイオスは、なんとも言えない表情で手に握った袋を見下ろす。

一緒に居るだけで気持が落ち着くオーラを放つ少女からの贈り物。
受け取った二人の頭上に最後の花火がその身を散らした。



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