『祭りの夜1』




ファナンで行き倒れ? 寸前だったシルターンの侍カザミネ。

助けたまでは麗しい話だが、カザミネの武士道に何故か惹かれたミニスを狙う女召喚師ケルマ。
彼女の暴走により祭り当日の夕刻から戦闘に借り出され、マグナは疲れ果てていた。

「はぁ……しんど……」
ハイテンションで戦いを挑んでくる好戦的なケルマにも疲れた。
更に疲れたのは、金につられてアルバイトで戦闘要員に加わったパッフェルの意外な活躍に、であろう。
「パッフェルさんも、あんなに強いなんて反則だよなぁ」

夜の帳が下りたファナン。
町を飾る色とりどりの灯りと活気漂う大通り。

ハサハと手を繋いで歩きマグナは愚痴る。

「(こくこく)」

短剣を使い斬り込んでくるパッフェルの動き。
えらく手馴れた戦いぶりにハサハも十二分に驚いた。

首を縦に振って同意するハサハと、大きく息を吐き出すマグナ。

最初は皆で楽しんでいた祭り。
適当に歩いていたら二人して迷子になってしまい。

どの道帰る場所は決まっているから、なんて楽観視したマグナはハサハとノンビリ祭りを眺めて楽しんでいた。
その時までは。

「マグナ?」
背後からかけられる声。
声はマグナを呼んでいるのにハサハが驚くべき速度で背後を顧みて、マグナの手を振り払う。
「え? ハサハ!?」
目を白黒させるマグナ(主)を綺麗に無視。
ハサハは飛び跳ねるのを堪えるような足取りで少女の元へと一目散。
ハサハを掴もうと伸ばしたマグナの手が宙を漂う。
「なっ……君は!!!」
驚いたマグナの視線の先にはゼラムで知り合った、シオンの大将の知り合いだという美少女。
蒼い髪と瞳を持つ不思議な空気を持った美少女はハサハにしがみつかれ、少し困った調子でマグナへ笑いかける。
あの時と似たようなデザインの白いワンピースの裾が潮風に煽られて少しだけ膨らむ。
夜風対策か、今回は同じ白い七部袖の上着を美少女は身に着けていた。

「祭りを見に来たの」
マグナの顔に出る疑問の感情を読み取り、美少女が屋台の一つを指差してもう一度笑う。
「へぇ……そうなんだ」

そう言えば。
ゼラムで知り合いになった少年・エクスともこの間ファナンで会ったばかり。
彼も確か祭りを見るためだと言っていた。

数日前の記憶を頭から引っ張り出し、マグナは間抜けた相槌を打つ。
すると不機嫌そうなハサハの瞳に思いっ切り睨まれた。

 ????
 俺、ハサハに何かしたっけ???
 ていうか、なんであの子に物凄く懐いてるんだろう……ハサハは。

美少女とハサハに歩み寄りながら、マグナは理由を考えるも。
思い当たるモノは一つもない。

眉間に皺を寄せるマグナと不機嫌のゲージを上げるハサハ。
滅多に見れない主従の緊張を美少女は内心だけで笑っていた。

 大人しいハサハも世界を見て成長したのだな。
 感慨深い。
 我の素性を明かさぬように、ハサハに協力してもらわないといかん。

ハサハの頭を何度か撫で、美少女はハサハの目線に合わせしゃがみ込んだ。
「まだ説明できないの。だから内緒にしておいてくれる?」

長い美少女の髪が地面に零れ落ちる。
慌ててマグナが美少女の髪を束ねて高く持つ。

美少女は己の髪には無頓着、ハサハにだけ聞えるよう小さな声でお願いした。

「(こくん)」
この美少女。
姿形が違うだけで心の色は のもの。
こっちが本来の の姿なのだろうと察しているハサハは、 の願いを聞き届けた。

誰よりも美しい綺麗な色を持った優しい神様。
一緒に居るだけで胸が温かくなって安心する事をハサハは知っている。

「あ、え、えっと。その子は俺の護衛召喚獣でハサハっていうんだ」
美少女、 の長い髪を持ち上げたままで、マグナが遅まきながらハサハを紹介。
ハサハは目を細めて へニッコリ笑った。
「そう、ハサハちゃんね」
もハサハの笑顔に応じて微笑み、ハサハの頭を再度撫でる。
気持が良いのかハサハの頭上の耳が嬉しそうに何度も揺れた。
「そう言えば、君の名前……」
ゼラムの時は聞きそびれた。
思い出したマグナが へ問いかけようとするけれど、 が素早く立ち上がる。

最後まで疑問を口に出せず、マグナは によって唇に人差し指を置かれた。

「誰にも内緒で抜け出してきたの……だから、今は秘密」
悪戯っぽく笑う に赤面するマグナ。
にしがみつく手を離さずに、鼻の下を伸ばしたマグナへ冷たい視線を送るハサハ。

「マグナとハサハちゃんは二人だけ?」

周囲に溢れかえる人・人・人。
けれどトリス達の気配はしない。

だからこそマグナの傍へ は姿を現せたのである。
それにしてもあの騒がしい面々が居ないのは にとっては大いに不思議だった。

「最初は妹や兄弟子や仲間と祭り見物してたんだけど。気がついたら皆とはぐれちゃってさ。帰る場所は同じだから、時間までに帰れればいいかなって。ブラブラしてたんだ」
マグナは己の失態を恥ずかしそうに喋る。

照れ臭そうに笑うマグナの顔は歳相応で何時もの切羽詰った様子がない。
祭りの開放感も手伝って気持も大分解れているようだ。

 羽目を外して楽しむのも時には大切だな。
 花見の摘み食いは褒められたものではないが。
 あれも今となってはハヤト兄上なりの息抜きだったのかもしれぬ。

今晩ばかりは夜空の星も地上の明かりに気圧されて、勢いがない。
深い濃紺色に色づいた夜空を見上げ は考えた。

「もし、迷惑じゃなかったらさ……」
考える の思考を引き戻すマグナの声。
マグナは緊張した態度でぎこちなく言葉を口に出していた。
「君が迷惑じゃなかったら、一緒に祭りを見て回らないか?」
初対面に近い相手、しかも異性に向かって大胆な申し出。
自覚があるマグナは断られるのを覚悟で へ言う。

マグナが言い終わるか終わらないうちに、 はハサハの身柄マグナへ押し付け、自分はマグナの空いた片手首を掴んで走り出す。

「うわっ」
片手でハサハを抱え、もう片手は に取られてバランスを崩しかける。
マグナは小さい悲鳴をあげつつも持ち堪えて と一緒に走り出した。

「あっちでアイスが売られているのを見たの」
は蒼い髪を軽やかに揺らし弾んだ声音で目的地を告げる。

の楽しそうな雰囲気につられてマグナも無意識に笑みを口元へ湛えた。
祭り見物の人波を器用に避け、 が示したアイスキャンディーを売る屋台へ到達する。
マグナが仲間と見た時には混み合っていて行列が出来ていた屋台だった。

「おじさん、三つ」
屋台の中年男性に向かって は指を三本立ててアイスを頼む。

の外見を裏切る元気の良い声。
中年男性は愛想良くアイスキャンディーを三本 へ差し出した。
はマグナの制止の声を聞えないフリをして代金を自ら支払う。

「はい、マグナ、ハサハちゃん」
有無を言わせない強引さで、 はマグナとハサハにアイスキャンディーの棒を握らせる。

勢いで からアイスキャンディーを受け取ったマグナは、複雑な顔をしてお礼を口にした。
ハサハも小さな声で「おねえちゃんありがとう」と言い、冷たく甘いアイスキャンディーを頬張る。

「……君ってさ」

儚い空気を持っているのに、今は好奇心と喜びに瞳を輝かせる元気な少女。
ゼラムで見た少し元気がなかった彼女とは思えない行動力だ。

言いかけてマグナは口を噤む。

自分でも何故だか分らないが、この感想を彼女に伝えるべきではないと思った。

「美味しくない?」
マグナの言いかけをどう受け止めたか。
は悲しそうに眉根を寄せ、マグナへ逆に問い返す。

暑さで溶け掛かるアイスキャンディーを慌てて口に含み、マグナは勢い良く頭を左右に振った。

「なら良かった」
安堵の息を吐き出し、 は自分の手に握ったアイスキャンディーを食べ始める。

 半年前に復活したサイジェントの祭り。
 あれでも、アイスキャンディーはフィズ達に好評だったからな。
 少々暑さの残るファナンであれば、尚更美味しく感じられるだろう。

内心自分の考えが正しかったと、大いに満足する

この行動をハヤトやガゼル等が見たら真っ先に『相手に大きな誤解を与えてるだろうが!!』等と裏手つきでツッコまれること間違いない。

生憎、カノンもガウムも不在の今、 の行動は純然たる親切心から来るものであって含むものはまったくないと。
マグナへ説明してくれる余計なお節介は存在しなかった。

「若いねぇ」
屋台の中年男性だけはこのやり取りの一部始終を目撃していて。
一人訳知り顔に何度も頷き温かい眼差しをマグナや 、ハサハへ向けていたのだった。



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 え〜、個人的にはこのズレが楽しかったのですが如何でしょうか? ブラウザバックプリーズ