『まだ見ぬ故郷3』




苺乗せ作業に勤しんだリューグは、昼過ぎになって開放されて。
現在は 達と街道をスルゼン砦方角へ向け歩いている。

「ニュースソースはシオンからだ。蕎麦屋へ寄ったマグナが話して行ったらしい」

流石は忍、見事な餌付けだ。

なんて思った事は誰にも内緒。
は歩きながらスルゼン砦へ向かう重要性をリューグへ説いていた。

「にゅーすそーす?」
聞いた事もない単語にリューグは思わず歩みを止めた。
自分が田舎の出身だという自覚はあるが、単語のイントネーションが違う。
まして日常的に使う言葉でもない。

「情報源、というような意味合いだな」
疑問を抱くリューグへ、 が単語の意味だけを説明する。

サイジェント出身だといい続けるのは、リューグに余計な火の粉が掛からないようにする為。
きっと本人が聞いたら怒るだろうが、今のリューグの力量では。
何もかもが後手に回って手遅れになる。

 私情は抜きにしても、リューグはまだ半人前よ。

アメルを守る為に強くなりたい。
願って同行しているリューグの望みをちゃんと考えている だったりする。

「そう……か」
戸惑い気味の相槌を打ちつつ、リューグは人気の少ない街道を眺める。

やっぱり はリィンバウムの住人とは、ちょっと違う感じがする。

なんて、常々疑問に感じる引っ掛かりを胸に抱いて。
面と向かって聞けば答えてくれるのかもしれないが、 が今まで自分の面倒を見てくれたことを考えても。
自発的に聞くのではなくて、リューグを一人前だと認めて話してくれるまで待ちたい。

「怪しい召喚師が現れてマグナさん達を襲ったそうですよ。屍を操る不気味な術を使うみたいです」
話題が話題だけに、カノンの声音にも怒りが滲む。

死んだ人間の身体を操る等、非常識も良い所だ。
幾ら召喚師だといっても許される事ではないだろう。

「許せないな、そういうのは」
本心からリューグも意見を出す。

多分、こうやって本音を出せるのは彼等だからであって、アメルやロッカの前であったら。
きっと自分のちっぽけな自尊心が邪魔をして憎まれ口を叩く。
あの頃の自分よりは少し余裕も出てきて、リューグなりに自分の変化を穏やかに受け入れられていた。

「まったくだ。漸く眠りに付いた所を魔力によって強制的に起こされ、縛られるのだ。これ以上の愚弄があろうか? その召喚師は怪我をして消えたらしいが。
倒せたのか、逃がしてしまったのか詳細は不明。我等が向かった所で誰も居らぬだろうが、砦が一つ。落とされたとなると厄介ではないか?」

疎らに生える街道の木々。
点の様に小さいスルゼン砦の一部が視界に入ってくる。
の発言にリューグは顔一杯に疑問符を飛ばした。

「今回の件と政治的な流れは切り離せぬ。良いか? 相手はデグレア。軍事都市で、バックは旧王国。
つまりは国家がアメルを狙っている。アメルの意思などお構い無しに」

が喋り出すが、リューグにはピンとこない。
ここまで来て、今までのおさらいでもするつもりか、と の神経を疑ってしまう。

「我が調べた範囲では。スルゼン砦を管理するのはトライドラ、という騎士の都市で。対旧王国用の防衛都市でもあるらしい。
つまりは旧王国から聖王国を守る為の要、という訳だ。その一つ、スルゼン砦が所属不明の召喚師により陥落。この危険性、分るか?」
リューグの疑心を意に介さず、 は言葉を続けた。

 不味いな。
 サイジェントでは一部の者の暴挙であったが。
 今回は国家も絡み、派手に動きおる。

 砦までも落としたと成れば……。
 向こうは相当真剣にアメルの身柄を、アメルを通して得られる何かを求めておる。
 油断はできぬな、ルヴァイドだけが動いているのではない。
 別部隊も動いていると考えるが妥当か。

語る間も歩みを止めず、 達はスルゼン砦の入り口にまで辿り着く。

「相手は一人で砦を落とせる力を持った召喚師を擁している。本気で攻め込まれれば、他の街に飛び火しないとも限らんと申しておる。
トライドラがどれだけ防衛都市として優れているのか、書物でしか確かめようがないが。少なくとも管理する砦の一つが落とされたのは事実だ。
ルヴァイド達、黒の旅団ばかりへ目を遣っていると手痛い目にあうやもしれん。視野は常に広くだ」

強固な門が開きっぱなし。
スルゼン砦の中から気配がないのを確かめて は門を潜る。

アメルを取り巻く状況は複雑で、当の本人達だって分っていない。
冒険者であるフォルテ等なら多少は規模の拡大に懸念を抱いているかもしれないが。

「もう一つ、足を運んで確かめたかったのは」
誰も口を挟まないので が一人喋り続ける。

死体からの恨みの念がない。
暖かな慈愛の光に包まれた死体達。魂は既に還るべき場所へと帰り、深い眠りへついていた。
散乱する死体に顔色を悪くするリューグ、対照的に無表情になるカノン。

「しつこいようだが、ココはトライドラの管轄だ。誰も真偽を確かめに来ぬのは異常ではないか?
スルゼンの他に、ローウェン砦なるものも存在すると聞いたが。どちらからか、騎士が派遣されても良いものを。誰も、来ぬ」

放置されて久しい砦。
朽ち果てていく建物の様相を呈している。
形の整った眉を顰め、 は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「騎士という生き物は、我が見た限りでは誇りで動いておる。あの様なものに命をかける酔狂な者達だ。彼等が散った同士を見捨てると、放置するとは考えにくい」

 ヒュゥウ、と風が吹き。

手入れがされていない石造りの階段の上。
溜まった砂が空高く舞い上がった。
達は目の前で腕を交差し、砂が瞳に入るのを防ぐ。

「…… の言う通りかもしれねぇな」
緊張に掠れた声でリューグが始めて言葉を発した。

自分はただただ、ルヴァイドを倒せば。
村の敵を取ってアメルを護れば。
全てが事足りるかと思っていた。

リューグの甘い考えを打ち崩す の推論。

否定したいが、現実に打ち捨てられたスルゼン砦の惨状を目の当たりにすれば。
自分の考えが足りないと認めざる得ない。

「ここで考えられる可能性が二つ。ここを陥落させた敵の手腕が恐ろしく良かった為、他の砦の者やトライドラが状況を把握していない。
または、知っていながらココまで赴くことが出来ない」

指を二本立てて、 が二つの考えを口に出した。

「どちらにせよ、嫌な予感がしますね……敵はデグレアの関係者でしょうか?」
壊れた木戸を見詰め、カノンが疑問を投げかける。
「十中八九は、恐らく。しかし絶対とは言い切れぬ以上、明言はせぬ。可能性があるのだと肝に銘じておいてくれ」
二本立てた指を外し、今度は腰に当てて。
はカノンとリューグの瞳を見据えた。

「ああ、分かった」
「はい」
リューグもカノンも。
表情を引き締めて へ返事を返す。
二人の返事に は満面の笑みを持って応じる。

「うむ、ではこの者達を弔ってやろう」
着物の袖を懐から取り出した紐で縛り、 はグルグル腕を回した。

キョトンとするリューグと、 に倣って袖口を捲り上げるカノン。
ガウムは の頭から飛び降りて、既にソレを召喚していた。

ガウムと同じフニフニボディーの憎いヤツ?。
プニムが両耳を前後に動かし頻りに鳴く。

「召喚」
が四つのサモナイト石を腰に下げた袋から取り出す。
手を軽く添え瞳を閉じて魔力を高める。

紫・青・赤・緑それぞれの光が空中に広がり、彼等は召喚された。

薄紫の身体に淡い黄緑色の羽を持つ霊界の竜・レヴァティーン。
足の脇から突き出たパイプから煙を噴き出す機械の竜・ゼルゼノン。
細長い肢体を伸ばし、手にした輝く玉が印象的な鬼龍・ミカヅチ。
纏った水に浸かって頭をもたげる首長竜・エイビス。

四体が四体とも に身体を摺り寄せ懐き懐き。

巨体なのでなんとも言えない光景と成り果てているが、行動原理はガウムの擦り寄りに似ていた。

「……なぁ、カノン」
放つ雰囲気が尋常じゃない。
だが、飼いなさられた犬のように忠実に、大人しく。
の指示に従って砦の空き地に墓を作り上げていく。

「なんでしょう?」
丁寧に遺体を穴へ入れる作業を行うカノンがリューグへ声だけで返事をした。
「召喚師見習でもあんなモノが呼べるのか?」
さんのお兄さんやお姉さんが優秀ですからね」
リューグの疑問に直接答えず、カノンは言葉を濁す。
「そんな、もんなのか?」
ごつい体の竜達がゴロゴロ喉を鳴らして の後を着いて回る。

リューグは作業の手を休めてその様を眺めた。
鳥の雛が初めて見た親鳥に懐く勢いである。

「作業、急がないと終わらないですよ」

 これ以上突っ込まないで下さいね?

と、カノンの背中が語っていた。
やんわり回答拒否を申し渡されたリューグは、追及を止めて埋葬作業を早める事にする。

「これ、一辺に近づくでない。危ないであろう?」
擦り寄る四体の竜を窘める の声が砦に響いた。


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 この時間軸でマグナ達はルウと戦ってるんですよね(笑)ブラウザバックプリーズ