『まだ見ぬ故郷2』




キンピカ装飾から開放され、金の派閥本部前に設置された噴水の前。
とカノンは互いに深呼吸。両手を高く掲げて下へ下げて。
肺一杯に酸素を取り込む。

「流石はミニスの母親よ、大物だな」

穏やかな物腰。
心揺らす事のない雰囲気。

ミニスに面影は似ているが、それ以外は余り似ていない知力と魔力に富んだ人物。

ファミィを短い言葉で評して は首を回す。
金の派閥独特の色使いと装飾に身体が僅かに拒否反応を起こしていた。

「ええ、ボクも柄になく緊張しちゃいました」
胸に手を当ててカノンも弱々しく笑う。
質素がモットーのバノッサ家に置いて、ナチュラルライフを楽しむカノンの目にも。
あの豪華すぎる装飾は痛かったようだ。

「金の派閥とは……お金の金かと思っておったら、金属の金という意味も含まれていたのだな」
わざと欠伸を漏らし、乾ききった瞳を涙で潤し は金の派閥本部をもう一度見上げる。
「みたいですね」
につられてカノンも金の派閥の建物へ目線を戻した。

色々な意味で蒼の派閥とは趣旨が違うのだと。
以前ギブソンが説明していた言葉が骨身に染みる。

 侮りがたし、金の派閥。
 サイジェントに居ったのがイムランで助かった……。
 あれがファミィであったらまた厄介だったかもしれぬ。

しみじみ思った

この時、お約束のようにイムランがくしゃみをしたのは、言わずもがなである。

金色ショックからやっと抜け出し、 は数十秒瞼を閉じてからまた瞼を開く。
次の一手を確実にするべく、カノンと考えを交換する。

「次はスルゼン砦に赴く。蛻(もぬけ)の殻だろうが、敵の残り香はあるやもしれん。デグレアだけが敵だと考えていると足元を掬われる。
……アグラバインの話、アメルの生い立ち、今頃になってアメルを狙う黒の旅団、ウロチョロする小蝿。出来過ぎた話に涙が出そうだ」

地球と違って噂の広がりは緩やかだが、確実に広まっていったアメルの話。
怪我を癒す奇跡の聖女。

恐らくはデグレアに伝わり、デグレアの上層部の判断で聖女捕獲が命じられたのだろう。

 それとは違った意味で、ルヴァイド等は切羽詰っておる。
 デグレアの風習についても調べておく必要がありそうだ。
 あれ程の騎士がああも必死に任務遂行を掲げるのだ、必ず理由がある。

見えない悪意ある糸。
操られるように動くマグナ達とデグレア黒の旅団。

まるで小説を読むかのようにすべてが出来過ぎていて、気持ちが悪い。
カノンへ自分の意思を伝えた は僅かに眉を寄せる。

「どれもこれもが、タイミング良すぎますよね? マグナさん達と出会って、アメルさんの人生は変わった。でもお互いに懐かしい感じと表現してました。
それにアメルさんが聖女の力を手に入れたのは約一年前。丁度魔王の召喚儀式が行われて、サプレスの魔力が大量に流れ込んだ時期で……まさか!?」

カノンは声に出して現在の状況を整理する。

サイジェントでは手をこまねいているだけだったが、一年という歳月はカノンに知恵をつけた。
元々思慮深い性格なのでキールやクラレット、または騎士団のメンバーとの係わり合いにより知識を深めていった。
結果、ある程度の状況には臨機応変の適応を見せる少年へと成長している。

「まさか、を我は疑っておる。シオンに頼み、ギブソンへ手紙を出そう。霊界サプレスの研究者ならファミィよりは詳しいだろう?
豊穣の天使・アルミネと大悪魔メルギトスについては。森と関連がなければ良し、あれば考慮すれば良い」

人差し指を左右に振って は冗談のような可能性を示唆した。


まさか、が真実である等という事は滅多にないが。
その『まさか』を幾重にも重ね合わせて発生したのが、一年前の無色の派閥の乱。
何事も常識で量ってはいけない。

「はい。真実が複雑に絡み合うと何もかもが見えなくなる。あの時のバノッサさんや、トウヤさん、ハヤトさんみたいに」
カノンも の考えと同じ見解を示す。
「冷静に事実を拾上げる、地味だが大切だ」

一年前は完全に蚊帳の外だった。
サイジェントの仲間達が聞いたら呆れるだろう。

しかし、 は誰よりも事件の核心近くに陣取りながら、誰よりも事件には無関係な立ち位置に居たのだ。
半ば望んで召喚されたトウヤ達とは違った立場に。

「そうですね、 さん」
へ顔を向けたカノンが真剣な面持ちで頷く。

「何より、アメルのあの気配。ヒトであってヒトではない。レイムと似ているが、対極を成す空気を醸し出しておる。
気付いているのはサプレスの召喚獣・バルレルだけだ。
マグナとトリスも無意識にアメルを懐かしく感じておる故、古に縁があったのやもしれんな。自身の先祖か、または前世でか」

神としての目だけは確かだ。
自信を持って言い切れるアメルの持つ魔力の波長の特異性。
ヒトではない。

今はヒトとしての自覚が強いからかもしれないが、その身に眠る何かはヒト以外の気配を漂わせている。

「どちらにしても注意深く見守るしかないですね。リューグさんには暫く伏せておいた方が良いですか?」
袖の下に顔を緩めたパッフェルを思い返し、思わず失笑しながらカノンは確認を取る。

「ああ、アメルを妹のように大切にしておるリューグだ。アメルからヒト成らざる気配がするなど申してみよ。揉めるのは必至。
ならばアメルの出自が真に明らかになるまでは。沈黙を守るが得策であろう」
は頭を左右に振って答えた。

あからさまには言わないが。
内心はアメルを心配で、心配で、仕方がない。
意外に心配性を発揮するリューグ。
不器用にそれを隠す様がまた可笑しさを誘う。

「さて、そろそろパッフェルさんも誤魔化せないかもしれません。戻ってリューグさんとお昼にでもしましょうか?」
腰掛けた噴水の縁から立ち上がり、カノンは の手を掴む。
はカノンと手を繋がれて縁から身体を起こした。

「そうだな……迎えに行ってやらねばな」
少し硬くなった身体を解し はケーキ店へカノンと歩き出す。

途中、一応は気配を探りマグナ達と遭遇しないよう心がけ。
店前まで行けば、店の前では人だかり。


「キュッ♪」
上機嫌のガウムの鳴き声が人だかりの向こうから聞え。

「いや〜ん、かわいいvvv」
主に若い女性達から一斉に歓声が巻き起こる。

「キュキュウ〜」
更にガウムが鳴けば女性達から黄色い悲鳴が上がった。


「……はて?」
人だかりとガウムの鳴き声、そして女性の喜ぶ声。
声に色をつけるとしたらピンク。
和み空間の出現に は小首を傾ける。

「どうしちゃったんでしょう? ガウム、なんだか楽しんでますけど」
カノンも顎に手を当てて思案するが原因になるような要素が思いつかない。
「ふふふ……驚いてますね、 さん、カノンさん」
二人が不思議がっていると、いつの間に とカノンの背後に立ったのか。
パッフェルが仁王立ちして得意げに胸を張る。

訳のわからない とカノン。
怪訝そうにパッフェルを見た。

「ガウム様様ですよぉ〜!!! 女性のお客様が立ち止まって下さいますし! ケーキ店だと気がついて商品を買っていってくれるんです!」
両手を揉み合わせてパッフェルが へガウム効果を語り始める。
「とても好評だったので、ケーキお買い上げの方にはガウムさんを一撫でする権利なんてのも付けちゃいましたv」

 ウハウハです!

最後に付け加え、パッフェルは棚から牡丹餅的幸運に酔いしれた。

「……ならば、パッフェル」
しっかりとパッフェルの手首を掴んで は口角を持ち上げる。

「はい?」
極力愛想良く笑って首を傾げるパッフェル。心なしか顔色が悪い。

「その一撫で分のアルバイト料、当然支払ってくれるのだろうな?」
口調は疑問系を取りながら、笑顔でもあるのに瞳がまったく笑っていない
冷や汗を掻くパッフェルの背後ではカノンが笑顔のまま剣に手を掛けた。
「払って、くれるのだろうな?」
「も、ももも、も、勿論ですよ〜!!! わたしから店長にちゃーんと説明しておきますから、ね? ね?」
駄目押しで言った の迫力は凄まじい。
パッフェルはどもりながら返事を返し、涙目になって金を払うと訴える。

「ならば良いのだ」

 ころり。

は先程の笑顔とは正反対。
極上の笑顔を浮かべながらパッフェルの手を離す。
カノンも黙って剣から手を離した。


 こ、怖すぎです!
  さぁ〜ん、カノンさんまでぇええぇ!!!


お金には五月蝿いと。
ギブソンから聞いていたがこれ程までとは。
の新たな一面に怯えつつパッフェルは恐怖に高鳴った心臓を懸命に宥めるのだった。




Created by DreamEditor                       次へ
 当事者より冷静になれる主人公&カノン。推察する&脅す? の巻〜。ブラウザバックプリーズ