『禁忌の扉2』




森の中央からはカイナが鳴らしているであろう鈴の音が響く。

は注意深く方角を確かめ人が数人歩ける幅の結界を真っ直ぐに作り上げた。
青い壁に包まれた森の中央へ伸びる結界の道。
悪魔兵が結界に攻撃を加えるがビクともしない。

「…… さん」
濛々と立ち上る煙が上空の風に流されたなびく。
その様を眺めていたカノンが硬い声音で の名を呼んだ。

悪魔兵の動きが微妙にぎこちなく、森の中央の何かに反応を示している。
これ以上この森に彼等を留まらせるのは危険だ。
長年孤児として危機を乗り越えてきたカノンの本能が警告を発する。

「ああ、マグナ達が戻ってきたならば一旦この森は封じよう」
カノンの気持を察して は結界を維持しつつ返事を返す。

暫くするとカイナが鈴を鳴らしながら結界の道を歩いてこちらへやって来た。

カイナの次をモーリンとリューグ。
フォルテとケイナは泣きじゃくるトリスを抱き締めて。
マグナは蒼白な顔つきのままなんとかトリスの後をついて歩き、その直ぐ後ろをカザミネとロッカとシオンが務め。
混乱顔のユエルはミニスとパッフェルに付き添われていた。

最後尾の方をネスティとアメルが歩き、殿はハサハとバルレル、レナードとルウ、シャムロックの五人だった。

「え???  !?」
まずはミニスが を指差して仰け反る。

「久しいな、ミニス。息災だったか?」

アメルの背中に生えた白い羽。
ネスティの皮膚が金属と混ざり合った様。

見咎めて は一瞬だけ眉を顰めたが直ぐにポーカーフェイスへと戻った。

「え? あ、う、うん。元気だったよ」
非常事態の状況下での、呑気な問いかけに戸惑いながらミニスは返事を返す。
「シルヴァーナは還って来たのだな? 良かったではないか」
ミニスの胸に下がったサモナイト石のペンダント。
視線を移して は微笑を湛えた。

「この方はサイジェントに住む見習い召喚師・ さんです。そちらがカノンさんと、ティングのガウム。わたし達が以前、サイジェントでお世話になった方達なんですよ」
カイナが鈴を頻りに鳴らしながら合間に 達を紹介した。

「ファナンのモーリンに、アフラーン一族のルウ、はぐれ召喚獣のレナードと、ローウェン砦の騎士・シャムロック。汝等とは初に見(まみ)えるな」
初対面のメンバーの顔を順に見て は頭を下げる。
「なんで……あたい達の事を知っているんだい?」
怪訝な表情でモーリンが の顔を覗きこむ。
「ファナンへも行った事があってな。ファミィ議長から聞いた」
が短く答えればミニスが声にならない悲鳴をあげる。

 あの二人の立ち姿。
 ヒトではないか……。
 開けてはならぬパンドラの箱、それがこの森の奥にあったのだな。

魔力を加速度的に高め、カイナが保っていた結界を受け継ぎ封じる。
の周囲を取り巻く魔力の波動にアメルが目を見張った。

「でも君、ヒトじゃないでしょう?」
を観察したルウが徐に口火を切る。

ルウの暴言ともとれる発言にカノンが眉間に皺を作るが、 は寂しそうに力なく笑う。

「確かに我は人ではない。が、今は我の存在をどうこう論じている場合でもあるまい?」

が懐から取り出す紫色のサモナイト石。
召喚されるのは天使エルエル。

何時になく嬉しそうなエルエルの癒しの光がマグナ達を包み込み、その目に見える傷を癒した。

「温かい、すっごく温かいよ!」
疲れきった体の疲労が消えていく。
元気を取り戻したユエルがその場で飛び跳ねた。

「アメル、羽の出し入れは己で出来るな? ネスティ、いつまで呆然としておるのだ。知れてしまった過去を悔いても時は巻き戻らぬ。分らぬ汝ではなかろう」

暗く淀んでいく空気。
トリスがしゃくりあげる声が聞えるだけで、誰もが大なり小なり衝撃を受けている。
そんな中で だけが一人冷静さを保っていた。

「あ、はい」
に名指しされてアメルは顔を上げる。
それから自分の背中の羽を何度か動かし感触を確かめ、静かに羽を仕舞う。

「ネスティ!」
魂を半分放出した雰囲気のネスティへ、 は声を荒げて名を呼ぶ。

「あ、ああ、すまない」
ネスティも数十秒は惚けていたが の声音で我に返った。
手馴れた動作で首元を隠す防具を身に着けなおす。

「この森は我の魔力で一時封印する。森の悪魔兵が人へ危害を加えぬとも限らぬし、奥には更なる問題があるのだろう? 良いな」
は全員の顔を見渡して宣言し、反論がないのを確かめる。
最後の問いかけはカイナに向けてである。
「はい、御願いします」
カイナが了承すれば は封印作業を本格的に開始した。

手のひらに集まった の魔力は、森の禍々しい悪魔やサプレスの魔力を内部へ封じ込め、強固な結界を形成する。
アルミネの魔力と混ざり合う の魔力。

傍に居るだけで奇妙な安堵感に襲われる魔力を間近に召喚師達は場違いに心和ませた。

「ふ、不謹慎だと思うけど和む……」
胸に手を当ててルウが小さく呻く。
「わ、分るよ、その気持ち」
全身の緊張が一気に抜け落ち足に込めた力さえ抜けそうだ。
ミニスも矛盾する己の身体と心に身悶える。
「「……」」
アメルとネスティは労わるような空気さえ混じる の力に、声がない。

どこまで自分達の因果を知っていたのか。
聞く事はトリスとマグナの手前出来ないけれど、この存在が自分達の為に奔走していてくれたのは分る。

「……っ、うっく」
トリスもスンと鼻を鳴らしたのを最後に、漸く泣き止む。
腫れあがった瞼を指で押さえ、情けない顔で を見詰めた。
……わたし、わたし……どうしよう」
小さな小さな声。
吐息に近い小ささで発せられるトリスの嘆きの声。
「トリス、済まないが我は汝等が森でどのような体験をしたか知らぬ。話相手になら後で幾らでも務める故、一旦この森から離れぬか?」
は爪先立ちをしてトリスの肩を叩く。
トリスは力なく一回だけ頷いた。

「もしかして さん、事情を知らないで助っ人しちゃったりしてたんですか? しかもずーっと助っ人してたみたいですけど……」

自分だとて俄助っ人なのだが、パッフェルは己を棚に上げ、目を丸くする。

カラウスを先回りして捕獲していたり、ファナンに居たり。
マグナ達の影となってフォローに走っていたと思われる 達。

まさか、マグナ達に内緒で勝手にここまで動くなんて思わなかった。
損得勘定抜きに動く はやっぱり、似ている。

 あの島で少しだけお説教された、あの不思議な兄妹の妹君に似ている。
 本人?
 でもあの事件からは大分時間も経ってますし……。

パッフェルは考えて の答を待った。
もし彼女なら、 が彼女なら、きっとああ答えてくれる筈だから。

「事情を知ってようが、知ってまいが。我が助けたいと勝手に考えて動いていただけだ。トリスやマグナ、アメルにネスティ。
当然、皆にも我の好意を押し付けるつもりなどない。全ては我の我儘だ」

淡々と、在りのままを語る から感情の起伏は見受けられない。

「お節介は我の兄上や姉上達の専売特許でな、この一年の生活で我にも感染したらしい。損な性分だとは思うが、我が勝手に貧乏くじを引いているだけだ。
気にされても我が困る。それとも、汝等に極力迷惑を掛けぬようしたつもりだったが……被害でも被ったか?」

小首を傾げて大真面目に逆に問いかけてくる の姿。

絶句するのはマグナとロッカとアメル。
フォルテとケイナは薄々分っていたようで、苦笑いを浮かべている。

思わずパッフェルはその小さな身体を抱き締めた。
「やっぱり! やっぱりそうですよ!!! 会いたかったです!!」

 間違いない。
 彼女だ、彼女なんだ。

確信したパッフェルは周囲の状況を無視して、感激の声をあげる。
を含めた全員がパッフェルの奇行? に引く。

「???? パッフェル???」
パッフェルの腕の中、 は戸惑った声音で彼女の名前を呼んだ。
「……わたし、幸せです! 今、とっても幸せです」
「そ、それは良かった」
パッフェルの迫力に気圧されつつ、 は相槌を打つ。

 はて?
 パッフェルと何処かで会ったのだろうか???
 我には心当たりがないのだが。
 当人に尋ねようにもこの状況では、な。

唖然とする面々が口をポカーンと開いた顔。
見回して は眉根を寄せる。

「はいv」
唯一パッフェルだけはご機嫌で、 のお世辞程度の返答に喜色満面。
ニコニコ微笑みながら を抱き締めていたのだった。


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