『禁忌の扉1』




ギブソン・ミモザの屋敷に呼び出されたシオンは懐かしい顔との再会を喜んだ。

「シオンさんまで使うなんて……セルボルトの皆と、トウヤお兄ちゃん、心配性だね」
苦笑してティーカップを持ち上げるエルジンに、 は黙って肩を竦める。
「仕方ありませんよ。 さんは放っておくと、際限なく相手にお節介を働きますから」
ミモザと共同制作。
ジンジャークッキーを摘み上げカノンが嘆息。

ムッとした表情ながら本当の事を言われているので、 は大人しくギブソン作のチョコレート味のクッキーへ手を伸ばした。

「ソレガ、 ノ短所デアリ長所ナノダ」
であってもサイジェント組の前では完全に子供扱い。
剥れる の内心を察したエスガルドは取り成すように口を挟む。
「優しいからねぇ、 は」
ミモザも の肩を持ち、 の柔らかい頬を指で突いた。
「しかもお強い」
最後にシオンが営業スマイルを浮かべれば、エルジンとカノンは呆れた顔になる。

 ……我の立場に遠慮せず言葉を交わしてくれるのは嬉しいのだが。
 皆、過保護になっていくのはどうしてなのだ???

日々を重ねるごとに過保護化する、かつての仲間、基、現在の友人達。

のお節介の焼き方が極端すぎて見ている方がハラハラするという事実。
己には無頓着な が気付く理由も無く、自然と周囲が過保護になってしまうのだ。
口に出して問うとカノン辺りから説教されそうなので、 は胸の裡だけで疑問に思う。

「それで、 達がゼラムに戻ってきたって事は。マグナ達が帰ってくるのかな?」
さり気なさを装ってギブソンが話題を変える。

「はい。トライドラの陥落を金の派閥の議長に伝えた後、マグナさん達は昨晩レルムの村へ到達している筈です。
アメルさんのお祖父さんが、アメルさんに伝えたい事があるって。そう言ってましたから」
カノンが背筋を正して全員に事情を簡潔に説明した。
「おそらくアメルの出自に関する説明と、あの森に関する説明だろう。ギブソン、汝に伝えてあった例の件だが。どう思う?」
も剥れた顔を引っ込めて、真顔に戻り会話に加わる。

名指しされたギブソンは険しい顔をして小さく息を吐き出す。

からアメルの出自とアグラバインの昔の肩書き。
それから森に関する事情が書かれた手紙を受け取っていた。

サプレスの研究においては多少の自負があるギブソンだが、如何せん古い伝承しか残されていない話題だけに、資料集めに苦慮している。

「推論だけで説明するのは好きではないけれど、 の言っていた森がアルミネスの森ならば。豊穣の天使アルミネと戦った大悪魔メルギトスの思念が残っていても不思議じゃない。
動物に憑依して生きながらえる事も出来ただろう。
ただ解せない点が二つある。アルミネが張った結界をどう潜り抜けたのか? 何故今になって行動を起こそうとしているのか? という二点だ」

ギブソンの説明に全員が黙り込む。

禁忌の森でアメルだけでなく、トリス・マグナにも反応を見せた森。
悪魔兵の憎悪はネスティへも向いていた。
光景を思い返し、 は腰に片手をあて小さく鼻を鳴らした。

「メルギトスを封印しただけの森ならば、こんなに事態は複雑になってないだろう。ネスティも何かを知っているようなのだ。
森に何があるのかを知っていて、激しく恐れている。トリスとマグナが森へ近づく行動を取る事を」
の台詞にエルジンとエスガルドが深く頷く。
「うん、それは僕もエスガルドもカイナお姉ちゃんも感じた。ネスティさん、凄く辛そうだったし」

アフラーン一族の女召喚師・ルウの家で、ネスティの顔面は蒼白。
悪魔に襲われたのがショックだったのではなく、ああなる事が分っていた顔もしていた。

エルジンの指摘にミモザとギブソンが眉根を寄せる。
杓子定規な部分あるけれど規律を重んじる蒼の派閥の召喚師として、ネスティは修行に励んでいた。
ギブソンでさえ知らない森の情報を彼は何処から知りえたというのか。
ミモザとギブソンの脳裏を疑問がよぎる。

「後ロメタイ、ソンナ雰囲気ダッタ」
冷静に事態を捉えるエスガルドの言葉。
聞いてシオンは の顔色を窺う。

 頼めるか?

の瞳が雄弁に物語る、シオンへの協力要請。

 蕎麦屋の大将も楽しかったんですけどね。

胸中で考え、シオンは へ軽く会釈をして応じた。
途端に輝く の顔色を、現金だとも思えず微笑ましく思ってしまう辺り自分も過保護なのだろう。
弟子(アカネ)を笑えないシオンである。

「アメルちゃんを拾ったのが森だというのなら、森の中に答があるんでしょう?
もしマグナ達が森へ向かうって言ったとしても、わたし達が止める事は出来ないわね。危険だという理由だけでは」

理知的に瞳を煌かせミモザが眼鏡をかけ直す。

「わたし達が追っている事件もあるし、わたしとギブソン、エルジンとエスガルドは応援に行けないの。となると」
「ええ、わたしがマグナさん達に同行します。頃合を見計らって、わたしの正体を明かしておきましょう」
ミモザの言葉を引き継ぎシオンが発言する。

シオンの申し出は予測していて実際にそうなった。
エルジンとエスガルドは小さく頷き合って安堵の息を吐く。

「我は森の外に待機し、マグナ達が森から安全に脱出できるよう退路を作ろうと思う」
森に行った事のある の意見は重い。

最悪の事態も考慮した の提案に異を唱える者は誰も居なかった。

「賢明な判断だな」
悪魔の恐ろしさを知るギブソンが誰に言うとはなしに言葉を零す。
「そーやって本人が知らない部分を護って歩くから、だから余計に心配されるんですよ、バノッサさんや皆さんに」

 はぁぁぁ。

カノンは大袈裟にため息ついてみせた。
哀愁漂うカノンの様子に堪えきれずミモザとエルジンが笑い出す。

「暴レルノハ程々ニナ。皆ガ心配スル」
「うむ……」
エスガルドの忠告に、釈然としないものを感じたが は首を縦に振る。

何故暴れると断言されてしまうのか、かなり納得できなかったが。

兎も角、話はシオンがマグナ達に同行する事で決着を見、ギブソン・ミモザ邸を離れた 達と入れ替わり。
マグナ達はゼラムへ帰ってきた。





翌日。

マグナ達の後を悟られずに尾行し森の封印があるギリギリのラインで、 は木漏れ日を浴びながら悪魔と戦っていた。

「はぁ」

カイナとカザミネ、リューグにシオン。
四人もお目付け役で同行させているのだから、不安材料は少ない筈。

なのに胸がムカムカして、喉元をせり上がってくる。
ため息混じりに撃った光線は悪魔の構えた剣を溶かした。

「心配なのは分りますけど、もうちょっと真剣に戦ってください。油断から怪我をしたなんて、ボクはバノッサさんに言いたくないですよ?」
前方で盾となって悪魔兵と戦いながら、カノンが強い口調で を窘める。

ガウムも伸縮自在の身体を活かして森から湧いて出る悪魔兵の足止めに励む。

一年前の事件から更に鍛錬を怠らなかったサイジェントのメンバー。
誓約者・セルボルト兄姉を筆頭に高レベルの実力を保っている。
当然ガウムを含めたフラットメンバーも同じで、レベルはマックス越え。
禁忌の森から出てくる悪魔兵等戦う相手としては楽な方なのだ。

「単調だな……こ奴等の攻撃は」
は詰まらないといった態で、魔力の塊を作り上げた悪魔兵の魔力の塊を撃ちぬく。

気だるげに撃たれる銃の光は真っ直ぐに塊を貫き、中途半端に作り上げられた悪魔兵の魔力が暴発。
周囲の悪魔兵をも巻き込んで爆風が巻き起こった。

「はぁ……」

エクスに確約した手前、責任を取れる位置。
即ち結界があった位置に が留まるのは道理なのだが。

森の中が、マグナ達が気になって気になって仕方がない。

森に満ちるアルミネの魔力が邪魔をしてトリスの気配が探れない中、 の唇から零れるのはため息ばかりだった。

 我の魔力(マナ)との反発は起こらぬが、天使の持つ魔力は我の魔力に惹かれ易い。
 アルミネの残存魔力が我の力に反応を起こしておる。
 他の何かもこれに刺激さぬと良いが。

場違いなゆっくりした動作で銃を構え、撃つ。
しかも狙いは外さず全て敵へダメージを与えるもの。
やる気のなさに反比例する攻撃に悪魔兵達は防戦一方である。

さん、信じて待つ事が一番でしょう?」
背後の の様子。
振り返らなくても手に取るように分り、カノンが先程よりも語気を強めて を咎める。

 ボガァアアアン。

カノンが に言った数秒後、計ったように森の中央から爆煙が吹き上がる。
とカノンは表情を引き締め森の中央を睨みつけた。



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