『彼女の決意2』




レイムは目を伏せ緩やかに首を横に振った。

穏やかな空気を持ち見目が良い姿を持つレイムの行動は、見る者の心を動かす。
何処までもたおやかで凛とした雰囲気を持つレイム。

人当たりの良い喋り口も相俟って非常に好印象を受ける人物だと。
場違いにリューグは思った。

その間も とレイムの間に見えない火花が散っていたのだけれど。

「残念ながら。まだ道のりは遠いようです」
寂しそうに微笑み途方に暮れた顔でレイムは淡く笑う。
「成る程。手持ちのカード(情報)が少ない以上は作れる歌(作戦)も少なく。真実に辿り着けぬというわけか」
レイムの顔に絆される事無く は言葉尻を捕まえ冷淡に応じた。

 人が発する魂の音がしない。

レイムに出会った時感じた嫌悪感。
あの時一緒に歩いていたトリスは気付いていなかったが、バルレルは気付いて。
カノンもレイムの発する空気の不気味さに鳥肌を立てていたものだ。

出会った場所は先程居たケーキ屋近くの繁華街の通り。
竪琴を奏でていたレイムを見かけトリスが近寄ったのがきっかけ。

怪しさ大爆裂のレイムに懐く警戒心ゼロのトリス。
呆れつつもレイムの毒牙に掛かるトリスを見過ごせる ではなく。
トリスを他所に舌戦を繰り広げたのはつい最近の事。

 完全にヒトではない癖にヒトの真似事をしおる。
 文字通りヒトの皮を被った何か。

 一見大人しい空気に騙されがちだが、身から滲み出る悪意と憎悪は消せはしない。
 ……トリスも面倒なモノに目をつけられたものよ。

誰彼構わず懐くトリスのこれからを心配し、思わず は小さく息を吐き出した。
「手厳しいですね、 さん」
対して傷ついた風もなくレイムが悲しそうに眉根を寄せる。
「気にするな毒舌は元々だ」
表向きだけは己の非礼を詫びる の瞳は感情を完全に殺し、レイムの挑発には一切乗らない。

人ではない気配を滲ませる を目の前に食指が動くが今はまだ早い。
毛を逆立てた猫のような の態度にレイムは胸中だけでただただ笑った。
事情も知らずに余計な世話を焼くこの愚かで気高い存在を。

「その道具は……旅にでも出るのですか?」

カノンやリューグが手荷物道具の数々。
野宿をする為に必要な火種や干し肉。
乾燥した果物の匂いも鼻腔を擽る。

レイムは話題を変えた。

「ああ、近々な」
互いに腹の探りあい。
レイムの探りにも は固有名詞を口に出さず、僅かな言葉だけで交わしてみせる。

 我を愚かだと思うておるか。
 確かに我の行動は賢いとは言えぬ。

 だがな、結局のところ二者択一なのだ。

 彼等を見捨てるか、憎まれながらも助けるか。

 ならば我は貧乏くじを引く方を選ぶ。
 それで彼等が答えを見つけられるなら。
 支配欲と底のない恨みだけで生きる汝の方が余程哀れよ。

強い意思を湛えた眼差しを消し、 は哀れむようにレイムを見据えた。

「……この世は汝が感じるように弱肉強食かも知れぬ。強大な力の前には小さな足掻きなど無駄なのかも知れぬ。
だが何よりも強く代え難い力を我は知っておる。よって愚かだと思うても動かずにはおられぬのだ」
口を開きかけるレイムを制して、カノンとリューグに聞えない大きさの声で。
はレイムへ語りかける。
半ば無駄だと感じながら。

「正しさだけを追求していると周囲が見えなくなります。視野を広く持たれたほうが今後の旅には役立つでしょう」
口元に冷笑を湛え、レイムは小馬鹿にした視線を刹那だけ に送る。

甘んじてその視線を受け止め は胸元を這い上がる嫌悪感に身体を震わせた。

 相容れぬ存在か……流儀の違いは明確になった。
 悪いが、存分に邪魔させてもらうぞ。

「肝に銘じるとしよう。引き止めて悪かったな、レイム」
は普段の鉄仮面を顔に纏いレイムに頭を下げる。

レイムは腰の低い態度を崩さずに笑顔で去って行った。
その背中は明らかに 達の行為を愚かだと、嘲笑がくっきり現れている。

「……異なる四つの世界の住人が犇(ひしめ)くリィンバウムだけあって、一筋縄ではいかんな。我の世界とは大違い、矢張りリィンバウムは奥が深い」
レイムの後姿を見送り は複雑な顔で感想を口にした。

「キュ」
ガウムは を励ますべく小さく鳴いてその場で軽く飛び上がった。
足を止めてしまいそうな に「動いて」と催促する。

「そうだな、我は我に出来る最善の策を。悩んでおっても時間は回る。ならば我が後悔せぬよう動かなければ」
は自分の頬を手で叩いて気合を居れレイムとは別方向へ歩き出す。

「こういう場合は皆の為に動くんじゃねぇのか?」
リューグが解せないという風にカノンへ尋ねた。
「自分が幸せでないのに、相手を幸せには出来ないでしょう? 屁理屈かもしれませんが、 さんはそう考えているんですよ」
リューグの率直さは好ましい。
カノンは疑問符を飛ばすリューグへ分りやすく の意図を解説する。

を「凄い奴だ」と捉えるリューグの表裏のない観察眼に敬意を表しながら。

「……そういう考え方もあるか」
やカノンが持つ独特の考え。
特殊だ、世界が違うとリューグは勝手に思っている。

でもそれだってリューグの主観で。
他の人物、ミモザやギブソンから見れば違う 像があるのかもしれない。

 とことんガキなんだ、俺は。
  はもっと先を見越して動こうとしているのに、俺は目先のアレコレしか考えられねぇ。

斧を握り締める手に力を込め、リューグは前を見据える。
前方を歩く はとてつもなく大きく見えた。



レイムとの会話という予定の時間を使ったものの、当初の計画通り、ゼラム近郊の街道に出る。
薄曇の空は太陽を膜で覆い、眩しい姿を和らげていた。


「リューグ、綺麗事を口にしていたのでは強くなれない。これは分るな?」
ネスティから聞いた街道の休憩所に出没した野盗の話。
はリューグの実力を量る意味でも先ずは野盗退治から手をつけようと考えていた。
「ああ」
リューグは真剣な顔で応じる。

「あの時の戦闘で見た感じでは、汝は場数が足りぬ。様々な敵と戦い、経験を積む事でしか得られぬものもある。
ついでに申せば、我等が旅をするに当たっての金も稼がなくてはならない……」
語る内容は深刻でも の容姿は子供。
休憩所に足を踏み入れた格好でリューグを省みる。

カノンも非力そうな少年に見えるし、ガウムに至ってはマスコットに近い。
唯一腕の立ちそうなリューグが一番弱いという、外見を裏切るパーティー。
内情を知る由もない野盗達はカモが来たとばかりに喜ぶもの当然で。

「小僧、命が惜しくば……」
凄みを利かせて男が手にした剣を へ突き出す。

「そして外見だけで判断する愚かな態度も改めよ。人は見かけに寄らぬのだ」
男の威嚇を無視して は講釈を続け、休憩所の造りをじっくり観察する。

「おい! このガキ!」

 ぶぅん。

野盗が剣を振り下ろした。
風が唸りをあげ剣を へ運ぶが、 は上半身を後方にずらして野盗の剣を避ける。

の流れるような動作にリューグは瞠目し、それでも の忠告に頷く。

「地形も大事だ。常に冷静に己の立ち位置を確認し、尚且つ全体の流れも読む。直ぐに出来るものではないから、せめて仲間の動きは読め。
そして仲間を補助できるように動く事だ、いいな?」

短剣を装備した他の野盗が繰り出す剣先を腕輪で弾き返し、 は当座の注意事項をリューグへ伝える。

いきり立つ野盗に睨まれながらの戦闘についてのレクチャー。
アンバランスというか、 らしい行動にリューグは言葉もない。

「すみません、これが さんの何時もの調子なので慣れてください」
申し訳なさそうなカノンが振ってきた斧を見向きもしないで、己の剣で弾く。

「極めればカノンのように空気の流れを読み、攻撃をかわせるのだ。ふむ、カモが全て揃ったようだ。さっさと身包み剥ぐぞ」

 ニヤ。

挑発的に笑ってみせて は野盗へ足払いをかける。
へ怒鳴っていた野盗が情けない叫び声を上げてひっくり返った。

「ぎゃあああ」
野太い絶叫が聞えリューグが目だけを動かせば、ガウムが召喚師風の男へ体当たりしていた。
体当たりを食らった召喚師風の男は目を回す。

「さあ、楽しい野盗の追い剥ぎタイムだ」

 ぐっ。

真顔で親指立てる の合図に、とても納得できないものを感じつつ。
戦いの場に自ら望んで足を踏み入れてしまったのは事実なので。
リューグは手の汗を上着の裾で乱暴に拭い、斧を持ち直す。

「うらぁああぁあぁぁぁ!」
気合を入れ斧を操るリューグ。
見遣って とカノンは互いに頷きあった。



Created by DreamEditor                       次へ
 初回はきちんと書きましたが、他移動中、野盗に襲われては逆追剥ぎを主人公達はしています(笑)ブラウザバックプリーズ