『彼女の決意1』



地図を広げ紅茶を含む の所作は優雅だ。
この子供が召喚師見習いなのも頷ける。
リューグは考えながらも居心地が悪い。

「リューグさんは甘い物が苦手でしたか?」
しっかり周囲に溶け込んでいるカノンの気遣いも、今となっては無駄だ。

更に の頭の上に鎮座するガウムもこのメンバーの可愛らしさを強調して。
己を非常に場違いに感じるリューグが居る。
周囲のお姉様方の視線が痛い。

 顔立ちが良いこいつ等は別として、俺、完全に浮いてるんだろうなぁ。

なんて思っているのはリューグ一人。
周囲のお姉様方はリューグを含めた少年達を可愛い〜v等と内心だけで連呼しながら、彼等を遠巻きに熱い視線を送る。

「ここならば少なくともネスティは来ないし。マグナとトリスも来ないであろう。意外性を突いた場所を狙ったのだが……大丈夫か? リューグ?」

繁華街のケーキショップ。
奥まった場所に陣取った は顔色の悪いリューグへ言った。

ファンシーな女の子向けの店内の装飾。
店に居るのも親子連れや、女性同士に恋人同士。
空気も甘いわ、雰囲気も甘いわでリューグは落ち着かない。

「アメルや馬鹿兄貴と鉢合わせすると面倒だ。構わねぇよ」
精一杯の虚勢を張って返答したリューグに、カノンが笑みを深くする。

も居心地悪そうなリューグに気付かなかったフリをして、話を元に戻した。

「要点整理から入ろう。情報の共有をするぞ? ミモザの話によると、アメルを狙っているのは旧王国の軍事都市、デグレアの軍隊だそうだ。アメルを狙う理由は未だ不明」

中央エルバレスタ地域の地図、北方を指差し が説明を始める。
リューグは紅茶を口に含んで喉を潤し背筋を正す。

「黒の旅団。それが黒い集団の正式名称で、隊長は仮面の黒騎士。名はルヴァイド。副官は槍使いのイオス。この二人に従う機械兵士・ゼルフィルド。彼等三人が主に中核を担う武装集団だ」

指を三本立てて が指揮を執る三人の兵士の名前を口に出した。

「あの三人の能力は現時点でマグナ達よりも上だ。マグナ達が召喚師だというのがせめてもの救いだな。召喚術は諸刃の剣だがマグナ達なら使い道を誤らぬだろう」
客観的に戦力を評した にリューグは表情を翳らせる。

己の力不足を嘆いていたマグナ。
誰よりも強く優しい気持ちの持ち主。
だからこそ誰よりも傷つき易く気持ちを揺らす。

でも彼は一人ではないから。
気持ちが直ぐに伝わらなくても信じる。
クラレットとカシスを信じ続けたトウヤとハヤトをユウは見習って。

「話がズレたな。兎も角だ。アメル達がこのままギブソン達の館に厄介になり続けるとは考えにくい。
何処に居ても狙われるなら、アメルにとって安全な場所をと全員が考えるはずだ。そこを黒の旅団が狙う可能性も高い」
ゼラムから街道へ、地図の上を指でなぞって が話を終わらせた。

「大事だな……なんで軍隊なんかがアメルを」
片方の握り拳をもう片方の手で受け止め、リューグが宙を睨む。

「軍隊である以上、ある程度は想像出来ます。ですが憶測で動くのは危険ですよ。情報が少なすぎますし」
もどかしそうなリューグをカノンが宥める。

現実問題として闇雲に軍隊へ喧嘩を売るのは無謀だとカノンも思う。
血の気が多いリューグを牽制する意味でもカノンは憶測を口にするのは止めた。

「焦っては向こうの思うツボです」
更に付け加えたカノンにリューグは眉間に皺を寄せたが。
悪態もつかずに下唇を悔しそうに噛み締めるだけ。

リューグにだって現状の不安定さは理解できているようである。

「マグナ達が内緒で館を出発するつもりなら影で我等がフォローする。ギブソンとミモザの目も節穴ではない故、察したら我等に連絡してくれる手筈となっておる。
それまではゼラムに滞在し、アメルの無事が確認で来次第レルムの村へ向かおう」
淀む空気を払拭するべく が話題を変える。
「そうですね、リューグさん達のお爺さんを探さないと」
ショートケーキの生クリームをフォークで掬って、カノンが の話題に乗る。
「キュッ」
に苺を分けてもらったガウムも、口を動かしながら小さく鳴いた。

「ああ、そうだな。俺達までが暗い気持ちでいたら共倒れだ。気をしっかりもたねぇと」

ロッカとリューグを庇って最後まで戦っていたアグラ爺さん。
アメルを助ける為に懸命に戦った彼の気持ちを無駄には出来ない。

気持ちを新たにリューグはプリンをスプーンで掬い取った。
に倣って口に運び、その甘さに顔を顰める。

「無理は……せぬ方が良いぞ」
は笑いの衝動に耐えながらリューグへ言う。
「………食うか? ガウム」
かなり間をおいてから、リューグは残りのプリンを指差しガウムへ声をかける。
「キュキュ〜vvv」
ガウムは語尾にハートマークを散らし、喜んだ様子で の頭から落ちテーブルの上に着地した。
カノンが微笑みながらリューグのスプーンを受け取り、プリンを掬ってはガウムの口へ運ぶ。

「キュキュウゥゥウゥ〜」
目を閉じてうっとり。
プリンを平らげて心底幸せそうに身体を震わせる。

ガウムの幸せに満ちたボディーランゲージ。
見ていると暗い気持ちが薄くなりホノボノした気持ちになってくるから不思議だ。

「さて、そろそろココも引き上げるか。街道近くで戦闘訓練を行うぞ」
ショートケーキをカノンが食べ終わったのを確認し、 は席を立つ。
「懐かしいですね〜、戦闘訓練」
カノンがしみじみ呟きつつ伝票を手に立ち上がり。
ガウムもジャンプして の頭に飛び乗る。

リューグは初めて行われる訓練らしい訓練に胸を高鳴らせる。
なにせこの一週間とちょっと。
斧の握り方や軽い打ち合い等だけの基礎ばかりで、実践は何一つしていなかったのだ。
郊外で行う戦闘訓練。
その響きにリューグの期待は高まる。

資金集めと銘打った戦闘訓練(野盗を追い剥ぐ行為)
サイジェント名物の復活にカノンは内心だけで「知らぬが仏といいますしね」と呟く。

 直向に強さを求めるリューグさんには嬉しい一言だったんでしょう。

浮かれるリューグの足取りを眺め、カノンは微苦笑し会計を済ませた。
残念そうなため息を漏らすお姉様方に笑顔で応じるカノンと
リューグは二人の堂々とした行動に顔を赤くして照れて。
それがまたお姉様方のツボを刺激する。

「有難う御座いました〜v」
パッフェルと似たような形の制服姿のアルバイター。
お姉さんの普段より半オクターブ高い声音に見送られ店を出る。

羞恥に照れたリューグは店に出た途端、火照った顔を手で扇いだ。
「お、お前等なぁ」

目立ってるよ、目立ってる!!!

最後まで言いたいのをグッと堪え、リューグは言葉を短くし二人の行動を非難する。

「無愛想だと却って目立つぞ。我とカノンとリューグの姿形は、どう見ても大人ではない。少年と称されるに相応しい外見だと思うが」
良くも悪くも客観的。
の指摘にリューグは言葉を詰まらせた。

確かに大人といえる外見と年齢をリューグは持っていない。

「けどな……」
言いかけるリューグの口に手を近づけ、カノンが首を横に振る。

腰まで伸ばした銀色の髪を靡かせ、竪琴を片手に男が視界の端を通り過ぎた。
目立つ容姿を持った男を が険しい顔で睨みつける。

「不本意だが訓練の前に寄り道だ」
険しい顔のまま不快感も顕。

刺々しい口調で言い捨て は街の門がある方角とは別方向へ歩き出した。
謎めいた空気を持つ竪琴男に足早に近づき背中へ声をかける。

「我の視線に気づかぬ程汝も愚かでは在るまい。振り返ったらどうだ、レイムよ」
冷ややかな声音だ。
普段の温かみのある からは想像もつかない冷淡な声を出す。
「おや、奇遇ですね。 さん」
声をかけられた竪琴男・レイムは微笑をたたえたまま背後の を振り返る。
「白を切るつもりか? 相変わらず食えぬな」
感情を完全に消した が放つ物言いは素っ気無い。

カノンは黙って のしたいようにさせ、リューグもちょっと胡散臭そうなレイムに警戒の色を濃くした。
レイムは癖なのか竪琴の絃を指先で撫でる。
ボロロン、なんていう少々物悲しい和音が奏でられた。

さんと出会うなんて想像外でしたから、本当に奇遇だと思っているんですよ? わたしは」
レイムは人の良さそうな柔和な笑みを浮かべた。

言いながら、空いた片方の手で自分の胸を押さえ、軽く会釈。
優雅な所作にカノンの目が僅かに細まる。

ガウムが目を吊り上げ油断なくレイムを見据え小さく唸った。
リューグも警戒するカノンとガウムに驚き、口を開きかけ閉じる。

理由も無しに相手を嫌う 達ではない。
理由があるのだろう、胸中で考える。


「確かに。汝の予定には入っておらぬだろう。真実の歌を探す吟遊詩人よ、その後首尾はどうなっておる? 歌の断片は見つかりそうか?」
意表を突かれたレイムは目を見開き、口元に苦笑を湛えたのだった。


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