『傀儡戦争』




はバノッサ・ハヤトと連れ立って、静まり返るゼラムを歩く。

「国からの発表には驚いただろうな、ゼラムの人」
活気はあるが、戦争が落とす影に怯える人の感情までは隠せない。
ぎこちなく時間をやり過ごす彼等を横目にハヤトが呟く。

「仕方あるまい……正に寝耳に水だったのだから。我だとて、ここまで大事になるとは思っておらなかったぞ。国家対悪魔なんて図式、想像もつかなかった」
子供の姿に戻っている が大人びた動作で肩を竦めた。

「なっちまったものは仕方ねぇさ。いや? マグナやトリスが開かなくても、いつかは開く禁断の扉だったんだ。遅いか早いかの問題だろ」
バノッサが発する尤もな意見にハヤトは少し拗ねた調子で小さく唸る。

三人して朝早くにギブソン・ミモザ邸を出てゼラムの繁華街へと足を運ぶ。
決戦を前に気休めだが占いをして貰おうとした と、 に付いて来た妹馬鹿が二人。

「あら〜ん?? 珍しいお客が来たもんねぇ〜、にゃはははは♪」
シルターンの占い師? 自称『メイメイさん』の店へ顔を出せば、ハヤトとバノッサが一瞬だけ動きを止める。

お酒大好き体質は変わっていないメイメイが切り盛りする店内は、相変わらず酒臭かった。

「すまぬな、無限界廊への道を開いて貰いながら……あまり利用せずにしてしまって」

当初は腕を鍛えるのと金を得る為に挑んだ無限回廊。
中盤からはそれどころではなくなり、マグナ達と合流後は。
利用する暇もなく、結局はマグナ達が回廊を利用するようになってしまっていた。

恐らくメイメイが見込んだのは己だと認識があるので、 としては申し訳なく感じる。

「いいのよぉ〜。他のお客様を沢山紹介してくれたじゃない? お酒の差し入れもたーくさん貰っちゃったしぃ〜」

椅子に座り手をヒラヒラ振るメイメイの視線の先には、マグナ達からのものだろう。
差し入れという名の酒瓶がズラーっと並んでいた。

無言でメイメイの店の全ての窓を開け放ちハヤトがなにやらモゴモゴ言う。
感動と驚愕が入り混じった口調で。

「そうやって酒を盾に本性を隠すのか……俺には関係ないが、この時期にそのフザケた態度は改めるんだな」
バノッサはメイメイの真正面の椅子へ腰掛け、剣呑な視線を彼女へ送る。

タダの酒好きのシルターンの出身者なら、ここまで妹の世話を焼くわけがない。
聞いたところによると蒼の派閥の総帥もこの占い師に助けられた過去をもつらしい。
しかもヒトと確実に距離を置くお茶らけた態度と、それを隠れ蓑に人の本性を探る隙のない瞳。

分からないバノッサではなく単刀直入に当人へ尋ねる。

「にゃはは……相変わらず鋭いお兄様ねぇ」
誰にも聞えないよう、ひとりごちてメイメイは表情を切り替えた。

「確かにねぇ。折角の上客がついたトコなのに、戦争なんてなっちゃ商売あがったりだわ。さて? メイメイさんになんの御用?」
目を細めたメイメイへ が歩み寄る。

「デグレアを襲った惨劇、レルムの村の悲劇、ファナン・ゼラムの危機。全てを予見していながらだんまりとは、些か引っかかるのでな。
それから汝に今後を占って貰おうと思ったのだ」

食わせ者の店主に小細工は要らない。
はメイメイの眼鏡の奥の瞳を覗きこみ、単刀直入に尋ねた。

店内を物色していたハヤトは数秒だけ動きを止めたが、何事もなかったように店内の物色を再開する。

バノッサはメイメイを脅すでもなく を咎めるでもなく。
事の成り行きを静観、少なくとも口を挟む気はない。

「そうねぇ……なんて説明したらいいのかしら」
唐突に真顔になりメイメイは眼鏡を外してテーブルへと置いた。

「良くも悪くも傍観者なのよ、メイメイさんは。傍観者に徹しきれない時はちょーっとだけ余計なお節介を焼くの。……証明したいから」

 失敗作だと捨てられてしまったこの世界が、そうではないと、信じているから。

メイメイは本心は胸の奥に仕舞い、当たり障りのない言葉で自分の立場を説明する。

「証明というより、信じているからなのかもしれないけどね」
暗に『リィンバウムが好きだ』と告げるメイメイに、 は少々申し訳なさそうに眉根を寄せた。

 メイメイの音色。
 涼やかで豪胆。
 しかも長き時を生きてきた独特の深みのある音に、我と似た空気を感じていた。
 マグナや我に忠告しておきながら傍観とはどのようなつもりだったのか……。
 真意を知りたい。
 だが、メイメイの立場を考えずに我が問うて良いものではなかったな。

バノッサが萎れる へ手を伸ばし、前髪を指先で乱す。
兄に促されて は真っ直ぐにメイメイを見据え頭を下げた。

「すまない、汝にも汝の都合があるのだというのを失念しておった。だんまりを決め込むのも汝の自由。我が咎められる立場にはない」

恐らく最初から事情を知っていただろうメイメイを責める事は可能である。
だが自分だって勝手に動いて、勝手に助けていたのだ。

知識量の不足はあるものの、メイメイと自らが行ってきた行為に差はない。

「いいのよぉ〜、大好きなお酒も沢山飲めたし? 結果的には助かっちゃったもん。にゃははははは♪」

の謝罪を受け入れメイメイが、重くなる空気を払拭するべく軽い口調で言った。

「貴方達の相はとても面白いわ。諦めない事を、自分を過度に見せない事を、在りのままを認める強さを持っている。
一人よがりにならないで兄妹仲良くね? それがこの戦いを円満に終わらせる秘訣よ、にゃは、にゃははは♪」

が言っていた占いまで済ませ、メイメイは眼鏡をかけ直す。

「兄妹の絆ならバッチリさ!! 誰にも負けないぜ、俺達」
親指を立てハヤトが得意げに言い切る。
当人達に今更なので言わないが、繋いだ絆の強さはメイメイにもはっきり見て取れていた。

「……こいつが世話になったな」
潮時だ。
バノッサがメイメイに遠まわしの感謝の気持ちを伝え。
有無を言わさず の頭を掴み再度下へと下げさせる。

「あ、あとさ! 一つ確認! 店のモノとか壊されたりしてないか?? 多少なら弁償できるけど」
追い討ちをかけるが如く、ハヤトが神妙な面持ちでメイメイへ質問した。
「……」
一瞬、メイメイは呆気に取られてバノッサとハヤトの顔を交互に見る。

種族も生まれも世界も全てが関係なく。
自分が家族だと思える者を家族だと受け入れられる、器の深さと広さ。
改めて見せ付けられて全身に衝撃を受けた。

 そうだったわね……この兄妹達だから、わたしもあの時、ああしたんだっけ。

「酷いではないか!! ハヤト兄上!! 我は理由も無しに店内で暴れるほど子供ではないぞ。信頼してくれているのではなかったのか?」

頭から湯気を噴きそうな勢いで がハヤトへ食って掛かる。

「や、信頼はしてるけどさ。 って案外直情型だろ? 直ぐハリセン持ってバッチンって叩くし。何か壊してたんなら兄として弁償をって思っただけだって」

ハリセンを動かす仕草をしてハヤトが の剣幕に動じず普通に答えた。

最初は神様だから遠慮していた部分もあるにはあった。
けれどサイジェントでの時間がハヤトに教えてくれたのだ、 の素性がどうあれ なのだと。
自分の腹で結論が出れば後は簡単。
ハヤトは兄貴風吹かせて臆する事無く と接するようになった。

「サイジェントでシオンの店に来た貴族と喧嘩したからな、お前」

最初に薬を頼んだ庶民を蔑み『時間がないからこちらを優先しろ。倍の金を出す』言いながら金貨袋の中の金貨を鳴らしてみせた貴族。

は容赦も遠慮もなく貴族をボコったのは記憶に新しい。

 順番は守れと親から教わらなかったのか!!

等という非常に らしい理由を振りかざして。

「ぐっ……あ、あれは致し方なく!」
シオンが止めるかと思ったら、ニコニコ笑って見てるだけだし。
それでもシオンはしっかり両方の客から代金を受け取っていた。
は思いっきり言葉に詰まる。

「でもシオンの店、ボロボロだったよな。俺が久しぶりにサイジェントに行った時さ」
アカネが『修行サボれて 様様だよ〜』と言っていたのを思い出し、ハヤトが笑いを噛み殺す。

実質の被害は少なく、シオンも店の立替が出来て一石二鳥だなんて笑っていた気もする。
更に思い出して堪えきれずハヤトは笑い出した。

「あれでも半分は補修した後だ」
「げっ、マジで?」
顔色を変えず事実を告げたバノッサに、ハヤトも笑いを引っ込め目を見張る。

「バノッサ兄上!!!」

 むぅ。

隠していた悪事を露見されて も黙ってはいられない。
の前髪を弄っていたバノッサの指を掴み抗議の声を上げるが。

「ハヤトの小言が怖いからって黙ってるのは良くない。諦めろ」
兄暦一年は伊達じゃない。バノッサの一言により は文句も言えずにノックアウト。
その後問答無用でハヤトに捕獲され、 は引き摺られるようにして帰路へつく。

「兄妹仲良くねぇ〜」
だけが持つハリセン召喚のサモナイト石。
石内部のハリセンに手紙を忍ばせ作戦成功。
相変わらずの酔っ払いの笑みを浮かべ、メイメイは小さくなる背中へ手を振った。




Created by DreamEditor                       次へ
 3への伏線バリバリ……バリバリ。単に主人公と兄上話が書きたかっただけです(汗)ブラウザバックプリーズ