『傀儡戦争・ギエン砦2』




「はぁああああぁ」
背後からユエルを抱かかえモーリンがストラを発動する。

淡い光に包まれたユエルの脈が落ち着き始めた。
一先ず命に別状はなさそうだ、モーリンは確かめて安堵の息を吐き出し時折瓦礫が落下する周囲を見回す。

「キャハハハハハハハハ」

 ドガァン。

ローウェン砦で披露した召喚術の乱発。
笑いながらビーニャは敵味方構わず召喚術を多発し続け、誰も近づけない。

空で待機するシルヴァーナも無作為に飛んでくる召喚術を避けるので精一杯のようだ。
右往左往しながらミニスを守っている。

「……許せない」
小さな声で呟きモーリンは腹筋に力を込めた。

元々、召喚師という存在は気に入らなかった。
ファナンの街を変貌させ全てを変えていってしまうから。
豊かな暮らしを否定するつもりはないが、素朴で温かかった港町が消えていくのは。
モーリンにとっては無性に悲しく、思い出を踏みにじられるようで辛い。

そんなモーリンに転機が訪れたのはつい最近。
浜辺で雑魚寝していた奇妙な一団を助けてから全てが変わる。

召喚獣を道具として見なす者、かけがえのない相棒として見なす者。
色々なタイプの召喚師に会い、色々な生い立ちを持つ四つの世界の召喚獣達と触れ合った。

「モーリン!! 無事か!?」

一番の衝撃はきっとこの子だ。

血相変えてモーリンへ駆け寄る を見て、自然と目尻を下げる。

誰よりも高貴な存在のクセして誰よりも打算的。
お金にも五月蝿いし、まったくもって人間より人間臭い。
訝しく感じる間もなく、あの子供は、あの神様は自分達の対等な友として仲間として隣に立っていた。
偏見なんてすぐに吹っ飛ぶ。


生まれも育ちも何もかもが違うけれど、助け合って生きていく事が出来る。
証明してみせてくれた彼女だから、無骨な自分にも素直に懐いてくれる彼女だから。

「こっちは大丈夫だよ、 。ユエルも気を失ってるだけで無事さ。それよりアイツの召喚術を何とかしないと」

彼女の気持ちに応じたいと願う。

モーリンは意識のないユエルの身体を脇に置き、すっと立ち上がった。

「そうだな、遠距離攻撃だけじゃ決定打にはならない。だが近づく事も出来ねぇ」
だけを見ていたモーリンは、意識していなかった背後に立つ第三者の声に飛び上がる。
モーリンはドクドク激しく波打つ心臓を押さえ振り返った。

「なんだい、リューグ!? ロッカも? ……意外だね」
双子が仲良く並んで立っているだけでも珍しい。
戦場で珍しいも何もあったものじゃないのだが、モーリンは正直にそう口走る。

ロッカとリューグは視線だけで意思の疎通を図り苦笑い。

仲が良くないなんて認知されているが、これでもまだ小さい頃はアメルを含めて仲良しだったのだ。
信じるものと、護るもののベクトルが違ってきているだけで。
形は変わったものの今だって仲が悪いわけではない。

「頼りないかもしれないけど、応援部隊という事で」
思慮深いロッカが珍しく自分からおどけてみせる。

ロッカの発言にモーリンは僅かに目を丸くしたが唇の端を持ち上げた。

「そんなことはないよ、頼りにしてるって」

ちょっと前の彼にはこんな風に言えなかっただろう。

モーリンは頭の片隅で考え思いっきりロッカの背中を叩く。

強力なモーリンの一撃にロッカがよろめき、リューグと はなんとも言えない顔で互いを見る。

事実、少し前までロッカの頭を占めていたのはアメルの身の安全と、弟リューグの無事と、祖父代わりのアグラバインの安否。
たった三点。
これだけであった。

落ち着いた青年でもあるが、安定を求める余り彼は冒険をせず穏やかに波乱を嫌い、平安を願う。

アメルが自身さえ知らない出自に運命を狂わされている状況でそれはどうかと密かにモーリンは考えていた。

「だらしがないねぇ、ロッカ。リューグ、 、あたい達が先に行くよ!! ロッカはユエルを起こしてから援護に入っとくれ」
モーリンは息を吐き出すロッカに笑いを堪えこう言った。

争いは良くないこと。
傷つくのは良くないこと。
でも現実の惨状から目を背けていたら何も守れない。

格闘家として道場の留守番として、ファナン下町の用心棒として。

修羅場を潜ってきた自分だから断言できる。

ロッカの持つ寛容だけでも、リューグの持つ激しさだけでも争いは収まらないと。

「うむ、分かった。任せたぞモーリン」
が銃を手にモーリンに道を譲る。

 パァン。

拳を手で受け止め気合を入れなおし、モーリンは駆け出した。
隣をリューグが並んで走る。

ビーニャは耳障りな笑い声をたて絶え間なく召喚術を四方八方へと放つ。

「しつこい女子(おなご)は嫌われるぞ、ビーニャ!!!」

 ガスッ。バシュッ、バシュッ、ガスゥウゥ。

わざと的を外して はビーニャへ銃を何発も撃ち込んだ。

安い の挑発に、ビーニャは怒りを顕にして狙いを へ定める。

「アンタは神だかなんだか知らないけど! それだけでレイム様に気にかけてもらって生意気なのよ!!!」

 キィイイ。

ハンカチを噛み切れる勢いで歯軋りする。
女? 悪魔のヒステリー?? ケルマに似た理論を展開し、憤るビーニャ。

は眉根を寄せ小首を傾げた。

「気にかけているというか……。レイムは我を単におちょくりたいだけだと思うが??」
銃を打つ手は止めず が不思議がる。

その間にミニスへ合図を送り、モーリンが回し蹴りをビーニャの胴へお見舞いし、反対側をリューグが斧で一撃を加えた。

「邪魔よぉおおぉ!!! アンタ達は」
モーリンの回し蹴りを受け止め、足を掴み。
リューグの斧に負傷しながらビーニャが叫ぶ。

激昂するビーニャを他所に、ロッカはとても落ち着いた気持ちで戦闘を捉えている自己がいるのを知らず。
青いサモナイト石を掲げる。

「召喚!! ビビアロイド!!」
ロレイラルの兵器が召喚され、毒の混じった空気をビーニャへ撒き散らす。

そんな小手先の攻撃がビーニャに通じないのは、ロッカが一番分かっているだろう。
けれどロッカはビビアロイドを召喚した。

「邪魔なのはテメーの方だろうが!!」
モーリンを捉えて放さないビーニャの逞しい腕に斬りつけ、リューグが怒鳴り返す。

頭上の兵器を片手で握り潰すビーニャの一瞬の隙を狙っての一撃である。

「ガルゥウゥゥウウウウ」
とても近くで聞き覚えのある唸り声が聞えた。

頭に血が上って少々フラフラするモーリンの耳に飛び込んだ唸り声は、ビーニャの背中から聞える。
復活したユエルが爪を振りかざし背中へしがみついていた。

「何するのよ!! !? な……どうして!?」
背中のユエルに苛立った声音をあげたビーニャは、何時の間にか己を取り囲む魔獣達に絶句。
ビーニャより に懐く魔獣達は明らかな殺意をビーニャへ向ける。

「よそ見している暇はないよ!!」
「召喚獣は道具じゃないわ! 乱暴な扱いして……絶対許さないんだからね!! シルヴァーナ!!」
モーリンとミニスの怒りが混じった声がして、モーリンの鉄拳が、シルヴァーナの火炎がビーニャを包み込む。

ビーニャに届き始める攻撃と痛みを訴えるビーニャ。
すかさずロッカは槍で悪魔の腕を貫き、ユエルは背中から悪魔の羽を切り裂く。

「どうして……どうして!? 誓約はきちんと結んであったのに……」
四方をユエル・モーリン・ロッカ・リューグに囲まれ、ビーニャは叫ぶ。

「……うむ、超裏技を使ったのだ。ネスティに感謝だな」
は銃を持った手を腰に当て不敵に笑う。

その発言に最後尾のネスティが眼鏡を取り落とし、トリスとパッフェルに捜してもらっていた。

「難しい理屈なんてわからないよ、あたい達には。でも一つだけ分かる事がある」
だらりと垂れたビーニャの腕、その上の肩へ拳を打ち込みモーリンが静かに口を開く。

「召喚獣は道具じゃない」
ロッカは己の槍を引き抜き、横薙ぎに回転させビーニャの脇腹を傷つける。

「ユエル道具じゃないもん!! ユエルはユエルだよ」
ビーニャが動かした悪魔の尾を爪で受け止めユエルが声を張り上げた。

「付け加えればお前たちの道具でもない……ぜっ」
ルウやアメル・トリスの回復魔法を受けながらリューグも斧を操る手を止めず。
ビーニャに怯む事無く立ち向かっていく。

「う、五月蝿い!! アンタ達だってレイム様には敵わないわよ」
腹立ち紛れにビーニャが叫ぶも誰も相手にしない。

「「「「ミニス!!」」」」
モーリン・ユエル・ロッカ・リューグの視線が交差し頭上のもう一人を呼ぶ。

「任せて!! ゲルニカ召喚!!!」
シルヴァーナの背で仁王立ち。
ミニスが緑色のサモナイト石を空高く掲げ、高温の吐息を放つ竜を召喚。

ユエルが素早い動作でビーニャから離れ、モーリンとリューグが続いて離脱する。

最後にロッカが槍をビーニャの心臓目掛け投げつけ背後を振り返らずに駆け出す。

間髪入れずビーニャへ降り注ぐ竜の吐息。
想像を絶する高温が孤立無援となったビーニャを襲った。

「力による支配ではマグナ達に勝てぬぞ、ビーニャよ」
の足元に屯し喉を鳴らす魔獣達。
あやしながら はビーニャの崩れ行く身体を見送る。

最前線で戦った組が互いにハイタッチを交わし、援護組が歓声をあげ彼等を迎えた。



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