『傀儡戦争・デグレア1』



突然の申し出にバルレルは目を見開き、正面の悪魔を見上げた。
「ヒヒヒ……今ならまだ間に合うぜ。調律者の血識を奪ったならお前だけは見逃してやる。さあ、この短刀であの女を刺せ」
ガレアノが野蛮そうな笑みを湛え握った短刀をバルレルへ差し出す。

ありえない展開にトリスは何がなんだか分からなくなり、よろめいた所をシオンに助けられる。
は黙って腕組みして静観していた。

「バルレル!! 貴様……」
イオスが怒鳴りかけてルヴァイド・アグラバインに止められる。

眉間の皺を一段と深くしながらもネスティは口を真一文字に引き結び。
ルウとアメル・レナードもバルレルが決断を下すのを待っている。

「バル……」

確かに小馬鹿にされてばかりだったけれど、仲間として相棒としてトリスなりに頑張ってきたつもりだ。
なのにバルレルは即座にガレアノの提案を否定せず、じっと短刀を眺め始める。

トリスはシオンに支えられたまま両手を握り締めた。

「トリスさん、彼の事は貴女が一番理解して信頼しているはずです。 さんがトリスさん達を信じていたように、彼を信じる事は出来ませんか?」
シオンは顔を前に向けたままトリスへ小さな声で囁く。

「わたし……だって、わたし、頼りないしドジだし……」
悲しそうに眉根を寄せトリスは俯いた。

悪魔軍の発生源・デグレア。
元を断つために、ルヴァイドとイオスにも現実を伝えるために。
飛竜や機械竜、霊竜等を召喚してマグナ一行はデグレアへやって来た。

ルウとアメルが感じる『サプレスの忌まわしい気配がする』デグレアへと。

「バルをサプレスへ還してあげなかったし……」

ずっとずっと一人だった。
兄が居ても兄弟子が居ても、寂しさは拭えない。
庇護されてオンナノコだからと仲間外れにされて随分寂しい思いを味わった。

でも、初めて呼んだ護衛獣は型破り。

トリスを『ニンゲン』と呼び、ネスティを『メガネ』なんて呼んだり、マグナを時々『バカ』と呼ぶ。
ハサハは『小ギツネ』だし、アメルは『オンナ』

明らかに自分は悪魔なんだと全身で主張して、人とは違うと示す。

バルレルの態度に戸惑いながらも内心、トリスは羨ましいと思っていた。


嫌われても妬まれても『これが自分なんだ』と主張できるバルレルを。
愛想笑いと人懐こさで本心を押し隠す自分とは違うバルレルを。


「己の都合でバルレルを振り回してはいけないという法はないぞ? あ奴はトリスの護衛獣として在る事を承諾したのであろう」
静かに短刀を見詰めるバルレルに、一言も言えないトリス。
いい加減時間も圧してきているので は仕方なしにトリスへ言った。

……でも、でも」
「汝は馬鹿か?」
煮え切らないトリスの態度に はネスティの十八番(おはこ)を真似る。

間近で聞いていたシオンは爆笑したいのを大人の余裕で堪え、口元を僅かに歪ませた。

「本当に嫌ならバルレルはとうに逃げ出しておったであろう。
恐らくあ奴はレイムがタダの吟遊詩人ではなく。同族で、己より高位な存在だと誰よりも速く気付いておったに違いない」
の指摘にトリスが口元に手を当てる。

レイムに対して随分と距離を取っていたバルレル。
何かを言いかけてそれでもトリスがレイムに近づくのを止めたりはしなかった。

「そうかも……バル、レイムに会う度凄い嫌な顔をしてたけど、けどね? わたしに、サプレスへ還せってしつこく言わなくなった……どうして?
レイムがメルギトスかもしれないって、一番最初に気付けたはずなのに」

呆然とした態でトリスが呟く。

召喚されて間もなく、レルムの村の悲劇の後、ファナンへ初到着の後、バルレルは悪態交じりにトリスへせっついていた。

早く自分をサプレスへ還せと。

けれどガレアノに出会いレナードを迎えた後、それはなくなった。目

まぐるしく変わるトリスを取り巻く環境の変化に忘れ去っていたけれど。

「その行動こそが彼の答なのではないですか? トリスさん」
シオンが震えるトリスにこう言った所で、バルレルが短刀を手に取った。
成り行きを見守っていた全員に緊張の色が走る。

「キヒヒヒヒ!!! さあ、調律者の血識を奪うんだ!!!」
ガレアノが下品な笑みを浮かべてバルレルへ指図した。
血識を奪う短刀をバルレルが手に取った事に気をよくして。

「俺に指図するなぁ!!」
怒りに燃える薄暗い炎色の瞳。
バルレルは笑うガレアノへ短刀を突きつけた。

「バル!?」
「トリス!! 俺の誓約を解け!! 早く」

てっきり斬られるのは自分かと思った。
(後にこの件でトリスは とバルレルより盛大な説教を頂戴し、正座した足が痺れて動けなくなったのは笑い話である)

キョトンとした顔つきでバルレルを見るトリス。

惚けた主の、相棒の言葉にバルレルは苛立ちを隠さず己の要求を突きつけた。

「下級悪魔がぁ!! よくもこの俺様に傷を!!!!」
腕に刺さった短刀を引き抜き、憤怒の色に染まった顔を歪めガレアノが叫ぶ。

ガレアノは身体に溜めた魔力を解き放ち悪魔の姿となって、配下の屍兵を大量に召喚師始める。

「拙いな……アグラバイン・ルヴァイド! 我等は道を開くぞ」
激昂したガレアノの周囲に集まる屍兵。
別場所で待機するマグナ達へ繋がる道にも彼らが溢れ出す。
は舌打ちして道を塞ごうとする屍兵へ向け駆け出した。

「ああ」
前方の召喚師達の警護はイオスへ。
目線だけで副官に合図を送りルヴァイドは素早く剣を抜き放つ。

気付いたレナードもイオスの援護射撃に入りアメル・ネスティ・ルウを援護している。

「うむ」

アグラバインの視界の隅ではシオンが気配を殺して四方八方に移動しつつ、敵を牽制。
忍ならではの機敏さを生かして敵を撹乱する。

アグラバインとルヴァイドが に倣って走り、走りながら迫り来る屍兵を打ち払う。

途中出来た掠り傷はすかさず が聖母プラーマで癒し、常に全力が出せる体調。

「お前らの好きにはさせん!」
アグラバインは昔を髣髴とさせる斧捌きで次々と屍兵を撃破する。

召喚師の屍兵は が遠距離から杖やらサモナイト石を打ち抜き、攻撃手段を奪ったところでルヴァイドが倒していた。

「トリス!! 聞えてるのか!?」
再度怒鳴ったバルレルに促されトリスはバルレルへかけていた誓約を解く。

一見ソレはトリスが流されているように見えたが、 にはきちんと理解できている。

 トリスなりに抱えていた不安・孤独・寂しさ。
 払拭するべくまずはバルレルを信じる事にしたのか。
 良い音を出しておる、トリス。

閃光。
稲光が天から走り、見慣れない悪魔の姿を照らし出す。
身の丈はルヴァイド程で耳脇から生えた二本ずつ計四本の角。
暗い炎を連想させる髪と瞳と、羽色は。

「あれが……バル??」
魔力は先ず間違いなくバルレル。
トリスは先程とは違う驚きに身体を震わせ、遠慮なく見慣れない悪魔を指差した。
しかも人差し指で。

「トリスの調律者としての魔力がバルレルを子供の姿にしていたんだろう」
ネスティが場違いに感心しつつ解説して、不機嫌そうなルウに脇腹を肘で突かれる。

二手に分かれて戦っている戦場で癒し手が少ない今。呑
気に兄妹弟子揃って語っていないでほしい。

彼女の目がこう語っている。

バツの悪さを鉄面皮の下へ押し隠し、ネスティは遠く離れたルヴァイドへサプレスの回復魔法をかけた。

「狂嵐の魔公子、バルレル様を舐めるんじゃねぇえ!!!」
額に輝く第三の瞳、見開き長身の悪魔・本来のバルレルが魔力を急速に高めていく。
バルレルへ集まる魔力と共に大気が不安定となり、風が巻き起こり所々で無数の竜巻が出来上がっていった。

「しかし自分に様をつけるとは、バルレルもまだまだオコサマだな」

 ふっ。

年齢基準が人とは激しく違う神と悪魔。
封印が解けたバルレルの第一声に難癖をつけ勝ち誇る

が銃で穴を開けた屍兵の身体を横に真っ二つへ卸しながらルヴァイドは小さくため息を零す。

ハヤトあたりが聞いていたら間違いなく『そう言うのを、どんぐりの背比べってゆーんだよ』なんて適切なツッコミを入れてくれたかもしれない。
が、彼は別の戦場で戦っていてここにはいない。

「この子もこうやって見ると人間の子に見える。不思議なものだな……とてもじゃないが、神には思えん。わしがアメルを育てたからそう感じるのかもしれんが」
発生した竜巻に巻き込まれないよう、一時避難。
朽ちかけた城壁の脇でアグラバインが苦笑交じりにルヴァイドへ告げた。

「いえ、俺もそう思います……」
ルヴァイドは腕の中でもがく を抑えながら、遠慮なく答える。

この暴風の中では に身長の高い彼等の話は聞えない。

竜巻が吹き荒れる中に一人留まろうとした無謀な子供を捕獲して、避難出来て本当に良かったと考えながら。
ルヴァイドの複雑そうな顔にアグラバインが苦笑いを深めたのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 バルレルとトリスの絆の方がまとも(爆)ハサハの方が容赦ないことが判明……哀れ、マグナ。
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