『傀儡戦争・ギエン砦1』



岬で悪鬼を操っていたキュラーを撃破し、開き直った新生マグナを加えたトリス一行。
次に向かうはサイジェントへの街道を護る要であったギエン砦。

「ううう〜、鳥肌! 鳥肌!!!」
ユエルが全身の毛を逆立てて砦前の石畳の上を跳ねる。

砦内部から漂ってくる敵のニオイ。
敵のニオイに混じって、嫌な気分になるもう一つの気配もユエルは感じていた。
堪らなくなってピョンピョン飛び跳ねている次第である。

「良い気分じゃないのは確かね」
ミニスもミニスで、口をへの字に曲げ頭を何度か左右に振った。

「サイジェントへの負担を少しでも少なくしないと、 の兄姉さんに悪いじゃないか。ほら、とっとと行って片付けちまうよ」
心臓だけは誰よりも強く出来ている女傑、モーリンが気の進まないユエルとミニスを引き摺っていく。

そんなに筋肉がついているとも思えないモーリンだが、腕力はメンバー一あるのかもしれない。

「流石はモーリン、行動が素早いな」
助けを求めるユエル・ミニスの目線をさらっと受け流し、 は感嘆の声を。

「単に短気なだけじゃねぇのか?」
以前ファナンで組み手をして負けた事を根に持っている? リューグが肩を竦め、ロッカに無言で拳骨を喰らい。

敵陣のまん前だというのに、なんとも呑気な兄弟喧嘩が勃発しそうになってアメルに止められる。

「ミニスが一番反応してるって事は、きっとアイツが居るのね」

 ハァ。

気乗りがしない態度を前面に押し出し、ルウが天を仰ぎ見た。

澄んだ青空は何処までも続いており、この空の下で悪魔との戦争が起こっているなど考えられない。
しかし認めたくなくても事実なのだ、何度もルウは自らの胸に言い聞かせる。

「アレは強烈でしたから」
アメルも笑顔でロッカとリューグを牽制したまま、ルウへ言葉を返す。

「本当に、ルウとしてはあんまり歓迎できないんだけど……って!? モーリンは?」
他にはミニス・ユエル・イオス・シオンが居ない。
しかも まで居ない。
砦の外の長閑さに状況を失念していたルウが慌てて左右を見渡した。

「先行っちゃったみたいですね」
砦の様子を窺ってきたパッフェルが両手を振ってなにやら合図をしている。

泡を食って走り出すネスティを横目にアメルがノンビリした口調で応えた。

「ですね、じゃないでしょう!! ルウ達も行くわよ!!」
一族の使命感と持ち前の正義感。燃やしに燃やしてルウがアメルを引っ張っていく。

「達、って俺も入ってるのか?」
アメルが何処か嬉しそうにルウに連行されていく、様を眺めリューグが自分を指差す。

「だろうね」
槍を構えなおし、ロッカが苦笑して弟へ肯定の意を示した。

「はっ……、世話のかかる」
露骨に嫌な顔をしながら、裏腹に駆け足で砦へ飛び込んでいくリューグ。
弟のちぐはぐな言動と行動に笑いを噛み殺し、ロッカもまた駆け足で弟の後を追った。



「キャハハハハハハ」

 クワァン、クワァン。

砦の内部に反響する高笑い。
お陰で魔獣の唸り声がかき消されているから違った意味で凄いと云える。
本来の悪魔の姿で笑うビーニャの声はモーリン達の苛立ちを確実に買っていた。

「ケ……ケルマと良い勝負よ、あれ」
片手で耳を押さえたミニスがビーニャの笑い声をこう評す。

「耳が壊れそうだよぉ」
オルフルの耳には辛い攻撃だろう。
ユエルが涙目になって真正面の魔獣を爪で打ち払った。

モーリンは普段の精神統一が聞いていて、頭からビーニャの高笑いを完全に追い払っている。
魔獣の牙を軽いフットワークで交わし、拳を打ち込む。

「素人にモーリンの真似をせよというのは、酷だな」
無我の境地を体現するシオンとカザミネは良くても、他の面々はビーニャの音波攻撃に苦しんでいる。
状況を冷静に観察して がポツリと零した。

「無理だろう? 僕達だってどれほどアレに悩まされたか……今から慣れていたんじゃ、間に合わないぞ」
経験者は語る。
イオスが槍で魔獣を横薙ぎにし、追い払いながら へ怒鳴り返す。

「うむ……では強行突破だな。ミニス、シルヴァーナを呼び合図があったら上空から砦の天井を壊せ。
どの道、内部の建て直しは王国がするのであろう? 非常事態ということで我が許す」
ドーム型の天井を指差し がミニスへ指示を出した。

「分かったわ」
ミニスは胸のペンダントを握り締め、早速シルヴァーナを召喚。
大きく開いた窓から外へと飛び出していく。

「ユエル、汝は天井が壊れたらその隙を狙ってモーリンと共にビーニャを攻撃。仕留めずともあの声を止めさせれば良い。分かったな?」
「うん、ユエル頑張るね」
からの期待が純粋に嬉しい。
ユエルは尾尻を振って喜びを体現する。

「「「……」」」
リューグ・ロッカ・ルウは、 の行動を咎めはしないものの。
その思考回路はどうなんだろうとか。
良識的に考え、ビーニャの笑い声さえ忘れ去り口を噤む。

「三人とも!! ぼんやりしてると、岩の下敷きでペチャンコになっちゃうわよ?」
気がつけば遠くでアメルが叫んでいる。

「そんな最後はイヤ〜」
駆け出すルウに、顔を見合わせ。

非力なルウを一人で行かせる訳にもいかず、双子は斧と槍を手にアメルが避難している砦の隅目掛けて駆け出した。

「ビーニャ!!! その不快な笑い声をどうにか出来ぬのか!! 下品だぞ」
緑のサモナイト石を取り出し、 が精一杯の大声を張り上げビーニャへ話しかける。

「五月蝿いわよ! 下等な人間に協力するアンタに言われたくないわ!」
の姿を認めたビーニャが悪意むき出しに言い返した。

「自ら召喚した魔獣さえ信頼せぬ汝には一生分からぬ感情だ!! ペンタくん召喚!」
外見上は愛くるしいペンギンの置物? 頭の天辺についた導火線らしきものだけが異質に感じられるソレ。
は手に持ち渾身の力を込めてビーニャへ投げつける。

 ボガァン!!

大きな爆発音を残してペンタくんは消えた。

「キャハハハハハハハハハハハハハ!!! 無駄よ、痛くも痒くもないわ」
煙の向こう、無傷のまま浮遊するビーニャが再び高笑いを始めたところで、天井が真っ赤に染まっていく。
飛竜の鋭い嘶きの声と一緒に天井の赤い染みは広がり、一部は崩れて落下し始めた。

「ガルゥゥウウゥゥゥゥゥ」
上半身を低くして構えたユエルが弾丸のように飛び出す。

次々と落下する天井の岩を避け、素早い動きで魔獣の攻撃を交わしビーニャの眼前に迫る。
笑い止み、空に漂う飛竜を見上げていたビーニャの一瞬の隙をつきユエルは爪を振りかざす。

「キャハハハハハハ、まだ分からないの? 無駄よ、ム ダ」
悪魔の強靭な身体にユエルの一撃は小さな傷さえ残せない。
逆にユエルは腕をつかまれ、身体が宙に浮く。

「ほらほら、ぽーいっと」
無造作にユエルの身体を回してビーニャは彼女を壁へ剥け投げ飛した。

メルギトスの側近を名乗るだけはあり強靭な肉体を持つ悪魔である。
その腕力によって目を回したユエルはまともな受身さえ取れず、壁へ向け真っ直ぐに飛んでいく。

「ユエルッ!!」
一番近くに居たモーリンは叫んでユエルを抱かかえ、横へ飛ぶ。

舌打ちして近づくビーニャの頭上へ怒ったミニスがシルヴァーナの火炎をお見舞いした。

「させぬ!! 行くぞ、ロッカ・リューグ!!」

 バシュゥ。

高温を発する光線銃をビーニャに一発お見舞いし、 は瓦礫の山へ片足を乗せた。

偶々 の隣で成り行きを見守っていた双子は目を丸くする。

「「僕(俺)達???」」
異口同音に言ってロッカとリューグは人差し指で自分の顔を指差す。

「ユエルはリィンバウムに不当に召喚された者だ。それなのに彼女は我等を助けてくれているのだぞ?
魔獣の扱いに憤ってもおる……ならば、手助けするのがリィンバウムに暮らす者の務めであろう」
飄々とした口振りで、当然と謂わんばかりの台詞。
は双子へ言い切った。

「……はっ、無茶苦茶言いやがって」

だったら責を負うのは召喚師達で一般村民であった自分達ではない。
それでも知ってしまった事実は深く胸へと突き刺さる。

リューグは表面上の不機嫌を装い斧を構えた。

「あはははは……」

理知的なのに時々屁理屈を捏ね、想像もつかない主張を突きつけてくる神様。
彼女の行動は強引でこっちが困ってしまう事も多い。
だが彼女の意見は間違っていないと考えるから。

ロッカも引き攣った顔で笑みを形作り槍を構えた。



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 対ビーニャ戦。目立つのはキュラー版とは違う面子で。ブラウザバックプリーズ