『話題休閑・傀儡戦争岬の屋敷2後』
歓声をあげていたマグナが予告なしに倒れこんだ。
顔から床へ突っ込む格好で。
ネスティが辛うじてマグナの襟首を掴むも失敗。
大層痛いであろう音を立ててマグナは床へ顔面から激突した。
「マグ兄!?」
驚いたトリスがマグナに駆け寄る。
ネスティがマグナを仰向けにすると、マグナは真っ青な顔をして身体を震わせていた。
「ククク……元から持っている心の闇、彼へのささやかな冥土の土産を差し上げました。鬼の毒は彼の心を侵食し……ククク……」
全員がマグナを取り囲んでいると、風に乗ってキュラーの最後の言葉が耳に届く。
慌てたカイナがケイナが、先ずはお祓いを試みる。
しかしマグナは苦しそうに呻くだけで効果はない。
アメルとルウ、トリスが回復と異常を取り除くサプレスの召喚術をマグナにかけたが矢張り効果がない。
「キュラーめ、己が死ぬ際にマグナへ毒を盛って逝きおったな……」
「(ぐいぐい)」
一人キュラーが滅びた場所へ目を向け悪態ついた
を、ハサハが引っ張る。
「おにいちゃんをたすけるの。おねえちゃんも……いっしょ」
にっこり。
愛くるしく笑うハサハが見た目の小ささに反比例、力強く を引っ張りマグナと手を握らせた。
その上に自分の手を重ねハサハは宝珠へ願いを込める。
閃光がマグナの身体を包んだ。
深淵の闇の中をマグナの意識は漂っていた。
薄く掠れそうな意識と、常に自分が目を逸らしてきた闇への扉。
頭の隅に感じつつも考えを纏める事が出来ない。
どうなっちゃうんだろう……俺……。
「どうにもなるものか。マグナはマグナであろう! しかし人の心に土足で立ち入っては、プライバシーの侵害となるのではないか?」
深く深く。
沈み込むマグナの意識に届くのは懐かしい彼女の声。
蒼い光を撒き散らし、本来の姿となった彼女が闇の中に誰かと立っている。
「ぷらいばしーってなに?」
と手を繋いだハサハが小首を傾げた。
「……プライバシーとは、個人の私的な時間を意味する。私生活を覗くのは個人の尊厳を損なう行為であろう?」
「????」
噛み砕いて『ぷらいばしー』なるものを説明する だが、ハサハには伝わっていない。
目を丸くするハサハに は手を左右に振った。
召喚術が盛んなこの世界でプライバシーの概念を召喚獣に説明するのは難しいかもしれない。
相手はまだ幼子らしいし。
嘆息する とマグナを発見して安堵するハサハ。
突如現れた護衛獣と想い人にマグナは口を開けたまま立ち尽くしていた。
てゆーか、俺?? どこに居るんだ??
「汝の精神の中だ。深層心理部分手前、といった所だな。キュラーの甘言に汝が惑わさぬようにハサハが道を作ったのだ。……しかしキュラーの毒はどこにある?」
の姿は『認知』出来るのに己の存在が確かめられない。
焦るマグナに
が簡潔に説明してキュラーの冥土の土産を捜し始める。
「あそこ。あのとびらの、むこう。おにいちゃんの、くだらない『れっとうかん』がたくさんつまってるの」
ある意味バルレルより遠慮がないかもしれない、この仙狐。
マグナの闇を封じた扉を指差しあっさり語った。言葉の端々に棘が見え隠れするのは何故だろう?
俺、ハサハに嫌われてるのかなぁ……。
上手く付き合ってきたつもりなんだけど。
に関してハサハはマグナに何一つ譲ってはくれない。
それさえなければ最高に頼もしい護衛獣なのだが。
思わずマグナは愚痴っぽく考えてしまう。
「おにいちゃん、あのとびらをどうするか、おにいちゃんがきめるの。そうしなければ、おにのどくはきえない」
ハサハが扉へ宝珠を近づけ、確かめてからマグナへ伝える。
宝珠は危険物を扉から嗅ぎつけたのか点滅を繰り返していた。
俺がこの闇への扉をどうするか……俺が決める?
「わすれないで、おにいちゃんのこころ、ほんとうはとてもきれいなの。ハサハにはわかってたの。おにいちゃんのこころは、とてもきれい」
ハサハ……。
「だから、おにいちゃんのそばにいたの。こわくなかったもん」
ありがとう、ハサハ。……俺、やってみるよ!
マグナは扉の前に立ち(彼の目は扉の正面を捉えている)、扉と対決すべく意識を高め始める。
ハサハの発言の趣旨を文字通り受け止めたマグナは、闇を祓おうと扉を消そうと精神を集中させ始める。
「ちがうのに」
頬を膨らませたハサハが へぼやく。
微笑ましい(と
には見えている)主従の会話はすれ違ってしまった。
「マグナ? 良い子で、大らかな汝である必要は何処にもないのだ。無理に己を作れば疲れてしまう……初対面の面々は別として我等は仲間だ、友ではないか。
マグナがどれ程闇を抱えていようがそれもまたマグナの一部なら、我は無理に否定し目を背けるべきではないと思うぞ」
?
扉の前。
闇を劣等感を消そうと奮闘するマグナの背中へ、 が言葉を投げかける。
ハサハの眉間に皺が寄ったので見るに見かねて、だ。
「在るがままを受け止めるも一つの勇気であろう?」
俺の劣等感も何もかもが俺という存在を形作るもの。
無理して否定しなくても、皆は笑い飛ばしてくれる。
励ましてくれる、今の みたいに。
本当は怖くて怖くて仕方がなかった。
俺がうじうじしてるなんて、俺らしくない気がして。
無理に笑顔を浮かべて鈍いフリをして。
でも……俺は、皆に自分を偽りたくない。
どんなにみっともなくたって、情けなくたって俺は俺なんだ。
逃げたくない。
強く感じたマグナの手のひらが眩い光を放ち、扉の開放を促す。
扉からもれ出る闇色の霧を受け止めマグナは一際強く念じた。
俺はマグナ=クレスメント。
まだまだ未熟だけど、運命とか宿命とか。
そんな単純な言葉に押し流されたくないんだ!
だからもう逃げたりするもんか!
自分の中の抑えてきた枷が外れる音がした。
眩い光に飲み込まれるマグナの意識を繋ぎとめる、マグナの手の中の何か。
光が収束し目を開いたマグナの手には勾玉が一つ、神秘的な赤い輝きを放って鎮座していた。
あれ??
扉が消えてるんだけど、なんか俺、どこも変わってない……よな?
「きっと乗り越えられたのだろう。クレスメントの名に潰されまいと頑張る逞しい汝も心強いが、今の汝の方が我は好きだ」
完璧な人などこの世には居ない。
まして心が澄み切ってばかりの人間も居ない。
迷い悩み間違うからこそ人は先に進めるのだから。
己の闇を否定して光だけを灯しても、いつかは無理がたたる。
無理に笑うマグナの顔は二度と見たくなかった。
え!? す、す、す、すー!!!!
「酢?」
違うよ。えっと、あの、好きって!?
親愛の情を示した 。
ストレートな言葉に、マグナの思考が混乱をきたす。
ボケた へしっかり否定の言葉をお返しして、ドキドキしながら尋ねてみる。
親友だとは互いに想っているけど、もしかしたらそれ以上もあるかも?
なんて僅かに期待しているマグナである。
「ハサハはおねえちゃん、だいすき」
キラーン。
瞳を輝かせたハサハが に擦り寄った。
憮然とするマグナを他所に、ハサハの頭を撫でて
も「我もだぞ」なんて返答する。
「おねえちゃんは、おにいちゃんがすき。ハサハも、おにいちゃんがすき。
おねえちゃんは、みんながだいすき。ハサハもみんながだいすき。みんななかよしだね」
「ふふふ、そうだな、ハサハ」
そしてお邪魔虫(例:イオス等)が居ないので、場所やシュチュエーションは別として絶好の告白タイムなのだが。
ハサハによって話題は挿げ替えられ、 は『仲間とは良きモノだな』等と。
相変わらずの激鈍発言をかましている。
や、やられたぁああああぁぁぁぁ!!!!
ふっ。
鼻で笑うハサハの前に滝の涙を流してマグナ完敗。
気分的には両膝を地面につき、握った拳で地面を叩く勢い。
叫ぶマグナを横目にハサハは宝珠を掲げさっさとキュラーの毒を追っ払い。
と手を繋ぎあっさりとマグナの精神から去っていく。
俺、俺、やっぱりハサハに嫌われてるかもしれない。
勇気の証、ニギミタマを手に握り締めマグナはスンと鼻を啜ったのだった。
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