『波乱の港2』
なんだかとっても意外だ。
リューグの顔にそう出ていて、カノンと
は同時に首を傾げる。
「どうした、リューグ」
手にした果物の皮を手際よく剥き、形を整え皿に盛る 。
隣のカノンは手作りのスープに干し肉を落とし野菜も同時に鍋へ入れた。
魚の焼ける香ばしい匂いと、パンの焼ける香りが食欲を誘う。
腹を鳴らしたガウムにカノンが笑みを深くした。
「ボク達が家事ができるのに驚いてます? こう見えても さんとボクは、
さんのお兄さんの家で一緒に暮らしているんですよ」
巻き込まれた事件が大きすぎて、互いに互いを深く知ってはいなかった。
気付いたカノンが大口を開けて固まるリューグへ喋る。
アグラバイン宅の台所。
仲良く並んで夕食の支度を始めたカノンと に。
何度目かの驚きを感じリューグはうろたえた。
「そう、か」
ぎこちなく相槌を打ち、楽しそうなカノンと から目線を逸らす。
在りし日の自分達とアメルの姿が二人に重なる。
「……バノッサさん、と言うんですけど。バノッサさんは親に捨てられて、最近まではずっと一人だったんです」
切なさと悲しさ。
入り乱れるリューグの感情を読み取り、カノンが穏やかに切り出した。
無くしたモノを手に入れたバノッサと。
持っていた温かいものを無くしたリューグ。
対極の彼等だけれど喪失感は痛いほど分る。
自棄になっていくバノッサを何より近くで見てきたから。
だからリューグの痛みも、ある程度なら分る。
「召喚師の家に生まれながら、才能がないといって捨てられたんです。親の身勝手で。だからバノッサさんは自力で生きるために、力を求めました。
綺麗事は言いません。酷い事もしました……生きる為に。
別の理由でボクも孤児でしたけど、バノッサさんの義弟としてそれなりにやりましたよ? 世の中ではいけないとされる事を」
控えめに付け加えるカノンの言葉は自分とは別世界。
リューグの知らない世界の話で、でも今はリューグも似たようなモノで。
アグラバインという後見人が居るだけマシなのかもしれない。
「生きる為といっても結局は言い訳です。……無くした家族を埋めるようにボク達は生きてきました。
最近になってバノッサさんの弟妹が見つかりまして。
さんがバノッサさんの家に住んでいるんです」
墓作りをしているアグラバインは風呂の中。
彼が居たなら気の利いた言葉でもかけられたのかもしれない。
リューグは己の未熟さを歯痒く思う。
「安心してくださいね? バノッサさんも今は幸せです。バノッサさんを捨てた親とは死に別れましたけど、居場所を探し出せたんです。
失くしてしまったリューグさんとは違うでしょうが、あの虚しさだけはボクにも分ります」
あの長かった日々。
乾いた心を護ろうと足掻いていたあの毎日が嘘のよう。
確かな居場所の意味を悟り満たされる現在。
自分の幸運を再認識しながらカノンは言葉を続ける。
「けれど、リューグさんにはまだ守るべき人達が居るんですから! 諦めないで頑張りましょう!!」
二の句が継げないリューグを責めず、カノンは最後に努めて明るい口調で言い切った。
隣の
が果物を綺麗に並べ終わったからである。
「カノン、味付けは良いのか?」
「あっ、いけない」
皿を両手で持った がさり気なくカノンの目の前の鍋を横見した。
の問いかけにカノンは慌てて調味料の入った容器の蓋を開ける。
たったそれだけの言葉で重苦しい空気が気持ち和らいで、夕食の雰囲気が濃くなった。
安堵するリューグに片眉を器用に持ち上げニヤリと笑う 。
その
の背中を軽く叩いてリューグは感謝を示す。
「随分とまた豪勢だな」
鼻腔を掠める美味しい匂い。
鼻を動かしてアグラバインがニカッと笑う。
身体に付いた泥を落としてきたアグラバインがタイミングを計ったように。
丁度良く姿を見せれば話題は終了。
スープと格闘するカノンを他所に
とリューグは手際よく魚とパンを皿に盛りテーブルへ並べた。
「夕食を食べながらでいいかな? 明日もまた、わしは墓を作らなくてはならん」
全員が椅子に座ったのを確認し、アグラバインが口火を切る。
真剣な様子からして、恐らくは大事な話らしい。
アグラバインを除いた全員が無言で頷く。
「話さずに済めばどれだけ良かったか……」
沈痛な表情を浮かべ、直後、真顔に戻り。
アグラバインは語り出す。
「アメルはわしの本当の孫ではない」
音のない家。
本来なら村の人達の気配が感じられただろう、レルムの村。
静けさだけが支配する居間でアグラバインが一言言った。
リューグはパンを千切る手を止めず、カノンと は動作を少々止めたが。
驚きは顔に出さずにアグラバインの言葉を受け止める。
「わしは元軍人でな。ある任務で訪れた森、そこで拾った赤子。それがアメルだ」
淡々と音を紡ぐアグラバインの台詞に
は顎に手を当てた。
成る程。
アメルが拾い子とは。
ヒトとは違う波動も、我の魔力に触発されるのも頷ける。
アグラバインはアメルをヒトとして育てたようだが、どうやら本質は違うようだな。
その特異性を狙われているとなると、少々厄介かもしれぬ。
薄っすらと見えてきたアメルが狙われる訳。
聖女を欲するのは能力の解析かとも、僅かに疑っていた であるが。
発想の転換を図らなければならないらしい。
「軍人の身分を捨て、国を捨て。彷徨ったわしは、リューグとロッカの両親に助けられてな。赤子だったアメルを育てながら……平和な時間が過ぎると信じておった。
レルムの村が焼け落ちるあの日までは」
は自嘲気味に笑うアグラバインを盗み見、わざとらしく息を吐き出した。
「肝心な部分を抜かすでない。我の目は節穴ではないからな」
冷たい
の声音にアグラバインの表情が強張る。
「……軍人と申したな? 汝、デグレアの軍人であろう。先程国を捨てたと申したのはそのような意味で。違うか?」
カノンとリューグ・ガウムは黙って食事を続けていた。
の行為が疑問の解消だからと、理解しているからである。
「加えて、森というのは恐らく常人では立ち寄れない特別な森なのだろう。そこで汝は何らかの理由で任務を放棄せざる得なかった。そして出会ったのがアメル。
アメルを見捨ててはおけず、国に帰る事も儘ならず。レルムの村に流れ着いた……王道だな」
ゲームの。
最後の言葉は自分の喉奥に飲み込み、
はアグラバインの返答を待つ。
「鋭いな……召喚師見習い、だけはあるか」
苦々しい気持ちから吐き出されるアグラバインの率直な本音。
否定しない肯定。
はスープを口に含み野菜を咀嚼して飲み込んだ。
アグラバインに気持ちの整理をつける時間を与える為に。
「任務を失敗したわしに待っているのは良い結果ではない。まして、森の探索で発見したアメルに危害が加えられない保証もない。
だからわしは国を捨て木こりとしての生活を選んだのだ……代償は大きすぎたがな」
優れない顔色でアグラバインが黙々と食事を続けるリューグを盗み見る。
「悪魔が封印された森。当時わしが居た部隊に同行した召喚師がそう言っておった。その森は特殊な結界に守られて外部から断絶されていた、無数の悪魔を内側に封印して。
部隊は全滅、生き残ったのはわしだけ。アメルを連れて逃げたわしを追って、悪魔はレルムの村にもやって来た」
リューグの眉間の皺が深まりるも、食事の手は止まらない。
アグラバインは一回だけ深呼吸をして、気乗りがしない様子で、それでも毅然とした口調で言い切った。
「迂闊だった。ロッカとリューグの両親に助けられ、レルムの村の暖かさに触れ。アメルという存在に助けられ。わしは油断していた。
アメルを狙った悪魔に気付いた時には、ロッカとリューグの両親は殺され」
「言うなアグラバイン。皆(みな)まで言わずともリューグは承知しておる。ロッカと違い、汝と距離を置いてあった風であったが。リューグよ、薄々は察しておったのであろう? 両親の死の真相の裏を」
アグラバインの話を途中でぶった切り。
はリューグへ話を振る。
「まぁ、な」
リューグは言葉を濁し口元へ運ぶ途中だった魚を口内へ押し込んだ。
「そうか……矢張りな……」
僅かに肩を落としてアグラバインは力無く相槌を打つ。
「重苦しくなるなり、懺悔するなら当人の前でしろ。我はアメルではないし、アメルの考えは本人にしか分らぬ。
理由はどうあれ現在の汝の立場はアメルの肉親だ。怪我の治療を受け、無事をアメルに伝えるが良いだろう」
介入はしないし、自分で解決しろ。
暗に告げる の冷たいとも感じられる台詞。
アグラバインは節々が痛む身体に口元を歪めた。
「汝が傷を癒す間は我が影ながらアメルを守ろう。理由があってあの一行には加われぬが、我の知り合いに手伝いを頼むとする。良いな?」
後悔の海に沈みかけるアグラバイン。
その手を掴み無理矢理陸へ引き上げて頬を叩き、自覚を促す。
そんな の言動にカノンは笑みを漏らし、リューグは我関せずを決め込み食事を続ける。
不思議な空気を持つ子供の不器用な優しさ。
参ったと感じ、アグラバインは表情を緩め一度だけ瞬きを返したのだった。
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