『波乱の港1』




重苦しい顔で村への道を辿るリューグ。
頭にガウムを乗せた も神妙な顔つきで、カノンと並んで歩く。
無言でレルムの村を目指す一行を待ち受けていたのは。


「墓……」
焼け野原となった村跡と、立ち並ぶ墓・墓・墓。
膨大な数に上るそれは出来て真新しかった。

小さく呟いた は注意深く周囲を見渡す。
リューグは走り出していて、カノンは口を開きかけたが、小さく息を吐き出しリューグへ声をかけるのを止めた。

「キュゥ」
焼けた地面に手のひらを当てる に、ガウムが不安になって一声鳴く。

たちまち薄い水の膜に覆われる の漆黒の瞳。
小さな身体を震わせる をカノンが慌てて抱き締めた。
嗚咽を漏らす背中を撫でてカノンはあやす。


「……マグナさんの事、気にしてますか?」
腕の中に閉じ込めた が身動ぎした。

「気にしないで下さい、とはもう言いません。でも負うべきでない責めを勝手に背負うのは止めて下さい。
辛い気持ちは分かち合うモノではありませんか? ボクも さんの家族なんですよ?」

マグナの言葉と村人が受けた痛み。
感じて涙を流す にカノンは言った。

サイジェントでは助けられてばかりで。甘えてもいた。
異界の優しい神様の寛大さに。
でもそれではいけない、カノンは考える。

 そうですよ。
 バノッサさんも、キールさんも……クラレットさんやカシスさん。
 トウヤさんにハヤトさん。
  さんと並んで歩ける自分になりたいとそれぞれ頑張ってるんです。

 今度はボクも頑張る番。
 大切な家族を守りたい、願う気持ちだけじゃなくて。
 行動に移せるようになります。

なんだか知らないが、 に過剰反応する不届き者。

マグナ・トリス・アメル・ネスティ・バルレル・イオス諸々。

トリスとアメルは友愛の感情が強いが、他の面々は大なり小なり という存在を気にしている。

 まぁ、ネスティさんとバルレルさんは、きっちり脅しておいたんで大丈夫でしょう。
 要注意なのは無自覚のマグナさんとイオスさん、それから……。

「キュキュ!!」
つらつら考えるカノンの上着を銜え、ガウムが抗議の鳴き声をあげる。
の頭から衝撃なく地面へ着地して上目遣いにカノンを睨む。
「すみません、ガウム。勿論ガウムも協力してくれますよね? ボク達は皆、家族なんですから♪」
すっかり仲間外れにしてしまった。
自分の世界にどっぷり浸っていたカノンは、苦笑しつつガウムへ謝る。
「キュッ!」

 びっし。

背筋を伸ばして元気良く鳴いたガウムの自信満々の態度。

涙に濡れた瞳でガウムを一瞥した は泣き笑い。
顔をクシャクシャにして笑いガウムの頭を乱暴に撫でた。

「キュゥ〜ウ〜v」
ゴロゴロと喉を鳴らしガウムは目を閉じうっとり。
一通りガウムを撫でてから は目尻の涙を己の指で乱暴に拭った。

「単純に見過ごせなかっただけなのだ。あの闇の深さ、冬の夜に外へ一人放り出されたような冷たさ。全て全て暖めてあげたかった……」
鼻声で喋る の後頭部を撫でてカノンは小さく笑う。

「傲慢、だったのだな? サイジェントでは同じ異界出身のトウヤ兄上とハヤト兄上が居(お)った。互いに信頼できた。フラットの皆も我を『受け入れて』くれた」
は腕を伸ばしてカノンに抱きつき大きく息を吸い込んだ。

「居場所を作ってしまった我の傲慢が招いたのだ。救えると安易に考えた我の浅はかさが。ヒトはそれぞれに心の在りかを持ち、色も形もが違う。
頑なな心を無理矢理開こうとした我がいけない。……けれど、放ってもおけぬ」

 すん。

鼻を鳴らす の幼い仕草に笑いの衝動を堪え。カノンは唸った。

 び、微妙に勘違いしてますね…… さん。
 マグナさんが反発するのは さんの優しさが分るからで。

 マグナさんに八つ当たりされてるだけですって。
 単純に。

 子供が駄々を捏ねるのと同じですよ。
 ボクには都合がいいので暫くは黙ってますけどね。


の存在はエルゴの王と同じかそれ以上。
稀有な存在を諸派閥に知られて『実験材料』にされるのも困る。

バノッサを筆頭としたセルボルト兄妹達が危惧する唯一の不安材料だ。
何せ ときたら誰彼構わず気に入った相手は助けてしまう。

理由はない。

音が乱れているとか、不思議な基準は持ち合わせているようだが。
無防備に人を助けようとする姿勢は如何なモノかと思う。

 フラットのお人好し集団の皆さんとは、勝手が違いますからね。

心の中だけで嘆息し、カノンは を抱く腕に力を込め を解放した。

「育った環境が違うので、確かに相互理解には時間が掛かるかもしれません。特にお互いに蟠りを残して別行動ですし……こればかりは、少し様子を見るしかないですね」

顔を上げたカノンの視野にリューグと逞しい身体つきの老人が映る。
ガウムもリューグと老人の気配に気付き身体を縦に伸ばした。

「リューグが世話になったようだな」
豪快に伸ばされた顎鬚。
がっしりした体格に浮かぶ玉のような汗。
老人は泥だらけの手を乱暴に服で拭い の頭を徐に撫でた。

「俺達の育ての親みたいな人で、アグラ爺さんさ」
わしゃわしゃ髪を乱され、目を丸くする
そんな子供の子供らしい姿に内心だけで驚いて。リューグは老人をカノンへ説明した。

「あ、始めまして。ボクはサイジェントに住んでいるカノンと言います。その子供は さん。この子はガウムと言います」

アグラの行動に動揺して次の所作が遅れる。
カノンは焦って頭を下げてから とガウムをアグラに紹介する。

只者じゃないとカノンに感じさせるに十分なアグラの空気。
敵意は感じないものの無意識にカノンは身構えてしまう。

「わしの名はアグラバインだ。どちらで呼んでくれても構わんよ」
良く見ればアグラバインの身体は包帯が捲かれていて。
彼が怪我人だと窺い知れる。

不思議に思ったカノンが疑問を発する前にアグラバインが口を開いた。

「村の者の為に泣いてくれたんだろう? 済まないな」
目の縁が真っ赤に染まった の目元。

痛々しいものでも見るように瞳を細めアグラは殊更乱暴に の髪を乱す。
乱暴でも力の加減はきちんとされていて、 はぼんやりアグラを見上げた。

 とてもとても強い音がしおる。
 覚悟を決めた者が放つ、独特の強い音。
 全てを受け入れた上でそれでも譲れない者を護ると決めた。
 あの時のトウヤ兄上とハヤト兄上の音と似ていて心地良い。

良い歳( の年齢はアグラバインより遥かに上である)して、慰められるのは。
少し恥ずかしいがアグラの気遣いは胸が温かくなる。

は己の感ずるままはにかみ微笑んだ。

皮肉な笑みか挑発的な笑みしか浮かべない の穏やかな笑顔。

リューグは腰を抜かす勢いで尻餅をつき。
アグラバインは一瞬目を見開いたが、直ぐに穏やかに笑い返し を抱き上げた。

「わしの家は焼け落ちておらんから、今晩は泊まっていくと良い。伝えなければならない事もあるからな」
目で『ついて来い』とカノンへ合図して歩き出すアグラバイン。

「だったらボク達は邪魔じゃないですか?」

中途半端に関わって。
勝手な言い分から彼等に味方し、口を出しているだけ。
当事者ではない分性質が悪い。

自覚があるカノンはアグラバインの背中に声を投げた。

「邪魔? とんでもない。リューグから簡単に話を聞いたが、アメルを助けてくれたそうじゃないか。わしから見ればお前さん達も十分に当事者だ」
外見通りの豪快な性格。
アグラバインはカノンの心配を一蹴した。

とは言っても、アグラバイン。
リューグから話を聞いた時は態よく彼等を追い返そうと思っていた。

アメルの秘密を。
村の惨劇の根本を。
知らないなら知らないままで。
その方が互いの為になるし、関わってしまったら彼等には荷が重いかもしれない。
これ以上犠牲を増やさないという自己満足の上に決めた結論。
けれど という子供が泣いている姿を見て考えを変えた。

アメルに似た空気を持つこの子供。
懐に忍ばせたアレも反応して熱を生み出した。

アグラバインの考えと直感が間違えていなければ。
きっとこの子供もアメルと同じ奇跡の子供。
優しい心を持つ子供。
だとしたら?

 わしが止めても首を突っ込むだろうな。アメルの様に。

知らんフリをして口を噤む事も可能だろうが、それで がアメルの様に危険に身をさらしてしまったら?

相手は黒の旅団。
デグレアの特務部隊なのだ。

 犠牲を増やさん為に話しておかねばなるまい。

こんな所で過去の己の経験が役に立つとはなんとも皮肉だ。
伏目がちに墓へ目を送り、口をへの字に曲げる
その整った横顔を眺めアグラバインはひとりごちる。

「……有難う御座います、アグラバインさん」
アグラバインの真意を推し量りかねるカノン。
ただアグラバインの を見る目つきが、 に重ねた誰かを見ていると分り。
訝しく感じる己の心に蓋をしてアグラバインの行為に礼を述べる。

「礼には及ばんよ」
背後を振り返らずアグラバインはカノンへ応じた。



Created by DreamEditor                       次へ
 アグラお爺さん初登場〜。この時間軸でマグナ達はファナンでモーリンに拾われてるんですね(笑)ブラウザバックプリーズ