『はかなき平穏3』




 すぅ。

の瞳孔が細まる。
真一文字に引き結んだ唇が、瞳が、眉根が。
の不機嫌を示す。

カノンは己の手から の手が離れたので、改めて剣を拾上げた。


ゼルフィルドが放った銃弾は、間一髪間に合ったミモザの召喚獣で弾かれ方向を変える。
勢いに乗るマグナ達の前に姿を見せる黒甲冑の男。
顔を仮面で覆っていて素顔は見えない。

男は集団の所属と正式名称を名乗り、マグナ達へ道を開けた。
余裕で笑っているミモザを筆頭に立ち去っていくマグナ達。

全員が無事に湿原から姿を消した、その時。
は動いた。

「ええい!!! 死ぬ覚悟があるなら我がここで成敗してくれるわっ! 痴れ者が」

銃を撃ち放ちたいが、湿原の環境は崩せない。
エコロジーをモットーとしている は、仕方なしに未契約のサモナイト石をイオスの後頭部めがけ投げつけた。

 ゴッ。

クリティカルヒット。
鈍い音がしてイオスの上半身が傾ぐ。
走り出した に倣ってカノンも剣を片手に飛翔。

「ガウム」
剣を持たない片手で持ったガウムを投げる。
ガウムは黒の集団『デグレア所属の黒の旅団』召喚師の頭上へ着地した。

「うわあっ」
「キュッ、キュゥウ〜」
突然の奇襲に召喚術を唱えようとした召喚師。
ガウムの精神攻撃に呆気なく撃沈。

ガウムは気絶する召喚師の頭を離れ、別の召喚師へ飛び掛る。
も短剣片手に兵士達を軒並み痺れさせ、素早く目的の人物まで近づく。

「我が許す。ゼルフィルドよ、この阿呆を撃て」

 びっし。

後頭部を抑えて呻くイオスを人差し指で示し、 はゼルフィルドへ言った。

「シカシ、我ガ将ハ」
驚きつつも に律儀に応じるゼルフィルド。

仮面の黒騎士も驚いて へ顔を下げる。
は両頬を膨らませて地面を蹴り上げた。

「生きたくとも生きられぬ多くの命に失礼ではないか。それとも、将が阿呆だから部下が暴走するのか? 良い歳した軍人が命を粗末にするでない」
ギロリと仮面の黒騎士をねめつけて は怒りを爆発させる。
その直ぐ近くではカノンの振るう剣圧で吹き飛ばされた兵士が呻いていた。

「ソノ様ニ怒ラナ……」

この子供の存在はイオスから聞いている。
ギブソンとミモザに深い関わりのある の乱入に、ゼルフィルドは十分驚いていた。

隙のない へ威嚇射撃も出来ず、 の頭へ手を置いて宥めに掛かる。

「黙れ。軍人は皆そうなのか? ……ジュネーブ条約を見習え!! まぁ、戦(いくさ)であの条約が守られぬ事は少々あるがな」
「???? じゅねーぶ?」
ゼルフィルドはデータにない単語を復唱し、首を傾げた。

「気にするな。独り言だ。さて、将よ。デグレアとは何だ?」

分らない地名や団体名は当事者に聞け。
マグナ達と接触できないのなら、もう片方の当事者に尋ねるまでだ。
の質問に仮面の騎士は当惑する。

「旧王国・帝国・聖王国ノ三ツノ国家ノウチ、旧王国最大ノ軍事都市。ソレガでぐれあダ。我々黒ノ旅団ハ、でぐれあノ特務部隊トシテ活動シテイル」

黒騎士が宣言した通りの内容をもう一度ゼルフィルドが説明した。
はゼルフィルドの説明に表情を緩める。

「聖女の捕獲と軍事都市。特務部隊か……大変だな、汝等も」
大人びた仕草で肩を竦める に、漸く立ち直ったイオスが槍の刃先を向けた。
怒りの篭った瞳で を見据えるイオス。

「馬鹿にしているのか!」
怒気を孕みイオスが へ詰め寄る。

ギブソン・ミモザ邸襲撃の時と良い。
今回と良い。
実力者なのは分るが、真剣に任務に取り組む己達をあざ笑うかのような行動。
納得できないし、正直腹正しかった。

「それはこちらの台詞だ。捕虜になったフリをして、相手に偽りの情報を与える事も出来るだろうに。真に悪役が似合わぬ連中よ」
は挑発的に言ってのけクスクス笑う。
大胆な の指摘にイオスは瞠目した。

相手は軍隊でもなければ戦闘集団でもない。
所詮は烏合の衆だ。
策略上、イオスが囚われたフリをして内部から彼等を崩す事だって。
やろうと思えば出来る。

「そ、それは……」
「隙を狙って聖女を捕獲できる。しかも聖女を護るお節介な召喚師どもも始末できる。軍人であるならソレ位の芸当はこなせるであろうに」
口篭るイオスを愉快そうに眺め、 は小首を傾げる。

「誇り高きは気高き証。だがな? イオス、ゼルフィルド。力を求める手段としてアメルを付け狙うは凡そ想像がつく。
ただ……レルムの村然り、アメル然り。多大なる犠牲を強いて得た力で求めるのは何だ? 求めた先に汝等の祖国・旧王国の発展は在り得るのか?」

窺うように仮面の騎士を一瞥すれば、騎士は仮面を外した。
中から現れたのは赤毛の男。
あの夜の男だった。

「答える義務はない……だが、お前が副官を叱ってくれた事には感謝しよう」
仮面をゼルフィルドに渡し、男は屈んで の瞳を覗きこむ。
男の鋭い眼光に曝されても揺るがない漆黒の瞳。
強い光を湛えて真っ直ぐに男の瞳を見詰め返す。

「ル、ルヴァイド様!?」
隊長の謝罪にイオスが慌てふためく。
男・ルヴァイドの行動とイオスの動転に は堪らず笑い出した。

雑魚退治を終えたカノンとガウムも驚いて を見る位。
お腹を抱えた状態で は笑い転げた。

? ドウシタノダ?」
荒い呼吸を繰り返す の背中を擦り、ゼルフィルドが困惑の声を発する。

目尻に溜まった涙を指先で拭い は満面の笑みを湛える。

「ルヴァイド・イオス・ゼルフィルド。汝等は違うと否定するが、まっとうな人間だと我は感じた。
我は直感を信じる性質でな? 任務の手伝いは出来ぬし、遂行も望まぬが汝等の無事を祈っておるぞ」
は身を屈めたルヴァイドの頬に小さな手を当て真剣な声音で伝える。

「お前達はあの召喚師の知り合いだろう? いい加減な事を」
「言うわけないでしょう? さんに限って……自己紹介が遅れました。ボクはカノンと言いまして、 さんのお兄さんの義兄弟をしています♪」
イオスが語気を強めた所で、イオスの首筋に剣先を突きつけるカノン。

気配も感じさせずにイオスの背後を取った外見は可愛らしい顔立ちの少年に。
ゼルフィルドとルヴァイドは内心だけで感心した。

イオスは体験した事のない不気味な黒いカノンのオーラに当てられて、手にした槍を取り落とす。
背筋を這い上がる悪寒と味わった事のない恐怖感に、内心だけで絶叫。

「こっちはメイトルパの召喚獣・ティングのガウムです」
の足元で自己主張をするガウムを抱き上げ、カノンが紹介した。

マイペースといえばあんまりにもマイペース過ぎる 達。
豪胆すぎる彼等の行動にイオスは眩暈を感じた。

「敵なのだぞ? あの聖女を付け狙う」
それはルヴァイドも同じだったらしく、呆れ果てた口調で へもう一度告げる。
「ああ、それがどうした」
さほど重要でもない。
言いたげに は相槌を打つ。

「行動は容認できぬ。ましてや娘一人の捕獲の為に村まで焼き払ったのだ。汝等を罰する立場にあるなら、我は躊躇わず汝等を裁くだろう。
しかし勘違いするな。我は陳腐な正義感に駆られ汝等を裁くほど暇でもない」
不敵に微笑む の余裕ある態度は、ルヴァイド達を複雑な気持ちにさせた。

表裏のない の言動には恐らく偽りはない。
幼い子供に良い様に翻弄される己達の奇妙な立場が。
とても非現実的に思えてしまう。

「汝等を真に裁く権利があるのは、彼等だ。いずれ決着がついた時にでも決めれば良いだろう?
どちらが正義で、どちらが悪かを。各々の立ち位置が違う故、どちらが正義とも厳密に決められぬだろうがな」

したり顔の の発言。
の外見を裏切る思考回路は容赦がない。

「ふむ。現時点では我もこの程度しか関われぬか。邪魔したな、我は帰る」

そろそろリューグを迎えに行かねばと。
は太陽を見て考えた。

突然乱入して突然の帰る宣言に、ルヴァイド達のペースは乱されっぱなし。
でも不思議と嫌悪感が湧かないのでなんとはなしに許してしまう。

「次に見(まみ)えた時は敵かも知れぬが、全力で掛かってこい。遠慮はいらぬ」
唇の端を持ち上げ挑発的に微笑み、 は手を振りながら堂々と湿原を後にする。
「それとこれとは別ですから、覚悟しておいてくださいね♪」
「キュッキュ〜!」
に続いてカノンとガウムも笑えない捨て台詞? を残して去って行く。



「厄介ナ強敵デス、将ヨ」

ゼルフィルドの冷静な分析に「そんなのは分っている」と。
怒鳴り返したい気持ちを抑え、なんだか一気に疲れてしまったルヴァイドとイオスであった。


Created by DreamEditor                       次へ
 根に持ってるイオスと、公平なゼルフィルドに、ちょっとお人よしなルヴァイド。
 バランス良い? デグレア組でした。ブラウザバックプリーズ