話題休閑・はかなき平穏3後




想像もつかない巨大な敵。
ベールの向こうは真っ暗闇だった。

マグナは持て余す感情を抑えきれずに夜のゼラムを歩く。

アメルを狙う敵の正体は国家。
一介の召喚師、ましてや見習い召喚師の己と妹だけで何処まで対処できるのか。
仲間の手前、平静を装っていたけれど……本当は怖くて怖くて仕方がない。

「……??」
一般住宅街の一角から聞える音。
ガラスの棒がぶつかり合って奏でる、不思議な音がマグナの耳に飛び込む。
釣られるようにして、マグナは音の元へと近づいた。

「!?」
住宅街の小さな庭の中。
木製の柵に座った美少女が素足の足を前後に揺らしながら月を見上げている。

蒼い長い髪と、蒼い瞳。
暗闇に淡く光る蒼い姿。
真っ白いワンピースも相俟って少女を儚げに見せている。

「あっ……」

目線が、合う。

小さな声をあげた少女と、口を開いたまま何も言えないマグナ。
どちらも目線を外せないまま数十秒が経過。

「おや? 奇遇ですね、マグナさん」
互いに身動き一つ取らないでいれば、マグナの背後から聞き覚えのある声が。
弾かれたように振り返れば、お蕎麦屋の大将シオンが立っていた。

「シオンさん、どうしてここに?」
「知人の家なのですよ。彼女の住まいですから」
目を丸くして尋ねるマグナにシオンが少女を指差し答える。

「あっ、えっと、ごめん。不思議な音が聞えて、それで辿ってきたら君の家だったんだ」
両手を握り締めて不安そうにマグナを見詰める少女。
不安そうな彼女の表情に慌ててマグナが弁解する。

見ず知らずの自分に彼女が驚いているのだろうと、勝手に解釈して。

すると、少女は強張った表情を崩し、はにかみ笑いつつ首を横に振った。
少女の微笑みにマグナの顔が真っ赤に染まる。
暗闇で見ずらいが、首まで真っ赤だ。

「彼女はとても控えめな方で、初対面のヒトと喋るのが苦手なんですよ。彼女があまり喋らなくても気を悪くしないで下さいね」
少女が言葉を発せなくて困っている。

見抜いたシオンは無難な言い訳をマグナへして、マグナを納得させる。
シオンにだけ分るよう、少女は感謝の眼差しを向けマグナを手招きした。

「えっと……シオンさん?」
顔を真っ赤にしたままマグナはシオンへ助けを求める。
「近づくのが嫌でなければ、どうぞ?」
シオンはというと、マグナの年頃らしい態度を微笑ましく思って少しばかり意地悪を。

マグナは「あ〜」だとか「うぅ〜」だとか。
一人悶えてから意を決して少女へ近づいた。

「俺はマグナ。蒼の派閥の新米召喚師だよ」
緊張に縺れる舌を叱咤して、なんとか自己紹介。
少女は声を出さずにマグナと唇を動かし、マグナの手を取る。

「夜中の一人歩きは男性といえど危ないと。心配していますよ」
傷だらけのマグナの手を撫でる少女。
ドギマギするマグナにシオンが少女の気持ちを代弁して発言する。
「大丈夫だよ、こう見えても俺剣とか使えるし」
マグナは照れ笑いを浮かべ、身体の位置をずらして腰から下げた剣を少女へ見せた。

少女はじーっと剣を見てから、眉根を寄せて首を横に振る。

「でもマグナさんが疲れているように見えるし、元気がない感じがするので。矢張り心配だと。そう訴えています」
どうしてシオンがここまで相手の感情を読み取れるのか。

普段のマグナなら不思議に思うだろう。

けれど目の前の少女に心揺すぶられた衝撃がマグナを捉えて離さない。
疲れの浮かぶマグナの目の下。
くっきり出来上がった隈を桃色の指先で辿り、少女は心配そうな顔でマグナを見詰める。

「俺、とても懐かしい気持ちを覚える女の子を助けたんだ。妹も同じ感じがするって言ってる。女の子は悪い奴等に狙われていて……助けてあげたいのに、力が足りない。
兄弟子も気落ちしてるし。皆の支えになってあげたいのに、俺は何も出来ない」

歯痒い。悔しい。

行き場のない憤りがマグナの胸中を駆け抜けた。
少女は撫でていたマグナの手を己の頬に手を当て目を閉じる。

「焦らないで、自分を責めないで。暗い気持ちで得た力は何時か自分を傷つける刃になる。今は少しずつしか強く成れなくても。大丈夫。
光を見失わなければ貴方はきっと大丈夫。一人じゃないのだから。
だそうです」

「でも! 俺っ……酷い奴だよ? 関係ない子供に八つ当たりして追い出して。謝りたかったのに逆に謝ってもらっちゃって。
なのに誰も俺を責めないし……ギブソン先輩もミモザ先輩も俺を……慰めるんだ」
遣る瀬無さにマグナは身体を震わせた。

少女は僅かに驚いて目を見張り、頬に当てたマグナの手を自分の手で繋ぐ。
繋いだ手に力を込めてマグナの額に己の額をつける。

「忘れないで」
慈愛に満ちた少女の瞳がマグナの揺れる瞳を捉えた。

「忘れないで、マグナ。貴方は一人じゃない、仲間が居る、家族が居る。何より、貴方自身が持つ光がある。
迷子になっても道を間違えてもいいの。最後の選択を間違えなければ大丈夫。もっと自分を信じて」
薄桃色の艶やかな唇が言葉を紡ぐ。
思ったよりも柔らかく、少し低めの少女の声音。

驚いたマグナの意識は何かに引き摺られ底へ底へと沈んでいった。

「まったく……カノンさんにはどう説明するのですか?」
マグナに眠りの香を嗅がせ、シオンがなんとも言えない顔で少女を見る。

「今は説明できぬ。暫しの間なら、汝も黙っておいてくれるだろう?」
決まり悪げにマグナとシオンを交互に見て、それから少女はきっぱりと言い切った。

「畏まりました。喜んで共犯者役を引き受けましょう」
深い眠りに落ちたマグナの身体を担ぎ、シオンが顔色を変えずに応じる。
「風向きが変わる……嫌な予感が、確信にかわりそうだ」
少女は風に揺らぐ蒼い髪を押さえ、輝く丸い月を見上げ呟いた。


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 名前変換一個もない……。ですがこれがマグナと主人公の現在の位置(笑)ブラウザバックプリーズ