『はかなき平穏2』



シオンが と話していれば、賑やかな喋り声と笑い声を振りまきながら到着する一団。
は声の方角を確かめ見つからぬ位置へ移動をし、カノンもそれに従う。

「ではわたしはこの辺りで失礼します」
シオンは をフロト湿原まで連れて行くまでが仕事。
後はマグナ達に不思議がられてはいけないので、大人しく撤退する。
「うむ。ミモザからの伝言、しかと受け取った。感謝する」
別れを告げるシオンに は小さく笑って感謝に気持ちを口にした。
「いえ、どう致しまして」
律儀に一礼してシオンは姿を消す。
身のこなし鮮やかに去って行ったシオン。

は目を細めて唇に微笑を湛える。

「さてと。ボク達はどうしますか?  さん」
一足遅いお弁当タイムに突入するミモザを筆頭としたピクニック御一行。

予め食事を済ませて来ているカノンは を振り返った。

はピクニック一行から離れた場所。
小高い丘の上を指差し歩き出す。
カノンも に倣い歩き出した。

「ミモザが言うには、相手も王都で堂々と事を起こせぬそうだ。よってどちらかが動くまでこう着状態が続く。断然こちらが有利なはずなのだが……面子があれではな」

派閥育ちのネスティ・マグナ・トリスを筆頭に。
長閑な村暮らしを満喫していたロッカ&アメル。
世間知らずオンパレード。

冒険者で一番ましなフォルテでさえ、あの黒集団相手に慎重になっている。
それだけ油断ならない相手なのだ。

「難しいですよね? マグナさんとトリスさんは派閥の任務中でしょう? 手柄を立てなければならない、見聞の旅。
滅茶苦茶な注文ですが彼等に拒否権はありません。保護者のネスティさんが大分煮詰まってますし」
書庫に引き篭もっているネスティを思い返し、カノンは苦笑いを浮かべた。

名前しか知らない『聖女捕獲目的の黒集団』を本で調べようというから恐れ入る。
本はリィンバウムにおいて重要な情報源であるが、全てを解決できるわけではない。

「キュウ〜」
の頭に鎮座するガウムも、ネスティの切羽詰った顔を思い出して身体を震わせた。

「アメルと縁を切ればネスティの当初の目的は達せられる。しかしながらネスティはそこまで非道でもない。
だが派閥の命令には従いたい……と、見事に矛盾しておるわ。割り切れば良いものを」

それとも。

ネスティが見せるあの暗い瞳そのままに、何か暗いものがネスティの胸の奥に潜んでいるのかもしれない。

 我が干渉できる範囲を超えておる領域。
 日々の生活を共にしてきたサイジェントとは勝手が違う……。
 短慮な行動は避けねばなるまい。

ミモザ達の気配から遠ざかり、 は己の立場を再確認。

「まぁ、我が事情を話せなかったように。彼等にも彼等の事情があるのだろう。深く追求は出来まい」
嘆息する の手をカノンは無言で握り締めた。
「ええ、分ってます。派閥の事をボク達は知らないし、召喚師見習いの日常も知りません。だから境遇に共感する事は出来ない。ただ見守るだけ、ですね」
足音が出ないフカフカの草のクッション。
足裏で感触を楽しみながらカノンが握った手に少しだけ力を込める。
「ああ。彼等が決意を固めるまでは、それと道を決めるまでは、な」
やや小高いが、周囲を低木に囲まれ発見されにくい丘。
低木を避ける為に迂回して歩きながら は真っ直ぐ前を見据えた。

 サイジェントと同じよ。
 尤もエルゴの了承は得ておる故、彼等が『決め』さえすれば、助ける事は可能だ。

 如何せん現在は葛藤の只中にある彼等に覚悟を求めるのは酷よ。
 憎まれ役を引き受けてでも、こちら側へ留めておかねばならぬ。

 向こうへ行ってしまったら、取り返しがつかぬのだ。
 しかも、アメルが我のマナ(魔力)に敏感に反応しおる。
 下手に刺激をしてもいけない……複合要素が多すぎて迂闊に行動を共に出来ぬわ。

丘の裏側から丘へ。
低木の間に身体を収め とカノンは足を投げ出して座った。

「なんだか正義の味方みたいですね。不謹慎ですけど、ちょっとドキドキします」
照れて微笑みながら、カノンが空いた片方の手で と自分とガウムを順に指差す。
「ふむ、正義の味方か。悪くないな。リューグもこちら側へ参入した事だし、少し仲間でも増やすか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ はカノンへ冗談を飛ばす。
カノンはクスクス笑いながら「今は必要ないですよ」と答えた。

湿原を駆け抜ける風は適度な湿度を孕み、座る ・カノン・ガウムの身体を優しく通り抜けていく。
時折風に乗って聞えてくる誰かのはしゃいだ声音。
空高く突き抜ける青色の空は目に眩しくも心には鮮やか。
正に心身ともにリフレッシュするには最適な湿原であろう。

「サイジェントの皆さんへ手紙、届いたそうです。ギブソンさんが教えてくれました」
呟くカノンの視線の先はネスティとバルレル。
予想外の行動を起こし、 の本来の姿を目撃した不届き者だ。

彼等がギブソン・ミモザの後輩でなければ。

 本当はもっと脅せたんですけどねぇ。
 まぁ、ボクの威圧に怯えるようならバノッサさんを呼ぶには及びません。
 ちゃんと見張っておけば大丈夫でしょう。

余談だがこの時、ネスティとバルレルは言いようのない恐怖に襲われたそうだ。

 難点は彼です。自覚されても厄介なので、このままで良いでしょうが。
 キールさん達の判断を仰いでからでも遅くはないですし。

カノンは視線をマグナへ移す。
鬼神とのハーフであるカノンを刺激する魔力の持ち主。

本人は自身を出来損ないと思い込んでいるが。
秘められた力は相当量。
自覚して訓練すればかなり強くなるのではないかとカノンは考えている。

これはサイジェントでエルゴの王を筆頭とする彼等と一緒に生活していたから得られる確信。

「兄上達はなんと?」
クラレットとカシスが に甘いのは周知の事実。
問題は事ある毎に の身柄を無駄に心配する兄達だ。

本人はさり気なさを装っているが、兄達を気に病んでいるのはバレバレ。
カノンは噴き出したいのを堪え黙って微笑む。

「無茶はしないように、だそうです。今は特に不穏な気配もないので、 さんの判断にある程度を委ねると。良かったですね、 さん」
「キュキュゥ〜」
の頭を撫で撫でするカノンと。頭の上で軽く跳ねるガウム。
「……むぅ、何故だ。素直に喜べん!!!」
頭上のガウムへ手を伸ばし、腕の中に収め悶えて は努めて低い声で言う。

 何故だ!!
 あの四六時中我の行動を把握しているキール兄上までもが、態度を保留とは。
 怪しいではないか!!

 バノッサ兄上は兎も角としても。
 心配性トウヤ兄上が黙っているとは……クラレット姉上とカシス姉上の入れ知恵か?

サイジェントでは城の仕事を放り出して逃走したキールをクラレットが捕獲し。
同じく慌てふためいてハヤトを呼び寄せようとしたトウヤに、カシスが制裁を加えていたりして。
中々騒がしかったが、 のお目付け役がカノンという事で一先ず騒動は落ち着いていた。

付け加えるなら、ミモザとギブソンの依頼でゼラムに行ったシオンが居るというのも大きい。
アカネが食材をシオンへ運ぶ道がてら、様子を窺ってくるという計画もある。
知らぬは本人ばかり。

口先を尖らせた は外見通りの歳に見えて。
ガウムは の腕の中で身体を揺らしながらキュー(そんな事ないよ)という相槌を打った。

「ガウムの言う通りですよ♪ 信頼を寄せてもらって良かったじゃないですか」

 にっこ、にっこ。

擬音までつきそうなカノンの微笑みは何時もの笑顔。
なのに の腑には落ちない。
眉間に皺を寄せ親指の爪を噛みながら思案。

 カノンの言う通り、兄上達がわざわざ出て来る状況でもなし。
 無理にこちら側へ呼び寄せるつもりもないが。
 あの事件で混乱したサイジェントが一年を経て漸く落ち着いたのだ。
 姉上や兄上達の暴挙で混乱せぬと良いのだが。

 はぁ。

時間を経つごとに過保護度が増す異界の姉と兄。
面影を胸に浮かべ、 がため息をついた瞬間。
俄かに湿原が騒がしくなり、黒い集団がマグナ達を包囲した。

「ミモザさんの考えは大当たりですね。彼等も馬鹿ではないといった所でしょうか」
姿勢を低く保ち、カノンは近くに置いておいた剣へ手を伸ばす。

アメルだけを狙う黒い集団と、アメルを護るように集団の前へ立ちはだかるマグナ達。
剣戟の音や、召喚術が発動する光が見えて。
戦闘が始まった事を告げている。

「うむ。集団の頭は前回と同じく槍使いのイオスと、機械兵士のゼルフィルドか。今回はミニスもおる。戦力の分断もなし。五分五分くらいには戦えるであろう」
カノンの剣を掴む手の上に自分の手を重ね、 は結論を下した。
周囲に聞えないよう注意を払った小声で。

「そう仰るなら、成り行きを見物しましょう」
目線は眼前の戦闘から逸らさずに。
剣を掴んだ手を離し、カノンは へ矢張り小さな声で応じる。

突然の襲撃であっても怯まないマグナ達。
リューグの決意を引き継いだロッカも奮闘して、ミニス・トリス・ネスティ・アメルの召喚術もあり。

狭い通路を利用したマグナ達と、狭い通路に苦戦したイオスとゼルフィルド。
拮抗する戦いは僅かに競り勝ったマグナ達が勝利を収める。



「ゼルフィルド!! 構わない、僕を撃て」
問答の末、イオスの叫ぶ声がフロト湿原へ響き渡った。



Created by DreamEditor                       次へ
 この時点では敵が某大悪魔様とは誰も知らないので(笑)知っていたらサイジェントは大騒ぎ。ブラウザバックプリーズ