『封印の森にて2』



 完全に遊ばれているのかもしれない。

確信したネスティは脱力してその場へ座り込む。
悪魔の軍勢から逃れられた安堵感と、目と鼻の先に居る頼もしい存在。
一気に身体の力が抜けた。

「さて、バルレル。事情を聞こうか? アメルの祖母の家を訪ねると申しておったな? しかし森の奥は悪魔だらけ。この森は何なのだ」

魂を半分何処かへ飛ばしてしまったネスティと、未だ目覚めないマグナは放置。
はバルレルに近づき問いかける。

バルレルとしては面倒事は嫌いだし、神と名のつく存在も嫌いだったので。
横を向こうとすればエスガルドに銃口を突きつけられ。
エルジンからはサモナイト石片手の無言の脅迫を頂戴する。

 お、俺に拒否権はねぇのかよ!!!!

この場に居ないトリス達を恨めしく思い。
加えて使いモノにならない役立たず。
ネスティとマグナに憤るも。バルレル孤立無援である。

誓約がなければ逃げられるかもしれないが、この身体と魔力では分が悪すぎた。

「俺もあんまり詳しいわけじゃないぜ? この森を監視してきた召喚師のオンナが居て、そのオンナが言うには。ここはアルミネスの森だそーだ」
渋々口を開くバルレルに、 は腕組み。

「遥か昔リィンバウムへ攻め込んできた、大悪魔メルギトスの軍勢が居る森だな? 豊穣の天使アルミネが張った結界が壊され悪魔兵が溢れ出し。汝等は襲われたという訳か」

の最後の言葉は揶揄が含まれていて、バルレルはカチンときた。

「好きで襲われたんじゃねぇよ」

勝手にマグナとトリスがアメルの祖母の村を捜すと息巻いて。
勝手にアメルが結界を解いたのだ。

こっちは巻き込まれただけで、れっきとした被害者である。

ムッとするバルレルに とエルジンが小さな声で笑った。

「見れば分る。それで?」
は瞬時に真顔へ戻り、バルレルに話しの先を求める。
「あぁ!?」
機嫌が急降下するバルレル。
思いっ切りガラが悪い相槌を打ち、 をガンつけた。

するとエスガルドの銃口がバルレルの米神に突きつけられ。
が目にも留まらぬ速さで抜き放った銃口がバルレルの頭部を狙う。

「オメー、悪魔を脅すのかよ」
頬を引き攣らせてバルレルが皮肉を口にした。
「使えるモノは悪魔でも使う主義なのでな」
銃口をバルレルの額へ押し付け、ニッコリと は笑う。

「……あのオンナが言うには、テメーの爺さんから聞いた婆さんの村がこの付近にあるって。そう言うから、ニンゲン達はここら辺りを探索してたんだよ。
召喚師のオンナの案内でな。そうしたら急にあのオンナの身体が光って、結界と反応して結界が壊れた」

天邪鬼になってダンマリを決め込む事もできる。
だが、あの厄介な男に対処するには、この存在は役に立つ。
バルレルは素っ気無く経緯を簡単に説明した。

「ふむ、アメルの祖母の村がこの付近か……それで、アメルの魔力と結界が反応して結界が壊れたのだな」
バルレルの額から銃口を外し、再度懐へ仕舞いながら が呟く。

 アグラバイン、幼かったアメルの為に嘘をついていたのだな?
 ある程度の真実を混ぜて。

 まさか森で拾った子供とは言い出せず、方角だけ真実を混ぜ、誤魔化したのか。
 己がデグレアの軍人だったとも言い出しにくかったのだな。

しかも問題はアメルだけではない。
アメルを、アグラバインを狙った悪魔に殺されたロッカとリューグの両親。
あの双子にも真実を話すとなれば、心苦しかったのだろう。

アグラバインの胸中を慮り は小さく息を吐き出す。

「結界はちゃんと張れてるし、残りの悪魔は僕とエスガルドで退治してきたよ? この人達の仲間にはカイナお姉ちゃんがついて行ったから」
エルジンガもう一人のエルゴの守護者。
シルターンの鬼巫女・カイナの存在があることを へ告げた。
は目だけで分かったと合図を返し、森の奥へ視線を送る。

 禍々しい空気。
 単純に悪魔兵が眠るだけではない雰囲気がする。

 あの時、悪魔兵の一体はマグナを『ろうらー』と呼んでいた。
 憎しみと怒りを込めて。
 悪魔だけではなく何があるというのだ、この森に。

次にネスティを盗み見れば、ネスティは茫然自失。
助かった安堵感と、何かが隠し通せた安心感に、何かがバレてしまうのではないかという不安。
全てが入り乱れた顔をしてぼんやり宙を眺めている。

 ネスティが動揺したお陰で我にも感じられる。
 ネスティはヒトであってヒトではない。
 何故かロレイラルそのモノの気配を纏っておる。

 誰も彼も、心に一物か。

鉄面皮を保ちつつ乱れる心は隠せない。
ネスティの揺らぐ瞳にため息をつき、今度はもう一人。
バルレルへ腕を伸ばし は自分よりは少し小さいバルレルを抱き締めた。

「護衛召喚獣としてのプライドか、悪魔としてのプライドかは知らぬが。汝は無茶ばかりするな?」
の微笑みは見惚れるほどでも、背後の二人が怖い。

エルゴの守護者の割に狭量だ。
考えてバルレルは の腕の中に納まったままで口を真一文字に引き結ぶ。

「召喚主に似てしまったのか、気質かは知らぬが。
悪魔とて、いや? 魔王とて人の前では万能ではないのだ。気をつけた方が良いぞ」
しんみりした調子でバルレルへ忠告する の言葉は、多少のお節介が含まれる。

恐らくはバルレルの真価をトリスは知らず。
見た儘の小さな子悪魔としかバルレルを認識していない筈。
誓約の効果でバルレルの能力は半分封印されていたが、それでも相当の力を持った悪魔だと は察していた。

「はぁ?」
案の定。
バルレルが訳が分らない、と言いたげに眉間に皺を寄せわざとらしく大声で短く尋ね返す。

「我の兄上、バノッサ兄上は特殊体質でな。憑依が効かぬ。憑依が効かぬ上に、取り付いてきた相手の能力を吸収する力を持っておる。
悪魔や魔王に対して。丁度、去年も魔王を一体取り込んだのだ」
は、昨年のリィンバウムを揺るがそうとした大事件をさらっと語った。
「は……あぁ!?」
先程の皮肉交じりではなく、心底驚いたバルレルは。

 そういえばこの間(一年前)、中モノの魔王が姿を消して暫く見かけてなかったか?

なんて、自分の記憶箱をひっくり返し当時を反芻した。


「あれは凄かったよ! バノッサお兄ちゃん、強いのが更に強く成っちゃってさ」
当時を回想してエルジンが興奮気味に付け加えれば。
「りぃんばうむノ中デモ特ニ珍シイ特異体質ヲ彼ハ持ッテイル」
駄目押しのようにエスガルドが力強く断言する。

 まぢ……かよ。
 ニンゲンが悪魔の力を吸い取っちまうのか……。

咄嗟に の抱き締めからバルレルは逃げ出す。

やっぱりニンゲンは侮れないし、嫌いだ。
認識を新たにしたバルレルは意味不明瞭に呻き、その場に胡坐を掻いて座り込む。

この奇天烈な神様と本格的に会話をするのは初めてだが、想像以上に疲れた。
彼女と喋ると自分が常識人に思えてしまうから不思議である。

「リィンバウムは汝が考えるほど奥が深いのだ。ドスとファンタジーが同居できたり、革命と騎士道が両立したり。追い剥ぎと正義が同居しておったり。趣が深い」
座り込んだバルレルの頭を撫でて は何処か遠くへ目を向ける。

「……兎も角、世の中は広い。身体にはくれぐれも気をつけるのだぞ?」

トリスを逃し、自分は護衛獣としての役割を果たそうと。
最後尾を守っていたバルレル。

癖のある性格はしているが性根は曲がっていない。
悪魔という種族からすれば驚くほど大人しい性格もしている。

 こんなに傷だらけで強がりおって、ムキになる。
 トリスや仲間が心配するではないか。

 しかもデグレアにも目をつけられておるし。
 レイムというヒトの皮を被った魔物にも一目おかれておる。

 しかしRPGの王道を行くならこの先、デグレアの攻撃は熾烈さを増す。
 仲間のバルレルを中途半端に失えばトリスを筆頭に悲しむ者が出る。
 それを悟ればバルレルはもっと強く成れるというのに。

斜に構えたバルレルの態度を咎めるつもりではない。
蚊帳の外の気分をそろそろ捨てて、真剣に取り組むように は忠告したかったのだが。

「けっ、俺は召喚獣で悪魔なんだぜ? 殺されても召喚されれば直ぐに生き返る」
横を向き嫌味で返したバルレルの鼻先数ミリ。
光線銃が走り、背後の木の枝が地面へ落ちた。

「良いか? 無駄に怪我はするでない。種族など異界の神である我に何の関係がある?
仲間を心配するのが悪だというなら我がその性根を叩き直してやる」

 冗談ではない。

真剣に告げる の脅迫混じりの台詞に、バルレルは壊れた首フリ人形のように何度も頷いてみせる。

 根本的に生に対する知識が悪魔とヒトでは違うのか……。
 むぅ、異種族交流というモノは難儀なものよ。

殊勝な態度で へコクコク頷いてみせるバルレル。
は満足顔で踵を返しエルジンとエスガルドへなにやら喋りかける。
エルジン達との話が纏まると。


「では達者でな?」
なんて、来た時同様、唐突に。
ネスティとバルレルへ手を振ってから姿を消した。




Created by DreamEditor                       次へ
 ですがこの時点でまだバルレルはバノッサの能力に対しては半信半疑。という感じの納得です。ブラウザバックプリーズ