『デグレアの闇2』



ネスティに無体を働き皮膚の強度を調べ。
デグレアに向かう、寒さに弱い面々を採寸してコートを製作。
が手際良く準備をしたお陰で、召喚師を含む仲間は大いに楽をしていた。

尤もモーリンやカザミネ、バルレルといった基本的に鍛えている者達はコートなしで過ごしているが。

「矢張り用意しておいて正解ではないか」
勝ち誇った の笑みを横目に、ネスティは返す言葉がない。

項垂れるネスティと、お揃いのコートの話で盛り上がるアメル・トリス・ルウ・ミニス・カイナ。
片や、女性陣のコートのデザインの話で盛り上がる、カザミネ・フォルテ・レナード・シャムロック。

「君は直接的過ぎるんだ。もう少しあの時説明してくれれば……」
モゴモゴと寒さで固まる口の筋肉を使って、ネスティが小声で文句を言った。

雪と戯れるユエルと監督役のモーリン。

ケイナの肘鉄が卑下た笑いを浮かべたフォルテにクリティカルヒットし、雪に等身大のフォルテ跡がつく。
どこまで行っても賑やか(別名緊張感がないともいう)な仲間達にネスティは眩暈を感じる。

「だがマグナとトリスの名案なのだぞ? 汝も賛成したではないか」

軍事都市デグレアの内情を探る『デグレア潜入スパイ大作戦☆』
情報化社会が発達した地球では難しいが、リィンバウムで決行するならこの面子でも十二分に行える。
シオンとアグラバインの後押しもあり作戦に同意した とネスティだ。

「迷案かもしれないだろう?」

実行者がマグナとトリスとシオンと ……+己。
適任だと思う反面、不安が尽きない。

心配性だとか、慎重すぎるといわれても心配なものは心配なのだ。

らしくなく、ムキになってネスティが反論すれば は黙り込む。

「……矢張り戦略データベースをインストールするか? 良いソフトを調達できるが」

知識だけは先祖代々持っているくせに、役に立たない。
唯一役に立っているのがネスティ自身が持つ召喚術の才能だけ。

引け目に感じているなら助けになろうという なりの親切である。
かなり大きなお世話的要素を含む。

「気持ちだけ受け取っておくよ。知識より経験だと思うからな」

やろうと思えばソフトのインストールも出来るだろうが。
冗談じゃない。

融機人といっても人間に近い種族で、機械ではないのだ。
種族の出自を気にしなさ過ぎる が出す提案はネスティの心臓に悪い。

ネスティは遠まわしに断った。

「ふむ、殊勝な心がけだな」
単純に知識に頼らず自力で頑張る。
返答を好意的に受け止めた が、ニッコリ笑ってネスティへ言う。
「……はぁ」
凍える空気に白い息を吐き出し、ネスティは特注コートを更に身体へと巻きつけた。


雪が音を消す、気配を消す。
淡雪のように降り積もる雪と、想わぬ対面を果たした故郷を前に顔を歪めるアグラバイン。
真っ白いコートに身を包んだ は、ネスティからアグラバインの傍らに移動しデグレアの強固な城壁を眺めた。

「この都市を象徴するような壁だな」

肌を切る冷たい風が頬をなでる。
寒さに鼻の頭を赤くする と、顔色が変わらないアグラバイン。
が息を吐き出す度、大気に白い塊が出来上がる。

「元老院議会が強い発言権を持ち、結婚、就職。……果ては移住ですら彼等の許可を取らなければならん。全てが管理された都市だ」
郷愁と嫌悪。
ない交ぜになるアグラバインの胸中は複雑だ。

 音が僅かに乱れておるが、気丈だな。
 アグラバインは。
 護るべき者を手に入れた戦士だけが放つ美しい音色。
 バノッサ兄上や、イリアス、レイド、ラムダと似た音だな。

サイジェントの家族や友と違う、バラエティーに富むゼラムの仲間達の音色。
一番乱れていたマグナが落ち着いた現在、 が気にするのはルヴァイド達の音色である。

「狭義だな。権力で、力で人を縛れば反動が出る。上に立つ者が余程の人格者でない限り、賢明な政とは到底思えぬ」

明確に区分けされたリィンバウムの身分制度。
良いとも悪いとも言うつもりはない。

ただ悲劇を繰り返す連鎖を生み出す、その低俗な仕組みには反吐が出る。

少しばかりの嫌味を混ぜた の発言に隣のアグラバインが苦笑する気配がした。

「良くも悪くも、保守的なんだろうさ。先達が作った掟を守っていれば、少なくとも自分の保身が叶う。
より良いものを取り入れ、足元を掬われるよりかは……遥かに魅力的な毎日が送れるのだろうな」

唇の端を持ち上げアグラバインが感情の篭らない声音で言う。

「変革には痛みを伴う。良いも悪いも齎す。難しいな」

見守ってきた地球も多くの血を流し、涙を流し、叫びを流し、憎しみを、悲しみを流した。
こうして得たモノはほんの僅かで。
今も地球から争いが耐える事はない。

 我がどうこう口を挟めるレベルではないな。
 街の政と、国のシステムへの意見ではレベルが違いすぎる。
 さて、マグナ達の準備が整ったことだしそろそろ行くか。

ユエルとミニスが何時の間にか雪だるま作りを始め、ロッカとレナードが渋い顔をして。
それでも二人を手伝って雪だるまを作る。
光景だけは微笑ましいソレへ一瞬目を送り、 は踵を返した。

……もし……」
気配を消した へアグラバインが、名を呼び。
何かを言いかけて口を噤む。

率直なアグラバインらしくない態度である。

 分かっておるわ、アグラバインよ。
 汝も深く悔やみ、悩み、迷い。
 常に背徳と嘆きの狭間で苦しんできたのであろう。
 我で代理になるか微妙ではあるが、汝の気持ちは我が連れて行こう。
 汝の親友の元へ。

ルヴァイドの悲痛な訴えに、それでもアメルを護ると斧を振るった老兵。
いや、猛将と呼ばれた当時そのままの戦いぶりを見せたアグラバイン。

彼の内に秘めた驚きと嘆きを悟れない ではない。

「汝の親友の墓、時間が許すなら我が参ってこよう」
アグラバインを顧みず、その凛とした姿そのままの言動は驚くほど鮮やかで。
小気味良い。

涼やかに言い、マグナ達へ歩み寄る の背中へアグラバインは深々と頭を垂れた。





たどたどしいトリスの足取りをフォローしながら、スパイ組はデグレア内部に侵入。
本音を言うと、拍子抜けするくらい簡単に侵入できた。まるで。
「……気に入らぬな」
元老院議会も開かれる城の前。
物陰に隠れ、周囲の様子を窺いながら は鼻を鳴らす。

「ええ、おかしいですね」
忍装束に身を固めたシオンも静か過ぎる都市に眉間の皺を寄せた。
マグナは物珍しい雪国都市の街並みにキョロキョロと周囲を窺ってばかりいる。

「トライドラやスルゼンと状況が酷似している。不気味な位、人気がない。幾ら軍事都市とはいっても誰かしらは歩いていそうなのに」
マグナの耳をさり気なく抓み上げ、ネスティは真顔で応じる。
「ネスの言う通りだ。人の気配がない。我が感じる限りでも人が居る風には思えぬ。トリス? どうしたのだ?」
「あ、うん。なんかちょっと耳鳴りがしてて……どうしたのかなぁ」
は途中まで喋り、両手で耳を押さえるトリスへ話しかける。
手で耳を押さえたままトリスは眉根を寄せた。

 トリスの背後に見える人影。
 彷徨える魂の音色、憂いを残した誇り高き騎士の音が聞える。
 トリスも音の端っこを捉え、それを耳鳴りと表現しておるのだろう。

何度か瞬きをし、 は徐に己の姿の封印を解いた。

流れ落ちる蒼い髪と、周囲を漂う淡い青い光。
背中から出される羽も蒼。
桃色に色づいた の唇が、何かを囁き。
囁きは風に乗って流れていく。

 異界で我の世界の古の言葉が通じるか分からぬが。
 我の声が聞えるなら応じ、姿を見せよ。
 汝が訴えたい事を我でよければ聞き届けるぞ。

の羽が起こす微風が神の魔力を運び、嘆きの歌を奏でる騎士の魂へと運ばれる。
最初は にしか視えなかった魂が影となり、透き通る身体を持った一人の人間の形を形成した。

見守っていたシオンは僅かに目を見開き、マグナとトリスは口を開けて固まり、ネスティに至っては何も無いところでコケる。

、すっごい。すごい特技だね、ねぇ? マグ兄! 羨ましいなぁ〜」
「うん。 って霊能力もあるのかな? 幽霊を呼び出すなんてさ」
トリス→マグナの順に的外れの発言がなされ、ネスティは危うくもう一度コケるところだった。

当の はケロッとしたもので、直ぐに姿を再封印して騎士の幽霊へ歩み寄る。
騎士もこちらを『認識』出来ているようで、 と何やら喋り始めた。

さんは相変わらず頼もしい方ですね」
内心でどう考えているか不明。
シオンは営業スマイルを浮かべ、マグナ・トリス・ネスティに話しかける。

マグナとトリスは喜々として同意し、ネスティは素直に を凄いとは思えなかった。

人としての常識が通用しない彼女は、ネスティの脳の許容範囲を大きく超えている。

「シオン、マグナ、トリス、ネス。どうやらデグレアも召喚師により陥落しておったらしいぞ。彼の名はレディウス。
ルヴァイドの父親でアグラバインの親友、そして悪巧みを働いた召喚師達によって非業の死を遂げた騎士だ」
が全員を手招きした。

シオン・マグナ・トリスは の言葉に従い、自称レディウス氏の元へ駆け寄る。
ネスティだけが現実逃避を起こし気を失う寸前だった。



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