『デグレアの闇1』



ネスティは落ち着き払ったフリをして、眼鏡を一回顔から外し、もう一度かけた。
「……」
非科学的だと声を大にして騒ぎたいが、ここは軍事都市デグレア内部である。
軽率な行動は出来ない。

ドクドク激しく波打つ心臓に『落ち着け』と必死に念じ、ネスティは仁王立ちしながら幽霊と会話する彼等を呆然と眺めていた。





ネスティ=バスクは人生最大の危機を迎えていた。

ファナンのモーリンが所有する道場。
なんだか愉しそうなフォルテとレナードの視線と、複雑そうなトリスの視線。

殺気立っているマグナの視線に、黒いモノを感じるアメルの視線。

それから。
それから、好奇心に輝く とユエルの瞳。
ミニスに至っては傍観とばかりに、ロッカやリューグと一緒に遠巻きにネスティを見ている。

「どうなのだ? ネスティ」
冷や汗を掻くネスティにずいと詰め寄る
「見たい見たい!!! ユエルも見てみたいっ!! あ、オルフルは耳と尻尾が綺麗だってよく言われてるんだって!! 爪も自慢だよ!」
両手を組み、お強請りポーズをとりながらユエルが付け加えた。
彼女の抑え切れない好奇心、青い尾尻が激しく左右に揺れる。
「み、見世物じゃないんだぞ」
開口一番 に『融機人の肌が見てみたい』と請われたネスティ。

無論、最初は丁重に断ったのだが、 は一歩も引かない。
途中ユエルまで味方につけ、二人で縋る視線をネスティへ送り続けて現在に至る。

「いいじゃん。わたしだって、この間ネスの肌見ちゃったし」

どうしてネスティが頑なに拒むのか分らない。
トリスに地球の常識があったなら『逆セクハラ』だと理解できただろうが。
生憎トリスはリィンバウムの生まれである。

ケロッとした顔で爆弾を投下したトリスの一言に、道場の空気が凍りついた。

「「「ずるい」」」
間髪いれず とユエル、マグナも加わったハモりが道場に響く。
「……あれは不可抗力だ」
とユエルから目線を逸らしてネスティは苦い声で言いきった。

だいたいノックも無しに部屋へ乱入してきたトリスの暴挙を、どうやって事前に止めろというのか。
無邪気に育ちすぎた妹弟子の教育方針を、ネスティは今更ながらに後悔する。

「え!? 不可抗力なの!?」
そこへ場違いにトリスが驚き。
「君は馬鹿か!!!」
何時になく気合の篭ったネスティの怒号が飛ぶ。

事態をニヤニヤ笑って見ていたバルレルはついに吹き出し、ハサハは我慢できず の隣へ駆け出した。

「(くいくい)」
ハサハは の着物の裾を掴み、マグナを指差す。
「どうしたのだ? ハサハ」
「おにいちゃん、おねえちゃんを『のぞき』したの」
屈んだ に合わせ、マグナを指差していたハサハの指先がアメルへ移る。

今度は余裕を保っていたロッカとリューグが固まり。
ネスティとトリスの白い目線がマグナへ飛んだ。

先程と違った意味でシンとする道場。

「ああ、あれは不運な事故ですよ。あたし気にしてないし」
言外に『マグナじゃ数に入りません』と告げるアメルの極上の笑顔。
瞳には『これ以上無粋な詮索をしたら許しませんよ』とも書かれている。

「の、ののの、覗きって!! 俺だって別に見たくて見た訳じゃぁ……」
平然とするアメルと対照的。
どもって言い訳を口にし、両手を交差させるマグナの顔は真っ赤だ。

咄嗟に本音を織り交ぜるマグナに、アメルが笑みを黒くする。

ビビッたマグナが息を気管に詰まらせて盛大に咳き込んだ。
暫しマグナとアメルを交互に見た は小首を傾げる。

「天使の生まれ変わりと、その原因の子孫だが。生まれはどうあれ、我は二人をお似合いだと思うぞ?」
が放つ仲間想いの真摯な発言。

発言というより核弾頭並みの衝撃だとはレナード談であるが、道場は真冬並みの寒さに包まれた。

シーン。
水を打ったように静まり返る。

他意はないと分かっていても、あれだけマグナがアタック? しているのに、毛の先程も分っちゃいない

バルレルが思わずマグナへ同情の視線を送った。
ハサハは勝ち誇った笑みを浮かべて胸を張っている。

「アメルとマグ兄が!? お似合い???」
両手を頬に当てトリスが『ムンクの叫び』のポーズをとって仰け反る。

「いやだ、 ったら♪ あたしの理想の男性とマグナとじゃ、大きな差があるのよ」

 ふふふふふ。

笑う姿は愛くるしいのに、アメル、滲み出る何かは隠せない。

「そうか。それは余計な口出しをした」

アメルの行動や、マグナの言動を見てそう感じたからこその言葉。
どうやらソレは友情に近いものであって愛情ではないらしい。

己の早計を素直に認め、 はアメルに謝った。

「ちっ」
舌打ちしたハサハの残念そうな顔を見なかったことにして。

マグナは のまん前まで高速移動(ダブルムーブ並)。
床に額をこすりつけて土下座を始める。

「ち、違うんだ ! 俺が単純に無遠慮でノックしなかったから……」

 誤解しないでくれ。

喚いて を拝み倒すマグナ。

静かに槍と斧を手に取った背後の、ツートンカラー双子も十二分に怖いが。
に勘違いされることが一番怖かった。

アメルの気丈さに励まされた事も多々あったし、心強い仲間としては信頼している。
友達としてのアメルは大切に想っているから、嘘はないけれど。
それでも自分が を気にするのとは意味合いが格段に違うのだ。

「誤解? 何を誤解するのだ」

 アメルは何故か怒っていて、トリスは慌てていて、マグナは焦っておる???
 何時にも増して皆の音が乱れておるな。何なのだ??

周囲の気温が上がったり下がったり忙しい。
友愛の感情には敏くとも、恋愛感情には疎い。疎いというか致命的に無知。

しかもサイジェントである種純粋培養された 、鈍すぎて逆に性質が悪かった。

「や、アメルと俺は目的を同じとする大切な仲間……どっちかっていうと、感覚的には家族なんだよ」
必死の形相で言ったマグナの背後。
ツートンカラー双子が静かに武器から手を離す音がして、ユエルがミニスに『覗き』の意味を問い質し困らせせていた。

「ふむ、まぁ、話は脱線したがネスティ。男のクセに潔くないぞ? これから雪国へ赴くのにウイルスに弱い汝の肌が何処まで持つか。調べなければ判断がつかぬ」
言いがてら はスライムポッドを召喚。
あろうことか、ネスティへ憑依させ動きを封じる。

これは の作戦勝ち。

「ひ、卑怯だぞ」
一歩一歩しか動けない。
渇いた唇を動かしネスティは を非難した。
「汝が素直に応じないからいけないのだろう? デグレア探索時に風邪を引かれても治療できぬからな。観念せい」
ニヒルに口角を持ち上げる の手がネスティへ迫る。

荒療治でもあったけれど、ネスティが無意識に作り上げる種族の違いに所以する壁。
を、 は早く取っ払ってしまいたかった。

 人と違うからといって一歩引かれた態度を取られるのは好かぬ。
 この際、恥でも曝して開き直れ。
 その点、アメルは……微妙な開き直りを披露したな。

「な、なんの話なんだ!?」
腕の防具が、 によって取り外された格好でネスティは背後のトリスへ叫ぶ。

「あ、わたしとマグ兄が提案したの〜。守ってばっかいないで、一度デグレアを探ってみようって。シオンさんも協力してくれるって」
トリスが片手を挙手してネスティへ答えた。

不可解なデグレアの動き。
守っていれば敵はやり過ごせるが、何時までも受身ではいられない。
前向きになると決めたトリスは、マグナと相談して『デグレア潜入スパイ大作戦☆』を計画した。

無論二人だけで煮詰めるには不安で、素案を作って とシオンに縋りついたのは言わずもがなである。

「デグレアを探る!?」
さらっと喋ったトリスの台詞が信じられない。
ネスティは思わず裏返った声音でもう一度叫んだ。

その間も の手によって着々と衣服が剥がれている。

「うん。いっつも向こうから敵が来るばかりで、俺達はデグレアの事を知らないじゃないか。それもいけないって思うんだ。
レイムを筆頭とする召喚師達の、あの憑依召喚術も手ごわいし……それに、アグラ爺さんも良いタイミングだって。太鼓判押してくれたよ」

トライドラを落とし、ファナンへ狙いを定めている今なら。
恐らくはデグレアへも侵入し易い筈だ。

アグラバインにも意見を求めたマグナは、こう返答を貰った。

「デグレアは谷深く寒い地域だとアグラバインから聞いた。この場にいないメンバーも採寸してコートを作る予定となっておる。諦めよ、ネス」
ネスティの愛称を最後に言い、ニッコリ笑う の笑顔は愛くるしい。

本来の姿を知っているネスティは咄嗟に から視線を逸らす。

脱力するネスティと、兄弟子を羨ましがるマグナの姿が道場で展開されていた。




Created by DreamEditor                       次へ
 コンセプトはお代官様(主人公)と娘(ネス)時代劇風に(大爆笑)
 ゲームでは皆さん普通に服着てましたけど、あれじゃぁ寒いでしょう……デグレア雪国風だし。という前フリ。
 ブラウザバックプリーズ