『誰がための剣1』




レイムの揺さぶりはあったけれど、概ねファナンの人々は落ち着いている。

朝稽古を終えたモーリンは自分の肌でそれを感じ。
改めて へ複雑な感謝の念を抱いた。

レイムの意図を逆手にとって撃退した手腕は鮮やかだが。
容赦ない攻撃を戦いぶりが、外見の可愛らしい姿を裏切る。良くも悪くも。

「どうしたの? モーリン」
なんともいえない顔でモーリンが息を吐き出した時、朝食当番だったミニスが台所から顔だけを出した。
「ミニスかい……そういえば、ミニスはサイジェントで と会ってるんだよね」
水を汲もうと井戸前に立ち、モーリンは思い出してミニスへ尋ねる。
「ええ、そうよ」
ミニスが頷き、足にサンダルを履いてモーリンの居る井戸前まで近寄った。

何かを聞きたそうなモーリンに気がついて自分から行動を起こす。

 フィズや 、トウヤにハヤト。
 皆に出会ってなければ、わたしもこんな風に大人に成れてなかったかも♪
 わたしってすごーい!!

多少の誇張が含まれるミニスの自己評価。

知らないモーリンは縄を手繰り寄せ桶から水を汲み出す。
腰に下げたタオルを水に浸し、手早く絞って首筋を流れる汗を拭いた。

って良い意味で自分に正直で、不正が嫌いなの。 もレナードと一緒の名も無き世界から召喚されたのよ。 と一緒にトウヤとハヤトっていう二人も召喚されてたわ」

シルヴァーナとの出会い。
フィズとの喧嘩、誘拐未遂。
の説教とトウヤの困った顔にハヤトの慌てた顔。

優しいトラブルメーカーを思い出し、ミニスも表情を和らげる。

「へぇ〜、 やレナードと同じ世界の出身者かい?」

の姿と出身地の違い。
知っている者以外は全員驚いた。

言葉遣いと立ち姿からシルターンだと勝手に全員が思っていたからである。
その同郷が居るとは初耳で、汗を拭きながらモーリンは相槌を打つ。

「うん。向こうはこっちとは違って不思議な世界みたい。わたしも詳しく聞かなかったけど、戦争とかはあんまりないんだって。召喚術も。
普通、知らない世界に連れてこられたら誰だって混乱するのに。 も、トウヤも、ハヤトも。リィンバウムの習慣をきちんと勉強してたっけ」

目が笑っていないクラレット監修の元、必死に机に齧りついていたハヤトの悲鳴が脳裏に蘇る。
ミニスはクフクフと込み上げる笑いを抑えながらモーリンへ説明した。


がね? 郷に入ったら郷に従えって。つまり、リィンバウムの理屈を理解してから、変だと思った事に異議を唱えれば良いって。最初にトウヤとハヤトを叱ったらしいの」

あの時 は完全に男の子扱いで、誰も疑ってなかった。
今は逆に女の子扱いが自然になった

少なからず戸惑い、でも変わらぬ の態度に。
どっちの も同じなんだとミニスが納得できたのはつい最近の事である。

「変だと思った事?」

「えーっと、召喚師がやたら偉そうにしているのが不思議だったり。
税金が重いのが理不尽だって思ってたり。
反乱分子の起こした暴動を生ぬるいって斬って捨てたり。
はぐれ召喚獣を道具として乱暴に扱う連中に腹を立てたり。
まぁ、色々不思議に映るんだって」

指折り数えるミニスに、モーリンは汗を拭う手を休めた。
理不尽を理不尽と叫ぶ前に、世界の成り立ちを学び知識を得る。

知って喧嘩を売るのと、知らずに喧嘩を売るのでは格段に違いがでるだろう。
の聡明さに改めて感嘆の息を漏らす。

「ふぇ〜、あたいにはとうてい出来ないよ」
口が出るより手が先に出る。
がさつに育った自分とは天と地ほどの差があるように感じる。
モーリンが首を何度か横に振った。

「当たり前でしょう。 には の良さがあって、モーリンにはモーリンの良さがあるんだから。
同じ人間が居ないから譲り合って支えあって生きていけるんじゃない。……って実は、 の受け売りなんだけど」
小さく舌を出すミニスの額を軽く突いて、モーリンはやっと笑顔を浮かべる。
ミニスなりの遠まわしの励ましと好意。モーリンは嬉しく感じた。

「モーリン? ミニスも? ……なんだ、そこにおったのか。捜したぞ」
ミニスと二人してクスクス笑い合っていると、噂の人が顔を出す。
余りのタイミングのよさに堪えきれずミニスとモーリンは盛大に笑った。

「???」
大きな目を丸くして不思議がる の表情が尚笑いを誘う。
は凄いねぇ〜ってモーリンと話してたの」
小首を傾げた にミニスが笑いながらこう言った。

「何を言うか。単身修行の旅に出ておるミニスや、ファナンの下町の治安を一人で守っていたモーリンの方が余程凄いではないか。
我は至らぬ部分を仲間に補っていてもらったのだからな」
生真面目に言い返す の褒め言葉。

基本的に表裏の少ない が放つ賞賛はなんだかくすぐったい。
そして 自身が無自覚なその偉大さに気付けないのが、更に可笑しい。

「あ〜、嬉しいけど複雑だねぇ、ミニス」
照れて頭を掻きながらモーリンが隣のミニスに同意を求める。
「うんうん」
澄まし顔でミニスも頷く。

「はぁ? ……よく分からぬが、アグラバインが皆に話があると申しておった。殆どの者が道場へ集まっておる故、モーリンもミニスも道場へ足を運んでくれ」

アグラバインが覚悟を決めて甲冑を纏った時には驚いたが。
戦列に加わりたいと言ってきたアグラバインの気持ちを察し、マグナが全員を道場に集めている。

その手伝いをしてモーリンを探していた は本来の話題を持ち出した。

「あいよ」
自分で固めた拳を自分の手のひらで受け止め、モーリンが最初に答え。
「はぁ〜い」
ミニスは片手を軽く上げて了承の意を示す。

二人へ伝言を伝えたが、あの態度が釈然としない。
首を捻り捻り、 は元来た通路を通って道場へ移動した。





全員が揃った道場でアグラバインの決意を聞き、高まる絆に感動するマグナ達を襲うのはデグレア侵攻のニュース。
ファナン間近まで迫っているデグレアの軍。
ファナンの守りはファミィを筆頭とした金の派閥へ任せ、マグナ達は街道へ急ぐ。

「で、どうしてあーなってるんだ!?」
「さぁ……どうして、なんでしょうね?」
事情を知らないフォルテが首を傾け、同じくケイナも弓を構えたまま眉間に皺を寄せる。

久方振りのルヴァイド達との再会。
ジーっと見詰め合うのは とゼルフィルド。
互いに相通じるモノがあるのか、三分前から見詰め合ったまま微動だにしない。

「ねぇ? リューグ。リューグなら があの機械兵士と仲が良い理由、知ってるんじゃない? あたし知りたいな」
猫撫で声で言い、リューグの肩に爪を食い込ませるアメルの形相は筆舌にし難い。

ひゅっ、と不自然に酸素を肺へ取り入れリューグは凍りつく。

「お、落ち着いてアメル!! まだ『そう』だと決まったわけじゃないんだし」
背筋を伝い落ちる冷たい汗。
リューグが恐怖体験を満喫していると、天の助け。
トリスがアメルの肩を叩き宥めに掛かる。

「そうだけど……あたし、 が心配で」
俯いて悲しそうに言うアメルは可愛いのに、素直に可愛いと思えない。

リューグは大きく息を吐き出して何度か深呼吸をした。

「アメル、吹っ切れすぎだよね」
ルウもアメルの雰囲気が怖かったせいで、身体に鳥肌を立てながら小さく震える。

「女性が逞しいのは今に始まった事ではござらんよ」

 ふっ。

思い当たる節があるのか、カザミネが遠い目をして悟った顔。

この時のカザミネの脳裏に浮かぶのはリプレを筆頭とした、サイジェントの女性達。
クラレットと良い、セシルと良い。普段は穏やかなのに一度キレたら手がつけられない。
武士道を学んだカザミネでさえ時折対応に困る暴走をみせてくれた彼女達。
この場に彼女達がいなくて良かったとしみじみ思うカザミネである。

「確かに……そうかもしれませんね」

 はああぁ。

シャムロックも経験があるのか、妙に納得した調子でカザミネへ言葉を返す。

「あははは♪  さんは相変わらずモテモテですねぇ」
パッフェルは銃口をきっちりゼルフィルドの間接部分に合わせ、その姿勢を崩さずに同じ後方支援組のレナードへ話題を振る。
「こりゃぁ……保護者達が神経質になる訳だ」
トレードマークのタバコが口から落ちたのにも気付かず、レナードは唖然として呟く。

の持つカリスマ性は十二分に理解していたつもりだが。
本人が無自覚だとしたら、周囲の保護者達の気苦労は耐えないだろう。
現場を前にして漸く理解する。

「早まるな! マグナ」
「おいニンゲン!! 落ち着け」
サモナイト石と大剣を片手にそれぞれ持ち、暴れるマグナを抑える貧乏籤組。
「こ、これが落ち着いていられるかぁああぁぁぁ!!!  〜!!」
バルレルとネスティはキレる一歩手前のマグナを止めるのに精一杯。

ハサハだけがちゃっかり の隣に立っていた。


Created by DreamEditor                       次へ
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