『お兄様の優雅な一時2』



 Q 『貴方にとってバノッサとはどんな存在ですか、またはどう見えますか』

 A
 『え? あ、うん。 のお兄ちゃんしてるとこが本当に意外。
 どんな存在って元敵になるの??』
 ミニス、気後れしながら。

 『兄としてああ在りたい一種のお手本ですね、僕とはタイプが違うけど』
 ロッカ、小屋の手入れの手を休めて。

  『はっ、あの妹にしてあの兄在りだろ』
 リューグ、明後日の方角を向きつつ素っ気無く。

 『はは、面白い兄妹だな。ああ見えてもあのお兄ちゃんは結構普通だと思うぜ』
 レナード、タバコをゆっくりふかす。

 『命の恩人です!! って、まだ“これから”の事になるんでしょうけど』
 パッフェル、突き抜ける青空を一瞬仰ぎ見て。

 『成長の可能性を間近で拝見して、生きる事は奥が深いと実感しました。
 是非アカネさんにも見習って欲しいですね』
 シオン、店の薬の在庫を台帳につけながら。

 『あんまり喋らないけどさ、うん、丸くなった。
 ていうか、元々はあんな風だったのかもしれないけどね』
 アカネ、シオンの監視の目を気にしながら。

 『モナティにとっては“らいばる”ですの!!
 ハヤトますたぁーに教えてもらいましたの!!
 ますたぁ〜、フラットに偶には泊まりに来て欲しいですのぉお』
 モナティ、自分で喋っておいてえぐえぐ涙ぐむ。

 『……あんまりエルカとは関係ないけど。害はないから良いんじゃないの?
の事もちゃんと守ってるみたいだし』
 エルカ、白い目をモナティへ向ける。

 『飲み仲間だぜ、案外話も通じるしな』
 スタウト、意味深にニヤリと笑う。

 『 にとっては必要な止め役だと感じます。その方が治安も安定しますので』
 サイサリス、顔色一つ変えず淡々と。




テーブルを彩る古びたランプ。
一輪挿しの花瓶に落とされたのは名も知らない小さな白い花一輪。

フィズかラミ辺りがスウォンにせがんで、ガレフの森に花摘みにでも行ったお裾分けだろう。

古びたランプの明かりに照らされる の顔を視界に入れながら、バノッサは再度回想に耽る。

あれも何時だったか。

樹を育てるという地味に無駄そうな試みを実践する、 のフォローをさり気なく行い始めた頃だったろうか。


バノッサは夕焼けに染まる の小さな身体……。
バノッサに対するあてつけなのか、矢張りボロボロに傷ついた が瞳を輝かせ一人荒野へ沈む夕日を眺めていた。

『一仕事の後は気分が良い』
の足元にはうめき声を上げる野盗。

白目を向いて倒れている者や、気を失い魘されている者もおり何があったかは一目瞭然である。
夕焼けを浴びて伸びたバノッサの影が の足元へ迫っていた。

『……』

 ジャリ。

自分が石を踏んだ音がして はこちらを振り返る。
は何度か瞬きを繰り返し、ニンマリ笑う。

『昔の癖は抜けぬものだ。追い剥ぎは正しいとは思わぬが矢張り金は必要だからな』

首を竦める の頬、切れて血が出てそれが凝固した傷跡。
バノッサはお世辞にもさわり心地の良いとは言えない自身の指で拭い、黙って の頭を撫でた。

『手前ぇには知恵が無くても、知恵がある奴には心当たりがあるだろう? 頼ればいい』
バノッサは暗に仲間を頼れと に伝える。

敵だった頃から見ていても、 は常に仲間に囲まれ楽しそうに笑っていた。
あのお人好し集団ならきっと を助ける筈だ。

『ああ、頼もしい知恵者なら沢山居ったな』
の揺らめく瞳に浮かぶのは似つかわしくない色。

孤独と拒絶と深い闇。
一瞬バノッサはこれが己の知る女神だろうかと訝しみ目を僅かに見張る。

そして得てしまった魔王の力が の心の表層に触れ全てを悟った。

 神は神。
 足掻いても人にはなれない、神と人とでは魂の在り方が違い過ぎる。
 大切な誰かがいても一線を引くのは役割が違うからだ。

 ハヤトとトウヤの行き方も決まった現在。
 曖昧にサイジェントに滞在する は深い孤独と戸惑いを抱えていた。

 在りし日のバノッサの様に。
 異質な力を持つから一線を引く、異質な力を持つから遠慮する。

『馬鹿だな、手前ぇは』

なんて不器用なのだろう。
なんて、なんて馬鹿げているのだろう。

神だから自分とは違って凄いのだろうと決め付けていたバノッサは、一気に気が削げ の頭を反射的に小突いていた。

『寿命は違うがあいつ等は手前ぇの仲間で家族だ。あいつ等は手前ぇより早く死んでいくだろうが、その思い出までは消えやしねぇんだよ。
……百年かして思い出話をしたくなったら俺とすればいい』

寂しいと助けて欲しいと。
なまじ賢いから心の折り合いをつけられず、しゃがみ込んで泣いているこの子は、そこらで親に捨てられ孤児になったスラムの連中と何ら変わりない。

改めて という存在を見直してバノッサは確信した。

他が『凄い』と云う程にはこの女神は『凄く』なんかはない。
単純馬鹿、なだけなのだ。

『?』
『魔王の力を取り込んだ身だからな、人よりは少し長く生きる』
ぶっきら棒にバノッサが言い捨てれば、 は目を丸くして、それから薄っすら涙を湛えてバノッサにしがみ付く。

嗚咽も漏らさず涙を零す を静かに抱き締め、矢張りその日は家に連れ帰り泊めてやったバノッサである。

誰にも見せない の内面の葛藤。
知ったからバノッサは を在りのままで捉えられる視野を手に入れたのだ。


それからだ。
バノッサが を『ただの妹』として認知し、遠慮も容赦もなく口を挟めるようになったのは。
バノッサの心の氷解を本能的に察して も素直になり。
喧嘩も仲直りも日常茶飯事の兄と妹がサイジェントに誕生する。

最初から全てが上手く回っていたのではない。
二人で、カノンも含め三人で時間をかけて作り上げた新たな絆、だ。


「前菜は季節の温野菜のフルーツソース仕立てに、川魚のマリネ。
アメルの差し入れの芋の冷たいスープ、メインは鶏肉のキノコソース添えと、リプレ差し入れの木の実入りパン。フルーツのタルトがデザートか」

告発の剣亭二階、本来なら倉庫になっているその場所のテラス。
バノッサと だけに開放される場所、テーブルに座り前菜の温野菜フルーツソース仕立てを眼下にバノッサはペルゴ直筆の品書きを読み上げる。

「バノッサ兄上、どうかしたのか?」
小さな口端にペルゴのフルーツソースをつけた が小首を傾げた。

バノッサは顔色を変えずテーブルに置かれたままのハンカチを掴み の口元を乱暴に拭う。

「いや、平和も悪くないと考えてな。自分の居場所を掴むために我武者羅だったあの頃と比べれば俺も丸くなったもんだ」

穏やかな時の流れがこの身に馴染む日が遣ってこようとは。
意外だけど悪くない。
自分を否定せず、このままの自分で良いと。
いやこんな自分でなければ出来ないモノを幾つか手に入れた。

クラレットの暴走もキールのマジ切れも。
最近では聖女の暴挙も止める役割を持ってしまった『兄』の苦悩は果てしない。

一年と少し前の、何も無い破壊するしかなかった自分と比べれば遥かにマシだ。

「厭なのか? 今の状況は」

上目遣いに自分を見上げるこの傍若無人が、どれだけの不安を持っているかなんて。
他の誰かに分かるだろうか?

バノッサは腹裡だけで考える。

「いや、大人になれたモンだと我ながら呆れてるところだ。俺らしくもねぇ」
忌々しい口振りなのに表情は穏やか。
ちぐはぐな態度でバノッサは嘯きフォークに刺さった温野菜を口に運ぶ。

「我はそんな所がバノッサ兄上らしいと思う」
は答え、茜色に染まる北スラム方面へ目を向けた。

ポツポツと人が定住し始めている北スラムは、南スラムほどではないけれど治安も安定してきている。
フラットみたいな温かさとは違う少し突き放した雰囲気を持つ北スラム。
バノッサの独立独歩を旨とした生活が凝縮されたその空気は のお気に入りの一つだ。

「……全てが丸く収まった訳ではないが。この景色は変わらないで欲しいと願う」

が所々に植えた植物の樹が葉を広げ、天へ向かって成長を続けている。

バノッサが一人修理した道や壁も形になってきた。
南スラムとは趣の違う集落へ北スラムは変貌を遂げつつある。

グラスを掲げたまま は北スラムを見下ろした。

「そう簡単にあの事件は風化しません。だから街は悪い方へは変わりませんよ、 さん。人の目と神の目では目線が違うでしょうけど」
そこへペルゴがマリネの皿を持って二階へ上がってくる。

温野菜サラダの皿を下げ、代わりにマリネの盛られた皿と取り皿をテーブルへセットした。
バノッサはペルゴに目配せして彼の発言に感謝の意を示す。
ペルゴは無言で会釈し、次の料理の支度にかかるべく階下へ降りて行く。

「遠い先を心配するより目先の楽しみを味わえ、色々心配しすぎだ」

神の視点を持つから未来を見据えて動こうとする。
貧乏性の に釘を刺しバノッサはペルゴが腕を振るったマリネを取り皿に分配。
の分を彼女が座る側へ置いた。

「善処する」
口先を尖らせた はフォークを手に取り、バノッサが取り分けてくれた魚のマリネに挑み始める。

花びら状に盛ってある魚のマリネも程よく味がつき、口当たりは優しい。
ペルゴやサイジェントの住民が得た安定感を、 はマリネからも感じる事が出来た。



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 2ではいきなり兄として慣れてきたバノッサさんが出てきましたので、その過程を回想方式で(笑)
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