『お兄様の優雅な一時3』




食べ終えた頃合を見計らって運ばれてくるペルゴの給仕は百点満点以上。
二人は誰にも邪魔されず? 夜空だけを仲間に食事を楽しむ。

『兄妹喧嘩』の後の『仲直り』
ペルゴが用意した告発の剣亭の特等席でのディナーを。

「優しい味がする、アメルが作ったものだから余計なのだろうか?」
アメル差し入れの芋の冷たいスープ(冷製スープ)を銀色のスプーンで一匙。
掬って慎重に口へ運び は表情をほころばせる。

「かもな」

動揺するマグナを宥めるトリス。
顔を向けなくても空気の流れと気配で手に取るように分かるクレスメントの双子。
少しは静かに出来ないのか。

バノッサは悪態を喉元へ押し込めて に相槌を返す。

十五分ほどしてペルゴがメインは鶏肉のキノコソース添えと、リプレ差し入れの木の実入りパンを持ってやって来た。

「悪いがもう一杯食前に出してもらったジュースを頼む」
バノッサがペルゴに飲み物を追加する。

「畏まりました」
ランプのオレンジ色の明かりに照らされたペルゴの目尻が下がった。

頬を撫でて過ぎる風が二人の間に心地良い沈黙を落とし。
黙り込む二人にペルゴが飲み物を運んでくる。
バノッサと は飲み物のグラスを合わせた。
チィン、という涼しい音をグラスは奏であう。

「来年の春祭りのアイディアを募集したいとキールが言っていたが」
バノッサがメインの鶏肉にナイフを差し入れ、弟に頼まれていた話題を口に出した。

自分からマグナ達へ訊けば良いのに牽制を込めて妹に頼むキール。
大人気ない。
城の摂政補佐として働くキールは相も変わらずの頭脳労働派。
女性あしらいも、妹にちょっかいを出す馬鹿あしらいも日々上達しているキールである。

「そうなのか? では今年参加するマグナ達にも尋ねておこう。サイジェントの住民とは違ったアイディアが出るやもしれん。楽しみだ」

妹にキールの考えが見抜けるわけもなく、手を叩き純粋に計画を喜んでいる。
キノコと鶏肉を口に頬張り は幸せそうに表情を緩めた。

「あのヘラヘラ笑いの占い師と、アルバイトも呼んでやれ。占いとケーキ販売もすれば話題にもなると。これはカシスの提案だ」
バノッサは自分の意見を交えず次を話す。

ゼラムへ助っ人に行った折カシスはケーキの虜になっていた。

しかもこの間フラッと尋ねてきてアルバイト先のケーキを大量に振舞っていたパッフェル。
これでは駄目押し、である。
強請られたバノッサとしては妹の滅多に見せない我儘を苦笑で受け入れた。

クラレットもカシスも、一見自由そうに感じられるが本当は違う。

薄れてきたものの罪悪感は胸奥にこびり付いていて大なり小なり葛藤はある。
祭りに乗じて皆に幸せのお裾分けをしたいなら、すれば良い。
それでカシスの罪悪感が薄まるなら。

バノッサはこう結論付けていた。

「ふふふ、カシス姉上らしいな。メイメイの占いにパッフェルのアルバイトか」

兄妹の会話を愉しみ美味しい料理を愉しむ。
喧嘩の後の気まずさも薄まってきて、互いの緊張も解れていく……。

二人きりの食事を堪能する はさっきから気になっていることが一つだけあった。

が珍しくバノッサの顔色を窺いながら目を左右に泳がせる。
何かを言いかけて止める にバノッサは僅かに相好を崩した。

食事の済んだ食器を下げに来たペルゴになにやら耳打ちしてテーブルの上に肘を上げる。

「本当に今日はらしくねぇ、の大安売りだな。 、見え透いた嘘はつくな」
クツクツ喉奥で笑いバノッサが片眉を持ち上げた。

 ビクリ。

からすれば他の者には見抜けない、自身の戸惑いをしっかり兄に見抜かれ肩を揺らす。

「安心しろ、デザートはあいつ等も誘ってやるよ。家に持ち帰りにした。カノンに土産もナシじゃ悪いからな」
バノッサは意地の悪い口調で告げ の反応を待つ。

「バノッサ兄上……」
普段の不敵顔は何処へやら。
一気に幼くなった顔で目を見張る の姿が可笑しくて、バノッサは堪えきれずに肩を揺らし始めた。
小刻みだった肩の揺れが本格的に上下に揺れ始めるとペルゴがやって来る。

「何でもない」
不思議そうに へ視線を送ってくるペルゴに短く答え、 は口をへの字に曲げた。

ムッとした顔になる と肩を揺らし笑っているバノッサ。
珍しくない光景だけれど、久方振りに見るソレは懐かしさを覚える。

「……やっと帰ってきたんですね、全てが」
ペルゴはしみじみ口内だけで呟き、バノッサの依頼に応じるべく階下へ足を向けた。



バノッサと の仲睦まじい姿はこの街に来てから何度も目にしてきた。
違和感はない。
ただ喧嘩という現象があの二人にも起きるのか?
マグナとトリスは互いに 達から目線が逸らせず、立ち去れず、怪しい覗き人となってしまっている。

「ペルゴさんの料理って美味しそうだよね〜、良い匂いしてるし」

夕飯の時間は過ぎている。
ネスティの雷は覚悟の上。

トリスは親指の爪をガジガジ噛みながら眉を八の字に曲げた。

「本当、良い匂いだよな〜」
妹の言葉に応じてマグナも鼻をヒクヒク動かし、空気中に漂うペルゴ料理の匂いを嗅ぐ。

なんとも呑気な双子の肩をバノッサはそっと叩いた。
共々気配は完全に消して近づいているので、双子には気付かれていない。

案の定、マグナは飛び上がって驚き、トリスは驚きの余り腰を抜かしてその場に座り込んだ。

「見え透いた尾行して、何が楽しいんだ? キール、トウヤ、ハヤト。手前ぇ等もだ」
恐怖に震える双子を見下ろし、バノッサは物陰に隠れているオマケにも声をかける。

「やっぱりバレバレか……さり気にカシスは除外されてるし」

腕を上げお手上げと態度で現しハヤトが先ず出てきて、ハヤトの後をトウヤ、キール、カシスと続く。
バノッサの仕切りに は口を挟まず、バノッサの腕にびったりくっ付いていた。

「ところで今回は何が原因で喧嘩したんだい?」
キールが優しく に尋ねれば、 は酷くバツが悪そうな様子で俯く。

「俺があの森(迷霧の森)で雑魚(悪魔)還しをしてたら怪我をしてな」
顔を上げない妹の代わりにバノッサが事情を手短に説明。
マグナとトリスを除いた四人は瞬時に事情を把握して肩を落とした。

とは違う方法でバノッサはサプレスの住人をサプレスへ送り返す術を持っていた。
二重誓約によって相手を送還しなおす とは違い、バノッサの能力が発揮されるのはサプレス限定である。
バノッサが持つ魔王としての強大な魔力と自身の持つ本来の魔力。
瞬間的にサプレスへの道を綴れるほどの膨大な力。
コレを使ってバノッサは適度に弱らせた悪魔達を片っ端からサプレスへ送還、していた。

迷霧の森は相変わらず召喚術の開発の悪影響を受け、一般人が立ち入れるまでにはなっていない。
時折現れる悪魔が人を襲うのでイムラン達が城主に提案し、一般人は立ち入り禁止となっている。

「またその話題なの? 兄様も兄様だけど も飽きないね」
一気に脱力したカシスの心底呆れた声音だけが夜の告発の剣亭付近に響き渡る。

「大した怪我じゃないのに が騒いだんだろう? まったく…… だってバノッサの実力は知っているのに毎回懲りずに騒ぐから」
トウヤも疲れた調子でぼやき額に手を当てる。

「それだけバノッサ兄上を心配しているというのは、分かるんだけどね。信頼していないわけでもないのも、分かるけど」
背後で口を開いたまま呆然としているクレスメントの双子を他所に、キールは の頬を突く。

首を竦める と顔色を変えないバノッサ。
交互に眺めてキールは嫌味ったらしく大きく息を吐き出した。

「治療する間に『無茶はするな』とか『掠り傷だ』で揉めたんだね」

その光景が目に浮かぶ。

目頭を押さえたトウヤの台詞にキールとハヤトとカシスが頷いた。

「な、なんか意外?」
「でも、わたしとマグ兄だって似たような喧嘩するし」
目を白黒させるマグナと、思案して喋るトリス。

傀儡戦争下では自分達が一杯一杯で他を観察する余裕はなかった。
こうして改めて とバノッサの兄妹喧嘩の一部を目撃して、意外に感じて、納得してしまう。

「フラットにコレを持って行け。中身はフルーツタルトだ。キール、カシス、トウヤ、ハヤト、手前ぇ等は招待する。カノンが新しい紅茶を手に入れたと騒いでいたからな」

バノッサはトリスにフルーツタルト2ホール分が入った紙箱を突き出し、戸惑うトリスに受け取らせる。
それから些か乱暴にキール達をお茶に招待し自分は返事を聞かず自宅へと戻っていく。

「気をつけて帰るのだぞ、マグナ、トリス」
バノッサと仲良く腕なんか組んで蕩ける笑みを浮かべる の残酷な別れの言葉と。

「クラレットとアメルにご免って伝えておいて」
心底申し訳なさそうなのに、何故か意地悪さを感じるキールの『お願い』

「「………」」

好奇心は身を滅ぼすっていうか、冗談じゃなく自分達の身は危機に瀕している!?

クラレットとアメルの姿を想像し恐怖に震えながら。
マグナとトリスはバノッサに持たされたお土産のフルーツタルト入りの紙箱に目を下ろし途方に暮れるのだった。



  Q 『貴方にとってバノッサとはどんな存在ですか』

 A
 『キュキュー!!』
 ガウム、機嫌が良さそうに鳴く。

 『にゃはははは♪ 怖いオニイチャン、よねぇ』
 メイメイ、眼鏡を外して一瞬だけ真剣な顔になって。

 『ふふ、 には丁度良い重石よね』
 リプレ、家事をこなす手を止め思い出し笑い。

 『あ〜、アレはアレで新しい家族の在り方、みたいなモンじゃねぇか。
 俺に振るなよ、そういう話題は』
 ガゼル、面倒くさそうに手を左右に振った。

 『剣の上達が早いのは納得だが、召喚術の腕も上達が早い。頼りになる』
 ラムダ、一人会得顔で。

 『 を止められる貴重な存在、かしら』
 セシル、小首を傾げ。

 『大切な常客でしょうか。繊細な味の違いが分かる方ですね』
 ペルゴ、卵を片手に。


 『愚問です。とても大切な“家族”ですよ』
 カノン、躊躇いなく言い切る。

 『リィンバウムにおける我の兄上だ。
 とても大切な……何物にも代え難い存在だぞ』
  、誇らしげに微笑み自慢する。

 無関心を装っていたバノッサ、照れた風に耳を僅かに赤くした。



Created by DreamEditor                       
 調子に乗って書いてたら収集がつかなくなりそうで焦りました。
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