『お兄様の優雅な一時1』




 Q 『貴方にとってバノッサとはどんな存在ですか』

 A

 『とても頼りになるお兄様です』
 クラレット、黒い何かを背後に背負って微笑。

 『何かと悲観しがちな僕を引っ張ってくれる兄、かな』
 キール素朴な笑みを浮かべ。

 『一見悪役風だけど、すっごーく助けてくれる優しいお兄ちゃんだよ』
 カシス、無邪気な笑顔で。

 『一緒に騒ぐタイプじゃないけど……、言わなくても通じるってゆう間柄??』
 ハヤト、考え考え発言。

 『互いに良い距離を保っていると思うよ。親友になれたら良いな』
 トウヤ、穏やかな口調で語る。

 『びっくりよ!! あのバノッサがお兄ちゃんしてるんだもの……』
 ミモザ、大袈裟に肩を竦めて。

 『 を始めとする弟妹は手に掛かるだろうから。大変そうだ。
 今後はサイジェントの隠れた要になって欲しい』
 ギブソン、苦笑いをたたえミモザの次なる発言を封じる。

 『乗り越えるべき壁! かな?』
 マグナ、周囲を気にしつつ口早に返答。

 『とてもやさしいの。おねえちゃん( )と同じ』
 ハサハ、はにかみながら。

 『マグ兄に頑張って欲しいけど、でも本当は羨ましいんだ。 が。
 あんなお兄ちゃんわたしも欲しいな〜』
 トリス、ため息混じりに。

 『けっ』
 バルレル、事実上のノーコメント。

 『粗野に見えるが本当は筋を通す人だと思う』
 ネスティ、遠慮がちに。

 『羨ましい位置に居る人だと思います。
 ……あ、勿論 のお兄さんに適任だと思ってますよ?』
 アメル、笑顔を絶やさず。

 『本人にその気はないだろうが、纏め役に適任だな。
 だが今は 一人で手一杯だと思うぞ』
 ルヴァイド、目を細め。

 『この世で一番手強いが、反面、あの精神面の強さは見習いたい』
 イオス、非常に真摯な表情で。




ハヤトとカシスは互いに顔を見合わせ、顔を引き攣らせる。
キールが無言でサモナイト石を取り出したところをトウヤが懸命に説得中。

ハヤト達の視線の先、マグナとトリスがストーカーのようにジーっと二人を眺めている。

夕暮れ時のサイジェント、ペルゴが切り盛りするようになった『告発の剣』亭。
予約席、と銘打たれた二階部分のテラスで向かい合って座る二つの影。

因みにマグナとトリスが熱い視線を送るのも、テラス部分に座る二人……言わずもがな、 とバノッサである。

「ったく、それ以上しけた面するなら帰るぞ。ほら拭け」
仏頂面のバノッサが不機嫌に近い声を出し、胸ポケットから丁寧に折り畳まれた木綿のハンカチを へ放り投げた。

真っ赤な目元から溢れ出す涙を指先で拭っていた は鼻を鳴らしてハンカチを受け止める。

「そっか……あの双子は 達の兄妹喧嘩を初めて見るんだっけ」
ハヤトが背後の虎(キール)の気配にすら気付けない、マグナとトリスの背中を見詰め妙に納得して手を叩く。
その音さえも今のクレスメントツインズには届いていないが。

「仲良い兄妹って印象しかないのかも。最初の頃はギクシャクしてたけど、案外どうでもいい事で喧嘩するよね〜。バノッサ兄様と
事情通のカシスがハヤトの発言に『うんうん』と頷く。

「夕飯のおかずとか、野盗の倒し方とかでね」
そこへマグナとトリスへの『お仕置き』を延期したキールが戻ってきて加わり。

「喧嘩するほど仲が良い、って見本だよ」
最後をトウヤが取りまとめて外野は静まり返る。

テラスにはペルゴがやって来て飲み物を二つ、テーブルへ置き去って行った。

「………」

不思議なものだ。
敵対していた頃は到底叶わないと感じていた脅威であった彼女(当時は少年だと自分でも信じ込んでいた)。
今ではこうして一つ屋根の下共に暮らす家族である、人生とはどう転ぶか分からない。
いや? どう転ぶか分からないから面白いのだ。

考え直してバノッサは目を細める。

「ペルゴ推薦のジュースだ、あの樹も育てば同じ果物が生(な)る」
透明なガラスのグラスに注がれた『りんご』に似た味がする果物ジュース。
僅かに傾けてバノッサは に注意を促した。

促しながら、この御転婆妹を受け入れられたきっかけもこれだった、と思い出す。



無色の派閥の乱の騒動収まらぬサイジェント。
雨が降る肌寒い日。
北スラムをふらついていたバノッサは、ボロボロの服を身に纏い怪我を沢山こしらえた を発見する。

『おい、どうしたんだ?』
『環境改善活動だ、ほら、芽吹いている』
ヘラリ、笑って子供の姿の は足元の小さな何かの芽をバノッサへ見せる。

『我の魔力をギリギリ限界まで注いだのだ……実の成る樹に育ち……スラム者が飢えから開放される。寒くてひもじいと……心も冷えるからな』

どれだけの間、その樹とやらに力を注いだのか。

の唇は真紫でお世辞にも顔色は良いとは言い難い。
カタカタ震える体と赤み帯びる頬。

『どうしてそこまで? 手前ぇには無関係だろうが』

そう、これが南スラムなら理由は分かる。
フラットがある、 の家がある。

怪訝そうに問いかけたバノッサに は黙って微笑む。

『本格的な飢えは未体験だが……空腹の気持ちは分かる。腹と背がくっつくほど空腹では碌に頭も動くまい? ……そこを悪党に付け入られては困る。
それに関係ないではないか南も北も。誰もが幸せになる権利を持って生まれておるのだ、好きで不幸へ流れていく者などおるまい』

が喋るたびバノッサの腹には何かが溜まってきて、苛立ちが止まらない。

偽善と を罵るのは簡単だ。
神の気まぐれと を糾弾するのは容易い。

でも、たとえ狭い範囲であっても は自分の力で誰かを助けようとしている。

どれだけの人間が、召喚獣が、神がこんな地道な行動を取るだろうか?
顔も知らない誰かの為に。
正反対の、破壊の衝動に突き動かされた自分だから分かる。

理由なんて無い、ただの自己満足なのだ、所詮。
感謝の言葉も憎悪の言葉も要らない。
ただただ自分が『そうしたい』だけで反応が欲しい訳ではない。
だから は今一人なのだ。

『そうか』
言ってバノッサは の襟首を抓みあげ自宅へ連行。
驚くカノンに を風呂へ入れ栄養ある食事を与えろと指示を出した。

馬鹿げた行動だと の行為をバノッサは評した。
同時に自分が活動できる最低限の魔力さえも植物に与えた を、強いとも評した。



「バノッサ兄上?」
回想に浸るバノッサを現実に引き戻す の声。
目の縁は赤いけれど、涙の粒は長い睫から拭き取られ幾分すっきりした顔になっている。

「なんでもねぇよ、飲め」
バノッサは顔色を変えず へ命令した。

信頼を真っ直ぐ向けてくるこの妹。
時折くすぐった過ぎて心が波立つ時もある。
そんな気持ちは時間がきっと解決するのだろう。

ぼんやり考えてバノッサはグラスのジュースを半分ほど一気に煽った。

魔王の生贄にされなかったらきっと受け入れられなかった、妹・弟達。
に辛辣に言われなければ納得できなかった己の生い立ち。
無色の派閥の乱が収まった当時、全て即時に水に流せたわけではない。

でも……矢張り『危なっかしく』て放っておけなかったのだ。

「美味しい」
まずは一口ジュースを飲んでからにっこり笑う
バノッサが無言で表情を和らげれば も幸せそうな笑みを零し、ジュースを大人しく飲む。

「ペルゴ特製だ、上手くて当然だろう」
「それは分かっておる」

 ムゥ。

は桃色の唇を尖らせバノッサに応えた。

年齢なんか余り関係ないと思われる女神様はこっちが拍子抜けしたぐらい、とても早くセルボルト兄姉に馴染んだ。
馴染むと同時に適度な頻度で発生する『兄妹喧嘩』
サイジェントでは隠れ名物となった二人の待ったなし真剣バトル(主に口喧嘩)である。

「前菜の盛り合わせです」
そこへペルゴがやって来て盆から皿をテーブルへ置く。

完全に給仕に徹するペルゴを在り難く感じながらバノッサは の姿をもう一度見た。

カノンに綺麗に結われた髪と髪飾り。
異界でポニーテールと呼ばれる髪型で結った部分を一部巻きつけお団子にしてある。

お団子部分にはハヤトが調達してきたアジサイという花をモチーフにした髪飾りが輝いている。
普段は着ない薄桃色のロングワンピースとカーディガン。
ロングワンピースは腰の部分にリボンがあしらわれ、カーディガンの胸元には同じアジサイのブローチ。
靴も皮製の薄桃色。

お洒落した妹を一通り観察してバノッサは内心ため息の嵐だ。

喧嘩の後の仲直り・恒例の『でぇと』
尾行してきたのはマグナとトリスだけでなく、何故かこの場にはいない筈の誓約者まで居たりする。

「勉強優先だろうが? 物好きな……いや、止め役か、今回は」

バノッサの視界の隅にチラつく茶色い髪。
一年を経て大分青年らしい顔つきになったハヤトの頭部が見え隠れ。

常に宿題をわんさか抱え、リィンバウムにやって来てはトウヤに泣きつくハヤト。
彼らしいといえばらしい。

底抜け能天気誓約者を思い浮かべバノッサはにべもなく頭の中で切り捨てる。

思わず漏らしてしまった呟きは に届く事無く消えた。



Created by DreamEditor                       次へ
お礼ドリ、最後を飾るのはやっぱりこの人!! バノッサ兄です。
 お名前は頂かなかったので、バノッサ兄スキー様達に捧げますv
 この物語の中でもかなり高い支持率を頂いているんだと思います〜。ブラウザバックプリーズ