『その名を知る者2』



無断外出した を待っていたのは。

フラット広間にて、麺棒片手に極上の笑みを浮かべるリプレだった。

〜??? ドコへ行ってたのかなぁ?」
麺棒を持たない手のひらで麺棒を受け止め、数歩後退した ににじり寄るリプレ。
フラット一の実力者の呼び声は伊達じゃない。

 こっ、怖い。

は正直に思った。

神様に怖いものはない。
なのに、リプレから感じる強烈なプレッシャーと恐怖は何なんだろう?
頭の片隅で真剣に考えて。
今は呑気にリプレの恐怖について考えている場合じゃないとも考え直す。

「すっごい、すーっごい心配したんだよ? お昼になっても戻ってこないし?」
目が笑っていない笑顔がコワイデス。
これ以上は近づけない位に顔を近づけてリプレは の瞳を覗き込む。

漆黒の瞳は怯えの色を湛えて少し涙で潤んでいる。

 トウヤと似た感じで、自分に溜め込むタイプよね。
  って。

無口で目立たない。
突拍子もない発言はするけれど、不自然なほど落ち着いていて不安な様子は微塵も見せない子供。
ハヤトやトウヤでさえこの世界の生活に不安を抱いているのに。
からは感じられないのだ。

 だから余計に厄介だわ。自己完結型、なのかしら?

フィズやラミ、アルバ達とは違う空気を纏う子供。

 でも。フラットの一員として生活するなら約束は守らせなきゃ。
 特別扱いなんて絶対にしない。

 仲間だもの。家族……だものね。

「どれだけ心配したんだと思ってるの? 考えた?」
麺棒を投げ捨て目の前の怯える を抱き締める。

リプレに抱き締められながら は目を閉じた。
暖かい不思議な感触。

 そうか。我の力を出し切れぬ状況下故、我は彼らから見たら庇護者なのだな。
 悪いことをした……迂闊だったか。

リプレの心配が伝わってきて、 は自分からもリプレにしがみつく。
小さな手が背に回される感触にリプレは を抱き締める腕に力を込めた。

「どれだけ皆が探し回ったと思っているの? エドスだってレイドだってガゼルだって。ハヤトもトウヤも」
血相を変えて飛び出していったハヤトとトウヤとレイド。
ガゼルは少々バツが悪そうに別行動で出て行き。
仕事帰りのエドスだって事情を聞いて街へと を捜しに行った。

「すまない」
「……こういう時は『ごめんなさい』でしょう? 物分りの言い謝り方は駄目」
反射的に口に出した謝罪の言葉をリプレが遮る。

「ゴメンナサイ」
は慌ててリプレに謝り直す。
「よろしい」
腕の力を緩めてリプレが と額を合わせる。

リィンバウム二日目の夜に味わったあのくすぐったさ。
感じて は自然と笑い出した。

どうして面白いのか、 自身は分らなかったのだけれど。

「ふふふ。次からは誰かにドコに行くのか言ってから外に出る事。危ないっていわれた場所には行かないこと。いーい?」
顔を赤くして笑う の子供らしい表情に安堵してリプレは念を押した。
「はい」
返事をして、どうやってリプレから脱出しようかと考えた時。
救いの手が現れる。

〜!! 一緒に本を読もうよ〜」
子供部屋から顔だけ出してフィズが を呼ぶ。

「そろそろ時間かしら。夕食作らないといけないから、フィズ達と一緒に遊んでらっしゃい。それと皆が戻ってきたらちゃーんと謝っておくのよ」

の額を指先で突いてからリプレは立ち上がる。
うなずいて は、待ちくたびれた顔のフィズの元へ小走りに近づく。

「ほーんと、 って案外無茶苦茶よね」

子供部屋に を引っ張り込んでフィズはニンマリ笑う。
二段ベッドに座っていたアルバもケラケラ笑った。
ラミはクマのヌイグルミに顔を埋めている。

「そうか?」
雑然と散らかっている床の絵本や玩具を避け、 は二段ベッドへ近づいた。
「「そうそう」」
フィズとアルバが声を揃えて肯定する。

「そうか。フィズ、始まりそうだったリプレママの説教を止めてくれて感謝する。有難う」
フィズの真正面に立ち通常のポーカーフェイスに戻って、 はフィズに礼を言う。

「まぁ、困った時はお互い様。 は外に出るのだって誰かに文句言われて。ちょっとね、とは思ったし」
大人びた仕草でフィズが肩を竦めた。
「そうだぜ? 。おいらがもし の立場なら息が詰まる。外に出て遊んだってバチは当たらないさ」

遊びの次元が違うのだが、アルバに好意的に言われ は内心苦笑。

正直に『野盗』から金を奪ってきましたとは言えない。
早々に話題転換した方が懸命だろう。

「絵本を読んでくれるのだろう? この世界を知るのは楽しい」
絵本を持つラミを見て問いかければ、ラミが本を持って近づく。
フィズがラミから本を受け取りアルバが二段ベッドの一段目に降りる。

「エルゴの王って言う、リィンバウムの子供なら大多数が知ってる伝説ね。世界の成り立ちを知るには分りやすくて良いって、トウヤも言ってたわ」

絵本の一ページ目を開いたフィズの講釈に真顔でうなずく。

少々無口で感情が読み取りにくい を受け入れ、親しくしてくれるアルバ達。
普通の子供なら出来ない事だ。

 この率直な素直さと、優しさ。
 リプレママの教育の賜物なのだろう。

こうも近くに幼い子供と接したこともない。
ヒトの精神構造は地球で多少は学びはした。
だがヒトと根本的に考え方の違う己がいる。

にとっては新鮮で興味深いコミュニケーションだ。

「トウヤがそう言っていたなら安心だな。フィズ、では頼む」
軽く頭を下げた に笑顔で応じ、フィズが絵本を読み出す。

途中、アルバが舟を扱いでいたが概ね平和的に絵本音読会は過ぎていく。
一度は読み終わった絵本でも、友達への読み聞かせだとそれなりに楽しいらしい。
フィズは にせがまれたのもあり、別の絵本四・五冊を続けて読んでくれた。

 コンコン。

六冊目に入ろうかという時、子供部屋が控えめにノックされる。
「どうぞ〜」
大口を開けて欠伸を漏らしつつアルバがドアへ声をかけた。
が帰ってきたって……?」
血相を変えたトウヤが子供部屋に入ってくる。
「フィズ・ラミ・アルバ。絵本を読んでくれて有難う。面白かった」
は立ち上がり友達へ短く礼を言い、肩で息をするトウヤへ近づく。

フィズ達の前で説教されてもいいのだが、外出の理由を聞かれるのはマズイ。
子供部屋からトウヤを伴って広間へ戻る。
広間には連絡を受けてフラットに戻ってきたエドスとレイドが居た。

「エドス・レイド……ごめんなさい」
殊勝な態度を装ってエドスとレイドに頭を下げる。

「無事ならそれでいい」
温和なエドスは小さく笑って の頭を撫でた。

「次からは皆に迷惑を掛けないようにな? 皆に心配を掛けるのも駄目だぞ」
多少信頼はしてくれているのか。
レイドからは柔らかい口調での叱責。
はうなずき返して改めてトウヤと向き直った。

 うむ。神を心配するのもどうかと思うが、我を神とは露ほども思っておらんな。
 こやつ等は。証拠を見せようにも手順が面倒だ。
 しかも我の手を煩わせた輩も突き止めてはおらぬ。

 口惜しいが暫しは のまま、か。

に怪我がないか確かめたトウヤが安堵の息を吐き出す。

「ごめんなさい、トウヤ」
トウヤに向かって謝れば、トウヤは困った顔になった。
「最初は……無茶してって、 の事を怒ってたんだけどさ。一理あるのかな、って思ったんだ」
自嘲気味にトウヤが喋り出す。

「その、 だって不安だし。街の様子とか自分で見てみたい気持ちがあるのも当然で。それなのに俺達は を護るって名目で、 を閉じ込めていた。
今朝だって に関わりのある事なのに、俺とハヤトだけで勝手に話を進めたていたし。俺もごめん」

申し訳なさそうに弱弱しい笑みを浮かべてトウヤは頭を下げた。

「仲間外れは寂しいだろう?」

静かに問いかけてくるトウヤに『事情を知らないと対処できないから仲間外れにされたくないのだ』等とは口が裂けても言えない。

何時になったら現実を直視してくれるのだろうか?
はうなずき返しながら、しみじみ思ったのだった。




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 でもやっぱり神様とは信じてもらえない。ブラウザバックプリーズ