『その名を知る者3』



 昨日の今日でアレか。小賢しい。

心の中だけで精一杯の悪態をつきながら は荒野を駆け抜ける。

トウヤの妥協案に賛同したら、今日の儀式跡地へのお出かけは留守番とされた。

見てきた事、調べてきた事は にも報告するから。

なんて、笑顔つきでトウヤとハヤトが に告げたのだ。

 ええい!!!
 己等!
 我が神だと心底信じておらんな?
 あくまでも近所の子ども扱いする気であろう!!
 我からすればお前等の戦い方の方が余程危なく映るぞ。

異界に訪れた異邦人同士、仲間外れにはしない。
だが、危険な場所には連れて行けない。

何故なら はまだ小さいから。

ご尤もな理由を並べ、眠る を見捨てて朝早くに出発したハヤト達。
いっぺん呪い殺してやろうかとも思うが、自分は神様なのでグッと堪える。

「だあああぁぁぁ」
トウヤとハヤトの気配を手繰って辿り着いた先では、既に小競り合いが始まっていた。
「!?」
相手は数日前。
夜、フラットに押しかけてきたバノッサ。

加勢しようかと動きかけて は素早く岩棚の上に飛び乗った。
見覚えのある長髪の少女と、茶色の髪の少女。

 あれはクラレットとカシス。
 何故彼女達が居るのだ?

 ……我の考えが間違っていなければ、救いを求めた声はあの二人か。

 だとすればあの時『サイジェント』に用があると告げたのも理に適う。
 しかし異なものよ。

 もう一つ、あの二人を助けて欲しいと願った別の声があった気がしたが。

ハヤトとトウヤが召喚される寸前。
の耳が捉えたのは三つの声。

 これは一段落したなら、ハヤトとトウヤに確かめた方が早い。
 各人、どちらかの声を聞いていただけかもしれぬ。
 また逆に二人の、三人の声を聞いたかも知れぬな。

が野盗退治の折に見かけた不思議な光。
クラレットとカシスの持つ杖から放たれて、見知らぬ形状のモノがバノッサの手下達に牙を剥く。

「ちっ」
バノッサは舌打ちすると、フラフラになった手下達を引き連れて帰っていった。

客観的に見ても、クラレットとカシスの使った召喚術の威力は強烈で圧倒的だ。

「……」
崖沿いの岩場上から全てを見た は下唇を噛み締める。

 これは、様子を見るしかないか。
 そうと決まれば早めにフラットに戻ろう。
 リプレママには外出する旨断ってきたが、長時間となると。
 またお小言が降ってくるであろう。

硬い表情で話しているクラレットとカシスの頭を一瞥。
は岩の上から姿を消した。

フラットに一足先に戻り、リプレママの皿洗いなぞを手伝いながら彼等の帰還を待つ。

 急いては事を仕損じる。
 時間はまだありそうだから、少しずつ外堀を埋めるのがよかろう。
 多少の進展があるならば、あやつ等を訓練せねばな。

リプレが洗い上げた皿を布で拭き拭き。
凡そ神様がしないだろうお手伝いを嫌な顔一つせずに、 は作業を続けていく。

「ただいま〜」
十一枚目の皿を拭き終わった時、ハヤトの弾んだ声がフラット内に響き渡った。





「つまりは召喚事故だと?」
の為にもう一度事情を説明したクラレットの言葉。
聞いて は冷静に言葉を返した。

クラレットの横で妹のカシスがうなずく。

「ただ、貴方達が四つのどの世界にも属していないのが問題なんです。
名も無き世界。
そこからやって来た貴方達を、元の世界に帰すためには知識も時間も足りません……」

クラレットが俯いた拍子に長い横髪が頬にかかった。

「でもこれだけは信じて欲しいの。わざとじゃない。こんな事になるなんて、思っても無かったの。
わたしとお姉様は見習い召喚師として儀式に参加しただけだけど……責任は感じてる。出来るなら三人を元の世界へ帰したい。本当に、そう思っているの」

カシスの訴えにガゼルが鼻を鳴らす。

「なあ、 。俺はクラレットとカシスを信じるよ。事故なら仕方ないし、俺達が日本へ戻る方法を探してくれるって言ってるんだ」
黙りこくる を見かねてハヤトが に耳打ちする。
癖になってきた瞬きを繰り返しながら、 は小さく息を吐き出した。

 これしきで我が怒るとでも思っているのか?
 ハヤトよ。

 つくづく我も甘く見られたものだな。
 原因が召喚儀式の失敗とは面白い。

 あれだけ大掛かりの儀式装置を使って『本当』は何を召喚するはずだったのやら。
 召喚に関する知識が無いのが口惜しいな。

 ……まてよ?

 真か偽りかは分らぬが、クラレットとカシスは己を『召喚師見習い』だと称したな?
 ならば、この世界のマナ(魔力)の理、召喚術について知識があるということだ!
 それならそれで話が早いではないか。

は会得顔でうなずき、一見必死に弁明するクラレットとカシスに身体を向ける。

「ならば召喚術の仕組みを教えて欲しい。ガゼルやレイドからも簡単に聞きはしたが、伝え聞くよりはその道の者に教えを乞うた方がより早い」
なんだかんだいって異邦人組みの中では一番の冷静さを誇る である。
の落ち着き払った申し出にクラレットとカシスは目を丸くした。

「いや……じゃないの?」
おずおずとカシスが に質問する。

「何故だ? 怒るのは僕のキャラではない。事故なら事故で仕方ないじゃないか。怒鳴って嘆いたところで時間は巻き戻らないのだから。
ならば建設的に償還について学び、仕組みを理解した方がより早く元の世界へと戻れるのではないか?」
の感情が読めない顔から、口から繰り出される理路整然とした指摘。

 い、一体 って何歳!? 妙に大人びてる!!!!

以外の全員が心の声を大にして、同じ事を考えた。

「そっか…… が納得したなら、話は早い」
いち早く我に返ったトウヤがホッとした調子で全員を見る。

「勝手にすりゃいーだろ? 難しい話なら俺はお断りだ」
手を左右に振りながらガゼルが真っ先に広間から出て行った。

「ガゼルったら……召喚師には良い印象を抱いていないの。ごめんなさいね?」
口元に手を当ててリプレがクラレットとカシスに謝る。

「いえ、いいんです。元々悪いのはこちらなんですから」
リプレに首を横に振るクラレット。カシスも困った顔で首を横に振る。

 ……これならば、明日から実現できそうだな。

午前中は強制参加の勉強会。
そして、午後からは実践の訓練だ。
頭に予定表を打ち立てて は口角を数ミリだけ持ち上げる。

 今後予想される厄介を考慮し、ハヤトとトウヤは特に遠慮なく鍛えさせてもらうぞ。
 それから、我は召喚術を学び理を理解したなら。
 我の力を半分以下に抑える手段を考えねば。
 クラレットとカシスに頼めばある程度は可能かもしれぬな。

新しい仲間を歓迎する空気に包まれるフラットのメンバーと。
やや位置を置いてフラットに厄介になる事になったクラレットとカシス。
ハヤト達の誤召喚を告白したにもかかわらず、その表情は心なしか暗い。

 どれだけ装っても罪悪感からは逃れられぬわ。
 ヒト故に悩み苦しみ迷う。
 今回の当事者はハヤトとトウヤ。
 我はこの件に関してだけは不干渉を決め込もうか。
 ハヤトとトウヤが決意を固めるまではな。

「よろしくね、
が考え込んでいると、目の前にカシスの手が差し出されていた。

「こちらこそ、よろしく。カシス」
初対面を装ってくれたのでこちらも当面は黙っていよう。
優先すべきは学ぶ事。
も気持ちを切り替えてカシスの手を握り返す。

「宜しくお願いします、 君」
続いてクラレットも控えめに へ挨拶してくる。

、と呼んでください。僕もクラレットと呼びます」
カシスの背後に立つクラレットに申し出れば、クラレットは穏やかに笑いながら首を縦に振った。

「これで少しは光明が見えてきたかな」
嬉しそうに呟くトウヤの言葉は大ハズレ。

 寧ろこれからが始まりであろうに。トウヤよ……。
 グゥの根も出ぬ程に扱いてやるぞ。

心の中だけでツッコミを入れて、 は背筋を伸ばす。
(まったく関係ないが、この時トウヤとハヤトの背筋を薄ら寒いものが通り抜けていったという)

望んで飛び込んだ異界の地。
犯人らしき役者(召喚師)が舞台に上がってきた。

 異世界生活、せいぜい楽しまねばな。

今後も人口密度がうなぎ登りとは予知できない神様が、決意を新たにした夜。
少しばかりミステリアスな部分を抱えた少女二人が新たにフラットの一員となったのだった。




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 神様最凶伝説の始まり?? ブラウザバックプリーズ