『その名を知る者1』




発案者はハヤト。

意外なことにハヤトが誰よりも早くに気づいて提案した。

「俺達が召喚された場所か」
フラットの広間。
顔を突き合わせてトウヤが考え込む。
「確かに、何らかの手がかりは得られるかもしれないな」
道場の仕事が休みのレイドがハヤトに告げる。
「だろ!? 我ながらナイスアイディアッってさ」
レイドに言われてハヤトが表情を明るくした。

そんな遣り取りを横目に、は小さな欠伸を漏らしながら何度も瞬きをしている。

 押さえ込んだ自身の魔力が行き場を失っておる。
 ……このままでは、ハヤトとトウヤを護るどころではなくなるな。
 我が身が眠り姫のような状態になってしまうぞ。

身体が欲する睡眠とは別種の眠気。
目尻に溜まった涙を服の裾で乱暴に拭い、ハヤトとトウヤ・レイドの会話を横に広間を抜ける。

、何処に行くんだよ」
玄関に到達したところでガゼルに声をかけられた。

「運動不足を解消したい。野盗等が出没する街道等はないか? フラットの苦しい台所事情も多少は解消したいのだ」

相手がガゼルなら大丈夫。
一番にの戦闘能力の高さに太鼓判を押したのが、ガゼルだからだ。

一瞬呆気に取られていたガゼルも、の言葉の意味を察して眉間に皺を寄せる。
の発想は時折ガゼルの想像を上回り、驚かされるのだ。

「あるには、あるけどよ。一人じゃ辛いぜ?」

 ついていこうか? 言いかけるガゼルに、無言のままは考え始めた。

 あの、バノッサという者のチームと戦った時も感じたが。
 ハヤトもトウヤも覚悟が足りぬな。

 致し方ないとは言えここは戦のある戦乱の地。
 綺麗事だけでは抜けられぬ場所よ。
 望んで助けを求める声に応じたあの二人も、責の一旦はある。

 いずれ厄介ごとに巻き込まれるなら、戦いのノウハウは学ぶべきだな。

俯いて熟考に入り込む に何を言っても無駄だ。

察したガゼルは肩を竦めて広間へと足を踏み入れる。
広間は広間で、ハヤトとトウヤ、レイドがなにやら話し合っていた。

 まあよい。今日は動かぬだろう。

話し合いは慎重派のトウヤとレイドが居るので、即行動との結論にはならないだろう。
は判断を下し適当に荒野を彷徨ってみる事にした。

バノッサとの戦闘後、改めてフラットに迎え入れられたハヤト・トウヤ・ の三人。
翌日にはリプレお手製の服まで貰って外見はリィンバウムの住人のように見えた。

慎ましい暮らしにギャップを感じつつも、フラットのメンバーの暖かさに支えられ日々を過ごしている。
の目にも見慣れたスラムの道。
正門ではなく、崩れた壁の隙間から外へ抜け出す。

「さて……異界に放り出された冒険者の王道。金剥ぎの冒険へいざ」
小さな手で握り拳を作り は意気揚々。
履きなれたスニーカーで大地を蹴り上げ、第六感が告げる危険地帯へとスキップ。

数分もしないで はカモを見つけることが出来た。

「ふむ」
岩陰を利用して小さな身体を隠す。

柄の悪い男達が少女二人を囲み、なにやら因縁らしきものをつけていた。
小さく呟き様子を窺っていると、少女達が杖を振り上げ何かを叫ぶ。
眩い光と共にナニかが現れ、数人の男を吹き飛ばした。

 あの光。我らが異界に運ばれし時と同じ光だ。
 あれがこの世界の魔法・召喚術という訳だな?
 しかし多勢に無勢であろう。

男が吹き飛んだ反動で短剣が足元まで転がってきている。
は躊躇わずに短剣を拾上げ、身体に似合わない機敏な動作で背後から男に忍び寄る。

「破ッ」
飛翔し、短剣の柄部分で男の脳天を叩く。

突然の小さな襲撃者に男達は動きを止めた。

間髪居れず は短剣が壊れない程度に力を込め片っ端からのして回る。
の神としての力に免疫力のない男達は、全身を襲う不可思議な痺れに耐えかねて倒れた。

 神の気に触れるのは人の身には辛い。
 利用すれば痺れを齎す事が出来る……我ながら、上手い具合に使えたな。

内心ほくそ笑み、 は男達を次々に痺れさせていった。

「ぐあっ」
ちょこまかと動く の一撃を避けられずに、最後の男が地に伏す。

短剣を掲げて、先頭終了の勝利ポーズを取ってから。
警戒の色濃く を窺う少女二人を は見上げた。

「すまない。野盗の金品を剥ぎに来たのだが、汝等を救ったのは余計なお世話だっただろうか?」

小首を傾げる に無言の二人。

態度から滲み出るのは拒絶。
固い表情から、彼女達とのコミュニケーションが難しそうだと窺える。

 構わぬ。我の都合を一方的に押し付けるのも好かぬしな。
 この者達にも、この者達の事情があるだろう。
 でなければこのような荒野を女二人で歩いているわけがない。

自分の事は高い棚に上げて は判断した。

「僕は孤児院に世話になっている。この行為が正当とは言えないが、食い扶持くらいは己で稼ぎたいのだ」

立ち尽くす少女二人を前に男達の懐から金だけを奪っていく。

武器や装飾品に手は出さない。
それなりに想いいれのある品を一方的に搾取するのは の流儀に反するからだ。

 形あるモノは何れ朽ちるが、それに宿った思い出は朽ちぬ。
 わざわざ持ち帰るなど、無粋だろう。

コインだけを全て回収し、懐に仕舞う。
その間も何故か少女二人は固まったままで、 の行動を観察している。

「邪魔をした、失礼」
じーっと見詰められる中、ポーカーフェイスを保ち が頭を下げた瞬間。

「なんて……なんて効率的なんでしょう!!!」
初めて少女の一人が声を震わせて言葉を発した。
藍色の長い髪を持つ大人しそうな空気を持つ少女は、心持ち頬を赤らめて を見下ろす。

「?」
己のどの行為を『効率的』と称するのだろうか。

長い髪の少女を再度見上げれば、隣の茶色い髪を持つ少女が顔を引き攣らせていた。

「ちょっと! クラレットお姉様!? 突然何を……」
長髪の少女をクラレットと呼び、茶色の髪の少女は目を丸くする。
「だってそうは思わない、カシス? 彼等は人々を苦しめる悪徒です。天罰が下るのは致仕方ないでしょう」

 のほほんと。

クラレットは茶色の髪の少女をカシスと呼んだ。

 カシスの言に一理あるな。
 クラレットとやら、思考が飛びすぎだろう。

両手を組んでうっとり顔のクラレットにカシスが懸命に話しかける。
光景を眺めながら は頭の中でカシスの常識的意見に同意した。

「あ、ごめんなさいね。わたしはカシス。あっちは、わたしの姉でクラレットというの。サイジェントの街に用があって向かう途中だったのよ。助けてもらって有難う」
黙って二人の遣り取りを聞いていた に、カシスが早口で説明する。

 ……力の波動・発する気は似ているが容姿が似ておらぬ。
 姉妹ではあるのだろうが、曰くつきか訳ありだろうな。

何度か瞬きをして改めてクラレットとカシスを観察する。
はカシスの『自分達は姉妹だ』という言い分を受け入れて、首を縦に振った。

「お姉様はちょっとなんというか……」
両手を組んでうっとりした顔をしているクラレット。
盗み見てカシスは苦い顔で口篭る。

「あれも個性……だろう。気質など人それぞれだ。僕は という」
名を名乗ってもらったので、 としても自分の名前を名乗る。
それから、少々気の毒そうにカシスを見てフォローした。

「あははは……そー言って貰えると助かる、かなぁ」
の遠まわしのフォローに、頭を掻きながらカシスが乾いた笑い声を立てる。

「すまないが、僕はこれで本当に失礼する。カシス、気をつけて」
何処かへトリップ中のクラレットへ目線を向け、カシスへ目を戻し。
は無断で外出してしまったことに今更ながら気がついて。
慌てて別れの言葉を述べる。

カシスだけに告げたのは、この先苦労しそうなのがカシスに思えたからだ。

「ありがと。 も気をつけてね?」
はにかんで笑いカシスは歩き出した に手を振る。

「……イレギュラー。キールお兄様が言っていたイレギュラーがあの子。しかも強いわ」
の小さなシルエットが完全に視界から消えてから。
クラレットが真顔に戻ってカシスへ喋り出す。

先ほどの夢見る表情が嘘のような、冷たい無表情になって。

「ええ。でも、わたし達は儀式の責任者として見極めなくてはいけない。彼等が何者なのかを。お父様の命令に逆らうわけには……いかない」

巻き起こった風に乱れる髪を押さえ、カシスも先ほどの明るい口調から打って変わり。
淡々とした声音でクラレットに応じた。

「わたし達は責任者ですもの。あの儀式の……」
クラレットも風に舞う己の髪を押さえながら、己の言葉を噛み締めるように呟く。

姉妹は数分間、無言で荒野に立ち尽くす。
余談だが、その間も男達は地面と仲良くしながら痺れる体を持て余していたのだった。




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 黒属性クラレット参上〜。でもクラレットもカシスも好きv ブラウザバックプリーズ