『最初の戦い1』



 不本意だ。

相変わらずの無表情。
瞳に乗せた感情は『怒』

は無言の圧力をトウヤとハヤトへかける。

近所の幼い子供。
しかも何故か一緒に異界に飛ばされた相手に睨まれて、ハヤトとトウヤは苦笑し合った。

「だ〜か〜ら! まずは年上の俺達が街を案内されてくるって。落ち着いたら の事を俺達が案内してやるからさ」
拗ねているのだろう。
判断したハヤトが両手を合わせて を拝む。

「……否」

 ぷいっ。

横を向いて は拒否。
気まずい沈黙が玄関を包み込んだ。

 ほやほやした二人では我が心配だ。
 ここで大人しく子供らしくお留守番など性に合わぬぞ、我の。
 しかもリプレが案内してガゼルも居るというに、なんの問題がある!!

怒り心頭顔には出ず。それでも身に纏う空気から感情は漏れ出していて。
の予想外の怒りにハヤトは目でトウヤに助けを求めた。

? 心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱり最初は二人で案内して貰いたいんだ。 を仲間外れにしてるわけじゃない、分るね?」
見知らぬ世界の見知らぬ街。
右も左も分らない。
こんな不安定な状況で、共に世界からやって来た幼い子供を危険には曝せない。

自称、神様であったとしても。

「……」
トウヤの穏やかな説得に は頬を少し膨らませた。

「ごめん。 の事がやっぱり心配なんだ。だから連れて行けない。フィズやラミ、アルバと君とは違うから」
申し訳なさそうに眉根を寄せたトウヤに渋々首を縦に振る。

 ……連れて行けぬのなら、共には行かぬわ。

心の中だけで悪態をつき は小さな声で仕方なしに呟いた。
「いってらっしゃい」と。

目に見えて安堵の表情を浮かべるトウヤとハヤト。
過保護な二人に呆れ顔のガゼルと、微笑ましい攻防に忍び笑いをリプレが漏らす。

「「行って来ます」」
ハヤトは の頭を撫でて。
トウヤは笑顔で手を振って。

それぞれに挨拶を済ませると、リプレ達に伴われてフラットを後にした。
取り残された は軽い足取りで裏口へ回る。

 様子を見なければな、この街の。

昨晩ガゼルから聞いた街の情報をこの目で確かめたい。
知らない世界の知らない街。
己が責を負う必要のない世界。
魅力的だ、非常に魅力的だ。

は幾分弾んだ足取りで裏庭から庭へ。
フラットを囲む古びた塀を軽々と飛び越え、街へと飛び出した。

とことこ歩きつつ異界の空気を満喫する。
トウヤとハヤトは我が身に降りかかった災難に対応するのに精一杯で ほどの余裕はない。
だから の同行を拒んだのだ。

 召喚術の理論をレイドから聞いたが。
 ……ならば、トウヤとハヤトの召喚主が居るはずだ。
 あの公園から歪みを感じ我が駆けつけた時。

 確かに我は聞いた。助けて、と。

 恐らくはあの声の主が召喚主。
 珍妙な儀式跡についても、何らかの形で関わっているのであろうな。
 それにしてもこの世界はマナ(魔力)に満ちている。
 結界で封じてある地球とは大違いだ。

 我の力も無制限に使える代わりに、威力も倍以上で発動されてしまう。
 軽い気持ちで技を使おうにも……最悪、この街ごと消しかねん。
 厄介な。

リィンバウムの住人ではない服装の は悪目立ち。
周囲の好奇に満ちた瞳にも気づかずに、一人ゴーイングマイウェイ。
異界について考えを纏めながら歩く。

「広場に城門前、商店街に繁華街。フラットの南スラムに対の北スラム。上流階級区に街を取り囲むアレク川。工場地区」

夜の闇。
月明かりに照らされた街をガゼルに説明してもらった。
一通りを歩いて土地勘だけは絶やさずに居たい。

空を飛べば簡単だろうが流石に目立つ。
自身が護る地球の結界に穴を開ける輩がどこに潜んでいるかも分らない。

 迂闊な行動は慎んだ方が良いのだろうな。

ガゼルは威圧的で、トウヤとハヤトの動揺も未だ大きいのだ。
己の勝手な行動で護るべき対象の地球人を窮地に追い込むわけにもいかない。
ましてや異界の者に要らぬ苦労を強いるわけにも行かないのだ。

 神とは……不便だな。

が自嘲気味に笑っていると、賑やかな通りに出る。
鼻腔を擽る名も知らない食材の匂いと、見慣れない……最近では見慣れない服が陳列されていた。

「ばーむ」
値札を盗み見て金額の呼び名を知る。

 ドルに換算して考えられないのが残念だ。
 それとも日本円か。

店には近づかずに遠巻きに眺める。
ハヤト達に遭遇しないよう慎重に商店街を一巡りし、商店街外れの赤い暖簾の店に気づく。

「?」
赤い暖簾は日本風だが、暖簾が発するオーラは違う。
周囲を観察しハヤト達が居ないのを確かめて は暖簾を掴んでみた。
手に馴染む綿の手触り。

「どうかしましたか?」
暫くの間暖簾を握っていたら、一見柔和そうな男性が に声をかけてくる。

暖簾の中から出てきた男は、長い髪を纏めるために布で頭部を縛っていた。
着物? の形状に近い衣服を身に着けた男。隙だらけに見えて隙がない。
は僅かに目を見張る。

「この店に御用ですか?」
の沈黙をどう受け止めたか。
男は細い目を更に細めて再度問いかけてきた。

「……」
ある意味初☆接触。
異界の住人を目の前に は黙り込む。

無難な言葉で穏やかに会話を切り出したい。
喧嘩を売りにきた訳ではないので、成る丈穏便にが のモットーなのだ。

「お師匠さま〜、どうかしましたか〜???」
店の奥から間延びした少女の声。
「なんでもありませんよ、アカネさん」
師匠と呼ばれた男は店の中に居る『アカネ』なる人物に声をかけつつ、目線はしっかり に注いでいる辺り侮れない。

「すまない。僕が居た世界のモノに似ていたので触れてしまった。重ねて申し訳ないが……この店が何かは知らぬ」
たっぷり数十秒考え抜いて は男へ返事を返した。
するとどうだろう。
男は鋭い目つきを幾分和らげて の頭の先から爪先までを一見する。

「そうでしたか。ここは薬処あかなべと申します。わたしは店長のシオンです」
男は、店の名前を明かし己の名前を明かす。
「僕の名前は
処構わず『神様』だと豪語するのも憚られて。
取りあえず? というよりかは、シオンの自己紹介につられて も名前を名乗った。

「そうですか、 さんと仰るのですね」
顔だけで笑ってシオンは の手から『あかなべ』の暖簾を奪還。

「僕を怪しいと思うのなら、上辺だけの愛想笑いはどうかと思うぞ。……客にもならなそうな僕を相手に」

自分で思うのもなんだが。
客観的に判断して は子供である。
しかも裕福そうには見えない。

なのにシオンは が指摘した通りの顔色を浮かべて を見下ろしている。
の台詞に今度はシオンが僅かに目を見張った。

子供相手に油断をするつもりも後れを取るつもりもなかったのだが。
何故かこの子供は見抜いている。己の癖を。

 参りましたね。

内心だけで舌を巻きシオンは屈み込む。
と目線を同じ高さにする為に。

「商売には愛想笑いというものも必要ですから」
苦笑いを浮かべるシオンの瞳を、 の黒い瞳が捉える。
リィンバウムでは珍しい漆黒の瞳。何度か瞬き薄っすらと水分の膜がかかった。

「……いかん」
は舌打ちをして南の方角へ顔を向ける。
念の為にとハヤトとトウヤに掛けていた守りの技。
じんわりと痛む体がどちらかの負傷を告げていた。

「すまない。生憎急な用事が出来た。縁(えにし)があるならば、再び会う事もあるやもしれん。時間を取ってすまなかった、シオン」
この世界の流儀を知らないので、最近まで滞在していた日本風に。
頭を垂れると は一目散に駆け出した。

フラットにいち早く戻って手当ての準備をしなければ。
等とちょっと見当違いに焦りながら。

「……師匠? どうかしました??」
誰かが駆け出す音と動きを止めっぱなしのシオン。
暖簾の間から顔だけ出してアカネは不思議そうにシオンを見た。

「いえ。なんでもありませんよ、アカネさん」
立ち上がり、 が走り去った方角を一瞥しシオンは応える。

首を捻りつつもシオンが「なんでもない」と言っているので詮索は無理。
さっくり諦めてアカネは店内へ顔を引っ込めた。

「しかし……不思議な人だ」
子供なのに子供じゃない。
でも矢張り子供だ。

人を見る目は確かだと思っていた自分は、どうやらまだ修行が足りないらしい。
結論付けてシオンは店の中へと戻っていった。




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 暖簾って2でしたっけ。書いてから思い出してみたり。でも直さない(笑)ブラウザバックプリーズ