『プロローグ2(異界での始り)』
互いの事情を話し合ったレイド達と勇人達。
基本中の基本。自己紹介が始められる。
「俺は勇人。新堂 勇人」
「俺は藤矢。深崎 藤矢」
勇人と藤矢が互いに名前を名乗る。
「ハヤトにトウヤだな」
子供に難癖をつけてきた張本人・ガゼルが日本風とは違う発音で二人の名前を呼ぶ。
ハヤトとトウヤの間に挟まれて座る子供は表情一つ変えずに彼等の遣り取りを見守る。
「この子は近所に住んでた子供なんだ。偶然俺達と一緒に居合わせて……」
子供の頭に手を置いてトウヤが苦笑した。
召喚術なんて名前の魔法で呼び出されたらしい自分達。
故意なのかそうではないのか不明だが、先ほどから一言も発しない子供の心中を慮って代理で発言する。
「兄弟じゃないのか?」
巨漢の男が驚いて子供とトウヤを交互に見た。
「ははっ。雰囲気が似てるって言われるらしいけど、トウヤとこいつは違う。兄弟じゃないぜ。あっ、俺とトウヤは幼馴染なんだ」
ハヤトは基本的に人懐こい。
心なしか名前の呼び方もこっち風に馴染んでいて、トウヤと自分の関係を説明する。
その後エドス・レイドの順に自己紹介を受け、最後にフラットの台所を預かるリプレを紹介された。
「その子……具合でも悪いの?」
リプレが心配そうに子供を覗き込む。
怯むことなくリプレの優しい瞳を見つめ返し子供は首を横に振る。
「おい、そいつだけ自己紹介がまだだろうが」
不機嫌というか、とがった調子でガゼルが子供を睨みつけた。
和らぎかける空気がガゼルの一言で再び硬くなってしまう。
「
。名前は
」
子供は、 は人に認知できる言葉を始めて発した。
やや低めの声音が広間に響く。
「職業は神様」
付け加えた
の真顔にガゼルとハヤトが反応して目を丸くする。
「は……?」
流石のレイドも驚いた相槌を子供・ へと打った。
僅かに口角を持ち上げて は一度だけ瞬きする。
瞬間的に静まり返る広間だが、あっという間に爆笑の渦に巻き込まれた。
「おいおいおいおいっ!
、お前面白すぎだろ〜!! そのギャグ」
広間の机をバンバン叩きハヤトが笑い出す。
「か、神様だなんて性質の悪い冗談だなぁ、ガキ」
鼻で笑うガゼル。
子供の精一杯の見栄だと考えて苦笑するリプレ・エドス・トウヤ。
各人の反応をしっかり確かめて
は小首を傾げる。
非常時だから名乗っておこうと思ったのだが。早すぎたか?
まあ、いい。どの道我には見届ける義務がある。
我が守護せし結界を荒らす輩の辿り着く先を。
神様なのは本当であるし。
名前も略してしまったが
という名前は本当。
嘘をつかぬのは我の主義。
まだ幕は上がったばかりだが、冗談だと思っていてもその心に刻んでおくが良い。
我が神と名乗った事実を。
長らく人として生活していたお陰で、ハヤトやガゼルのリアクションは当然のモノと受け止められる。
は小さく欠伸を漏らし、我関せず。
眠そうに目を擦った。
「あら、眠いの?
」
欠伸を漏らした の顔を再度覗きこみ、リプレが尋ねる。
は無表情のまま首を横に振った。
感情は表に出ていないのに妙にしっくり馴染んでいる 。
無意識に
の頭を撫でながらリプレは不思議な親近感を抱く。
不思議。
嘘をつくような子供には見えないんだけど、どうして神様、なのかしら?
小さな手で目を擦る を見下ろし、リプレ自問自答。
その間も
の爆弾発言について周囲が意見を戦わせている。
甘ちゃんの仲間と甘ちゃんの『はぐれ』達。
ここは元孤児院だし、自分達も孤児だ。
レイドという後見人が居なければ危うい立場なのは分っているし。
困った時はお互い様なのも分っている。
だが、そこまでして助ける必要があるのか?
この役に立たなそうな、フラットを理解できない空気を持った二人の少年を。
苛立つ心を極力抑えてガゼルは皮肉気に会話の遣り取りを聞く。
下らないし、夜も遅い。
部屋に戻ろうと踵を返したガゼルの上着をいつの間にか
が掴んでいた。
「なっ……なんだよ!?」
「屋根裏」
眉根を寄せたガゼルの服を掴んで指を天井に向ける 。
屋根に上りたいと何故かガゼルには理解できてしまう。
丸い大きな の瞳。
目は口ほどに物を言うと。
この格言をしらないガゼルだったが実体験中。
小さく舌打ちすると些か乱暴に の手首を掴み屋根裏部屋へ上がる階段を登る。
無遠慮に手首を持ち上げられた状態なのに、
は文句一つ零さずガゼルに伴われて屋根裏部屋へ。
肌に心地良い夜風と頭上を護る丸い月。
小さな身体で見上げ
は目を細めた。
「すまない」
口を開きかけるガゼルを制して は謝罪の言葉を口に出す。
当然何かを言い掛けたガゼルは口を開いた格好で動きを止める。
「ガゼルに、フラットに迷惑をかけている状態だと察し謝罪したが、間違っているか?」
月明かりに照らされた の横顔。
子供らしい丸みを帯びた体のパーツとは真逆。
は大人びていて老成した口調で語り始めた。
「僕が神かどうか。信じる信じないはガゼルの自由だ。ヒトの心を縛るほど無粋な真似はないからな。処でガゼル。二三点確認しておきたい部分があるのだが?」
屋根の上に座り込み、街全体を見渡す。
綺麗に区画された一角や、ここと似たような薄闇の一角。
聳え立つ城に掲げられた松明の灯りと。
賑やかな色とりどりの灯りに彩られた一角。
街並みへ顔を向け、隣に居るはずのガゼルを見ずに
は言った。
「この世界の事。フラットの事。ガゼルから見た世界の色を教えて欲しい。郷に入っては郷に従えだ。この街に住むガゼルの口から聞きたくてな」
「だったら……レイドやエドス、それにリプレに聞けばいいだろ」
素っ気無い態度を表向き装いガゼルは鼻を鳴らした。
なんなんだろう? この小さな生き物は。
他の世界の天使や悪魔には見えない。
遠巻きに見た召喚師達とも違う。
妙に大人びているだけで危険な匂いもしない。
何より……己の不機嫌と苛立ちを知って尚怯まない。
あのハヤトとトウヤですら自分の顔色をチョロチョロ窺っていたのに。
「うむ。それが常なのだろうが、僕はガゼルから聞きたい。止む得ない状況とはいえ、カモを見つけて金品を巻き上げねばならぬのだ。
幼き頃より苦労したのだろう? 真の辛さを知らぬ者からの話は、虚言に満ちている事が多いからな。だから僕はガゼルから聞きたい」
相変わらずの鉄面皮。
屋根の上に立ち上がって爪先立ちして。
ガゼルの視線を無理矢理に捉えて
が言い切った。
「本当……なんなんだよ……、お前」
アンバランス。ちぐはぐだ。
本当に召喚された『はぐれ』なのか、疑いたくなってしまう。
動揺を隠して呟くガゼルに
は小首を傾げる。
「言ったであろう、神様だ」
眉間に皺を寄せて言う にガゼルは肩を落とした。
神様ならフラットに世話にならずにさっさと帰れと言いたい。
咄嗟にそう思う。
「あー、そーだったな。お前は神様……」
だったな。続けて言おうとして、ガゼルは口を噤む。
はそれまで穏やかだった瞳を急に冷たくして視線をガゼルへ送る。
「僕は汝を尊重し、汝を表す音で汝を呼んだ。例え汝からみて僕が劣っている存在でも、音を知っているのにそれを行使しないのは失礼だろう。違うか?」
真一文字に引き結ばれる の小さな唇。
表情は変わらないのに、瞳だけが雄弁に表すこの子供の『怒り』
腰に片手を当ててガゼルは片眉を持ち上げた。
「……どんな命であっても命は一つだ。在るだけで美しいものなのだ。最低限の尊重は住む世界が違えどあるものだろう。少なくとも僕は汝を疎かには見ていない」
言って は俯く。
トウヤという名の少年に似た艶やかな黒髪が、ハラハラと の顔にかかる。
一人深刻になっていく
にガゼルは失笑。
「可愛げがねぇな。素直に名前で呼んでくれって言えばいいじゃねぇか」
のゆむじを指先できつく押し、ガゼルはため息混じりに小さな声で喋った。
「名前で呼んで欲しい、ガゼル」
ガゼルの言葉に反応して直ぐに が願いを口にする。
口調は珍妙で堅苦しくて偉そうなのに行動と言葉の中身は子供のよう。
無自覚にガゼルはニヤリと笑って
の髪を乱暴に乱した。
「呼んでやるよ。それに、この世界の事か? 生憎俺は頭とか良くない方だぞ?」
念を押すガゼルに「ガゼルから聞きたいと言っているだろう?」なんて。
は不思議そうに質問に疑問で応じる。
「そうかよ」
なんだか悪い気はしない。
ガゼルは両腕を前に伸ばし大きく伸びをしながら、何から話そうと。
珍しく初対面の子供と馴染んでいる自分を自覚したのだった。
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