『彼女の横顔4』




海岸に駆け込んだ 達を待ち構える悪魔達。

CHARIOT(破壊神)の『タニロス』が群れを成して牙をむき。
LOVERS(妖精)の『ジャックランタン』達も一斉に手にしたランタンを掲げる。
棺桶から上半身を出したDEVIL(悪魔)『リッチ』が鎌を振りかざせば他の悪魔達も呼応してそれぞれの武器を振りかざす。

最後尾に仮面党の戦闘要員と思(おぼ)しき仮面にローブといった出で立ちの人間が数人居た。

「はう〜、激闘! 恵比須海岸ってコンセプト?」
は疲れきった風に汗に塗れた前髪を払い愚痴を零す。

これだけの数を相手に戦うのは可能だ。
の他に戦い慣れた二人も居る。
ただ は今ココで彼等と戦いたくないと思った。
船から無事脱出した彼等に自分達の戦いを見せたくなかった。
今は。

「今はお帰り? これ以上の喧嘩は嫌なの」
構えを取る上杉と麻希を制して は悪魔の群れへ歩き出す。
歩きながら は悪魔の瞳と向き合い静かに告げた。

《……》
殺気立っていた悪魔達は戸惑ったように体を揺らし、互いに顔を見合わせあう。
背後の仮面党員がなにやら喚いていたが、悪魔達は に注目していて、仮面党員達は無視されていた。

「叩いた方の手だって、叩かれた方の身体だって。両方、痛いんだから」

望んで世界に出て来た訳じゃない。
人々の噂と悪意によって彼等は世界に現れ、敵として葬り去られていく。
そのシステムを作ったのは他者で眼前の悪魔達もまた被害者である。

の本音に悪魔達は手にした武器を下へ下ろした。

「お願い。今は争いたくないの。戦いたくないの。貴方達とわたしはとても近いから」

自分の考えで意思で動いている筈なのに。
この胸を焦がす焦燥感は消えてくれない。
大切なものを沢山見落としている感覚。

上手く表現できないが はセベクの冒険時と同じ不透明感を今、感じていた。

「操られるだけが、戦うだけが。わたし達じゃない」

種族の垣根を越え和解出来るなんて綺麗事は口に出さない。
ただお互いの意見を聞く耳は持てる。

願いを込めて語る に悪魔達は砂浜へ一斉に跪く。
この間もずーっと仮面党員は何かを声高に宣言していたけれど。
迂回して彼等に近寄った上杉と麻希に睨まれ黙り込む。

《仰せのままに、グライアス》
少々ざわついていた悪魔達の誰かが へ答える。
それが合図。
砂浜を埋め尽くしていた悪魔達は自らの意思で、彼等の王でもあるグライアスの意思を汲み取って去っていった。

ちゃん、辛かったな。いや? 今でもしんどいか」
なんだか一気に疲れてしまった。
膝に手を付き上半身を折り曲げる を上杉が労う。

悪魔の撤退によって足元の白い砂浜が見えるまでに回復した恵比須海岸。
仮面党員達は砂の上で大の字に寝転んで失神中である。
(上杉と麻希が協力してノした)
沖、と評するほど遠くはないところに円筒形の飛行船の残骸が横たわっていた。

「え?」
上手く聞き取れなかった麻希が上杉に聞き返す。
「!?」
は一瞬動きを止めゆっくりした動作で顔を上げた。

強張った表情には己の不安を読み取られた恐怖が張り付いている。

逃げ出したい気持ちを叱咤して懸命に動き回ってきたけれど。
将来襲いくるあのショッキングな光景から逃れられた訳じゃない。
極力考えないようにして見なかったフリをしているだけだ。

「フツーは怖いっしょ? 俺様だってあの時は何度挫けそうになったコトか。今回はまだ当事者じゃない分冷静だけど?」
顔を引き攣らせた に今度は自分の眼鏡をかけてやり、上杉は微苦笑する。

傷ついた過去を隠しお調子者のレッテルに便乗していた過去。
ヘラヘラ笑って場の空気を和ませながら、必死で己の立ち位置を死守してきた高校生時代。
笑って誤魔化して逃げて、手にしたものは当たり障りのない自分だけ。
誰も自分を『理解』してくれない寂しさは上杉にだって経験済みだ。
麻希や諒也、アヤセに南条、上杉に城戸、それから、エリーが持つ『寂しさ』とは種類が違うだろうが。

ちゃんは当事者っしょ」
上杉は努めて軽い口調で言葉を繋いだ。

どうにもこうにも。
の持つ『寂しさ』は自分と似ていて本当に困る。
人当たりの良さに寂しさを隠して無茶をする。
能力が高いのは構わない。
ただ……当時の自分とは違い彼女には理解者が居るのだ。
彼等すら騙そうとするのは傲慢ではないだろうか。

「俺様の前で無茶はダメダメ。無理して笑っても俺様見抜いちゃうよ〜」
短い時間だったが彼女の横顔を観察していた上杉の、人を見る目は確か。
人差し指を左右に振って笑う上杉に の顔は泣き出す寸前に変化していった。

「少しは先輩達を頼るんだぞ? そりゃー、 ちゃんみたいに『役目』を負ってるワケじゃないけどさ。お得だと思うぜ、助っ人としては」
極力おどけて。
優しく、過去の自分の様に小心な彼女の柔らかい部分を傷つけないように。
上杉は麻希とは違ったニュアンスで先達を頼れと忠告した。

「疲れたら疲れたって言っても。嫌になったって叫んでも。逃げて、全てを投げ出しても。誰も ちゃんを責めたりしないさ」

 心配しなくても諒也だって、妹を非道だと責めたりしないよ。

暗に含ませ断言してやれば は何度も瞬きをして目尻を指先で乱暴に拭い始める。

「上杉君って……そーゆうタイプだったっけ?」
ふにゃけた顔の と余裕綽々の上杉。
好対照の二人を交互に見て麻希は不思議そうに上杉へ問う。

元来がフェミニストな上杉だから に優しいのは理解できる。
麻希にだって十二分に気を使ってくれる彼だから。
しかしココまで踏み込んで を諭すとは麻希も考えてはおらず。
意外だと感じてしまう。

「や、俺様基本的に女性の味方だし。こーんな可愛い盛りのオンナノコが、嘘っこ笑いしてても可愛くないし?
折角こんなに可愛いんだから、可愛く笑ってもバチは当たらないって言いたいだけ」
麻希の素朴なツッコミに上杉が額に冷や汗をかきつつ、それでも実に上杉らしい回答を返してきた。
心持ちトホホなんて雰囲気も醸し出している。

「ありがと」

 スン。

鼻を鳴らして呟いた の真横を横切る黒い影。
早すぎて誰だか分らない。
キョトンとした顔になる の直ぐ目の前で上杉が絶叫した。

「城戸っちギブギブ!! 俺様も諒也から頼まれてんだからお互い様っつーの!!!」
大慌てで飛び込んできた黒い影。
城戸との間合いを計りながら、上杉は両腕をオーバーリアクションで左右に振る。

「……無事で何よりだ」
城戸は麻希に軽く手を上げ、上杉は綺麗サッパリ視界から消去して。
の前に立ち彼女の無事を確かめる。

「俺様無視!?」
上杉が両手で頬を抑えムンクの叫び状態で絶叫した。

これでもセベクスキャンダル時に成長したとの自負がある。
タレントとして経験を積みながら『良い男』に近づいているという幾ばくかの自信もある。
心に不安を抱える妹分のお悩み相談だって引き受けるし、その彼女が漸く落ち着いてくれた。
上杉の地味な努力が実を結ぶ直前に現れる元死神番長(正しくは裸番長?)
の気持ちを掴んだと思った瞬間の横槍にトホホ感だけが一層増していく。

「ごめんなさい、城戸っち。わたし」
「気にするな。あの時の俺よりかは遥かに、遥かに はあいつ等の役に立っている」
項垂れる の頭の帽子。
趣味の悪い、明らかに上杉のだと分るソレをさり気なく砂浜の上に捨てて城戸は に応えた。

あっさり捨てられる素敵帽子(上杉談)泣き真似をして拗ねる上杉を麻希が爆笑を堪えつつ宥めている。

「ありがとう、城戸っち」
笑う の顔から今度は眼鏡を取り外した城戸に、上杉は溜まらず怒声を張り上げた。




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