『彼女の横顔3』




騒ぎを起して居辛くなった。

珠阯レTVを早々に後にした 達は、何度目かになる移動を開始する。

「移動しながら喋ってくれればオーケー、オーケー」なんて、軽い調子の上杉に助けられた形で。

エリーとメールを交換した麻希が、

達哉達が港南区の『空の科学館』へ向かった

と情報を仕入れたせいでもある。

「やっぱり上手くいかないよね。わたしはただ、もう一度黒っちに笑って欲しかっただけなんだけどさ。
お兄ちゃんが麻希ちゃん達にしてあげたみたいに。フツーに笑うってゆーのを取り戻してあげたかっただけなのに」

俯く の頭を撫で上杉は無言で自前の帽子を に被せた。

別に母親が『戻っておいで』と淳を説得したところでアヤセが戻ってくるとは考えていない。
もっと奥深いところ。淳が告白した『お姉ちゃん』とやらを忘れた『皆』に『罰』を与える。
これを成しえるまで淳は戻ってこない。
ニャルラトホテプが創り上げた毒蜘蛛の糸に絡まれ淳は盲目的に復讐を夢見る。
単純な問題でないのは一番分っていても、淳の孤独の破片も感じ取れない母親に怒ってしまった。

 あぁーあ。
 セイジンクンシュ様じゃないし、無理だよね。
 あの状況で黙ってるのって。
 でもお兄ちゃんなら黙って見てそうでマジ怖い。

はその場面を想像して身震いする。

首を竦めて小さく震え、先程とは違った足取りで科学館への道のりを歩く。
歩道を散歩感覚で、右から上杉・ ・麻希の順、横一列になって歩いていた。

「あの人、平凡になるのが嫌だったの。早くに結婚して、黒っちを生んで。
そんなありきたりの生活に我慢できなかった。だから女優になった」

短い接触から感じた純子の屈折した夢。これ迄。
は掻い摘んで麻希と上杉に説明する。

上杉は諒也とは違った意味合いで不快感を齎さない青年だった。
付かず離れずの距離を保ちながら に接してくれている。

「そう……女優の黒須純子が。サキが捜してる男の子のお母さん、ね」
麻希は上半身を捻り、珠阯レTVの建物の方角を一瞥した。

が冬に出会った淳少年を取り巻く陰謀。
達哉・リサ・栄吉が何故か名指しで巻き込まれている。
彼等と黒須淳を結ぶ接点があるのか?
ここまで考えて麻希は頭を軽く左右に振った。

今は落ち込む を助けてあげるのが先だ。

「息子が居るって聞いてたけど、その息子が高校生とは俺様もビックリよ。ビックリ箱だなぁ、ゲーノーカイって奴は」
を挟んで右側を歩く上杉も軽い口調で応じる。

上杉が着替えて1階へ戻ったあの時の騒ぎには流石に驚いた。
小さな身体で怒りを体現する の素直さと無鉄砲さに。
無謀さでは稲葉とタメを張れるかと。
かなり心配になったのは上杉だけの秘密である。

「私の処とは逆なのかも」
麻希は遠くを見詰める顔つきで、誰に言う風でもなく小さく言った。
上杉は麻希の一言に顎に手を当て考え始め。

「???」
はなんのことやらサッパリで首を捻った。
「あ、なーる」
最初にまともな反応を麻希へ返したのは上杉である。
ポンと手を叩いて上杉が一人納得顔でうんうん頷く。
「????」
だから何なのか。
は眉間に皺を寄せ何度も瞬きを繰り返した。

「つまり、 ちゃんの捜してる『黒っち』はJOKERと繋がりがある。正しくはニャルラトホテプだな。
即ちソコには放火魔ことキングを始めとする、仮面党とも繋がりがあるワケだ」
「うん」
人差し指を立てた上杉が会得顔で講釈を始める。
揺れる上杉の人差し指に釣られて の頭も左右に揺れた。

まるで親鳥と雛鳥。
麻希は吹き出したいのを堪え、上杉センセイに全てを任せる。
元々が感情の機微に敏い彼の事だ。
や自分に不快感を与えずに解説するだろう。
確信を持って麻希は上杉に任せる。

「で、黒須純子は仮面党と関わりがある。
俺様も調べてたんだけど、彼女、大人達からイデアルエナジーとやらを集めてる幹部。らしいんだよね〜。
つまり、彼女は仮面党の幹部、結構偉いかもしれない」
食いついてきた に上杉は唇の左端を持ち上げ、話を続ける。

「うん」

 こくり。

素直に は首を縦に振った。

純子からは仮面党の気配を感じていたし、彼女自身ペルソナ使い独特の波動を放っていた。
上杉の調査内容はほぼ正しい。
肯定の意味合いを込めて頷く に上杉が表情を緩める。

「自分を捨てたに等しい親を近くに置くか? フツー」
しかし直ぐに上杉は表情を引き締め真顔に戻った。

「俺様だったらJOKER様に進言して、ちょっとした報復とか企てちゃったりして? バイオレンス路線に走っちゃうかもよ」
薄い色のサングラス奥。
上杉の刺す様な鋭い眼差しが の瞳を捉える。

口ぶりは何処までも茶化したものだが、瞳は鋭い。
は唇を引き結び上杉の単語を頭の中で咀嚼した。

「元々綺麗な人だったんだろうけど、あの若さは変だもの。きっと彼女も自分の夢をJOKERに叶えて貰ったんだわ。
黒っち君と繋がりあるJOKERがわざわざ彼女の夢を叶えるなんて……可笑しいと思わない?」
ここで麻希は口を挟んだ。
上杉と の視線が麻希へ集中する。

「少なくとも私は許せなかった。私の場合は単なる甘えだったんだけど、でも許せなかった。
黒っち君はもっと寂しかっただろうし。母親を大事に思う反面、少し、恨めしく思ったりしなかったのかな? って、思うわけ」
麻希が付け加えれば上杉は曖昧に笑い、 は口先を尖らせた。

「黒っち、優しすぎる」
親指の爪を噛み締め が苦々しい物言いで呟く。

それから は自分の表情を二人に覗かれないように、上杉の帽子を深めに被った。

の意見に内心で賛成する上杉と麻希は複雑な顔をして口を噤む。

これ以上『黒っち』なる人物について語っても の気持ちを暗くしてしまうだけ。
だったら間もなく合流する新たな冒険者、彼等についてでも話した方が気が紛れるだろう。

算段をつけて顔を上げる上杉だが。
薄っすら開いた唇を閉じ二三度深呼吸してから腹筋に力を込めた。

怒涛の如く押し寄せる非現実・敵の手腕に内心で舌を巻きながら。

「巻き込まれた子達もそーとーなのかもよ? 見事に燃えてるしさ」
場違いに間延びした上杉の声が や麻希を現実へと引き戻す。
「……あー……」
麻希がなんとも云えない顔つきで黒煙を噴き出す『空の科学館』を見詰める。
「燃えてる」
も言葉少なに科学館の状態を音に出した。

爆音と崩れ落ちる科学館を眺める の視界の端。
銀色に光る円筒形の何かが黒煙の間を縫い海岸へ徐々に落ちてく。

「あれって飛行船? あそこからユッキー達の気配がするけど。海岸まで泳いで戻ってこれる距離かな?
駄目だったら海岸から迎えに行くとして。海岸には……」

円筒形の物体を指差し がその指で海岸線を示せば、そこには大量の悪魔。
誰の差し金か、なんて考えている暇はない。
乱れる達哉達の気配に は海岸目指して駆け出す。
根性で海岸まで泳ぎ戻ったとしても悪魔に返り討ちにされたんじゃ意味がない。

「大量のお客サンかぁ。俺様モテモテ?」
「変わらないよね、上杉君。そんなトコロも」
軽口を叩き上杉が を追いかけて走り出す。
非常事態に於いても自分のペースを崩さない。
上杉の余裕に麻希は最上級の賛辞を贈ってから走り出した。

俺様も少しは成長してるんだよ……麻希ちゃん。

なんて、上杉が胸裡だけで泣いていたのは謂わずもがなである。




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