『彼女の横顔1』



珠阯レTVの1階ロビーは誰もが入れるオープンスペースとなっている。

当然、奥のスタジオやら珠阯レTVの緒部への出入りは、スタッフパスがなければ出来ない。
普段なら厳重な出入り口の警備も薄い中、 と麻希は自動ドアを潜り抜け珠阯レTVのロビーへと足を踏み入れた。

「うーん、初めて来るけどなんか」
はロビーを一頻り観察してから腕を組む。

人気の少ないロビー。
立派なエレベーターの前にはガードマンが厳つい肩を怒らせて仁王立ちしている。
忙しない空気を持ったスタッフらしき人間が行き交うロビー。
ごくごく当たり前の日常が珠阯レTVにはあった。

「意外?」
腑に落ちない顔の に麻希が首を傾ける。

「爆破騒ぎとかあったのに、やけに落ち着いてるトコとかね。自分達には無関係だって考えてるのかもしれないけど。
ニュースとかになって、少しは警戒しても良さそうなのに。こんなにフツーなのが逆に怖い」
顎に手を上げブチブチ呟く は、行動や態度こそ違えど。
あの時の諒也そっくりだ。
現状を冷静に捉えようとする諒也に。
似たもの兄妹かと麻希は自分で考えた台詞に心の中だけで笑う。

「確かにな〜」
と麻希の背後から、徐に に同意する第三者の声が上がった。
語り口の声は軽く緩い。
けれど真剣みを帯びた空気を伴う声音である。

「はい?」
気配を察せなかった はキョトンとした顔つきで背後を振り返る。

目の前には長身で柔和……何処となく愛嬌のある顔立ちを持つ茶色い髪の青年が立っていた。

「上杉君! 久しぶり」
「やほ〜、久しぶり。麻希ちゃん」
背後を振り返った麻希が目を輝かせ、帽子&眼鏡で決めている青年・上杉を見上げる。
ピースサインを横向きに決めた上杉は器用に片目を瞑ってみせた。

「で、そっちが ちゃんだ」
上杉は次に へ目線を落とし人懐こい笑みを浮かべる。

諒也の人当たりの良い笑みとは違う、親近感を覚える柔らかい微笑を。
タレントという職業とは違った愛想の良さに は少しだけ戸惑った。

馴れ馴れしい……雰囲気を持っているのに、ある一定の距離を踏み込ませてくれない。
上杉の眼差しに は口先を尖らせる。
奇妙な顔つきの とニコニコ顔の上杉。
両方を客観的に眺め口元に手を当てる麻希。

表立ってのユルさは上杉も も似たり寄ったり。
けれどコンプレックスを乗り越え、逆手にとって職業となし、世の中に出た上杉の方が遥かに『上手(うわて)』なのだ。
には分が悪いだろう。
分析して麻希は の第一声を待つ。
どう上杉に反応するのだろうか。

「あの」
戸惑いがちに が上杉に口を開く。

他のメンバー、主にアヤセから面識のない上杉や南条、エリーの話は聞いていた。
けれど初対面の相手に名前を呼ばれれば不思議に思ってしまうのは仕方がない。
眉を顰める の顔を見て上杉はもう一度人懐こく笑う。

「あだ名で呼んでも楽しそうだけど、俺様フェミニストだから」
ドギツイ紫色のハイネックと赤のベスト。
タレント仕様の服を身に着けながら物腰は柔らかい上杉のペースが掴めない。
はどう話したら良いのか分らず何度も瞬きを繰り返す。

単純思考の稲葉や、堅物の城戸、喰わせ者の諒也とはまた違ったタイプである。

「うわ〜、変わらないね。上杉君」
胸の前で両手を組んだ麻希の瞳がキラキラと輝く。

女性同士では交流があった彼等だが、男性陣はというと。
高校生という多感な時期も相俟って卒業と同時に多少疎遠になってしまっていた。
稲葉や南条といった『仕切り屋』が留学してしまったのも痛いかもしれない。

滅多に直接会う事のなかった仲間に会えて麻希は素直に嬉しいと思った。
ちょっとした同窓会気分が胸の奥底に湧き上がる。
ブラウン管を通して見つめる彼は随分世間慣れしてしまったかに見えるが、本質的な部分では変わっていない。
確信が持てる。
だからつい弾んだ調子で麻希は彼の名を呼んだ。

「や、結構逞しく成長したって思うんだけどな」
親指で自分の心臓の上を示し上杉はめげずに麻希へやんわり否定の台詞を吐く。
「ううん、変わらない。全然変わってないよ」
が、目を輝かせた麻希の無邪気なトドメに撃沈。
「そ、そっか」
上杉は頬を引き攣らせ汗をかき始める。

麻希の悪気のない褒め言葉に成す術もない上杉に は早くも二人の力関係を垣間見た。

 麻希サマ最強伝説、ここに始まる?

ユッキーも微妙に麻希ちゃんには弱かったな。
等と考えながら、 は裡で待機するペルソナ達へ問いかけてみる。

《そういう微妙なボケは楽しくないから止めなさい》
とかなんとか。
窘めつつも麻希最強説は否定しない辺りがソルレオンらしい反応だ。

 はーい。
 冗談はさておき、アヤセは上杉サンのコト
 『女の子には優しいエセフェミニスト』
 だって言ってたよね。
 確かに人当たりは一番良いのかも。
 お兄ちゃんのあの、上辺だけってカンジでもなさそうだし。

はソルレオンに相槌を返し、遭遇したばかりの上杉について考える。
《諒也に聞かれたら半殺しにされるわよ、
上辺だけの優しさでも、あれだけ振舞えるのだから立派なものだ。
一瞬喉元まで言葉が出掛かるも、そこは魔獣王の母親代わり。
グッと堪えて諒也の恐ろしさを説く。

《目上は敬う》
麒麟も険しい口調で の暴言を諌めた。

 そ、そりゃ、そーだけどさー!!
 でもなんか不思議なカンジ。
 聖エルミンの制服着て槍を振り回してた上杉サンしか知らないし。
 あ、後はTV番組で見る上杉サンとか。
 実際に会ってみると印象違うね。

慌てて話題を変え気まずくなりそうな空気を払拭。
は内心の冷や汗を拭った気分で、麻希と卒なく会話を交えている上杉へ視線を戻す。

「詳しい事情はエリーちゃんから聞いたよ。仮面党と俺様達みたいに巻き込まれた、面々の事とかな。
どっちにしても爆弾騒ぎだろ? この後は仕事にならないだろーから、オフにしてあるんだ」
唇の端を持ち上げ上杉はニヒルに笑った。
「じゃぁ」
麻希がやや上擦った声で上杉に短く問う。

情報を得られれば幸い。
行動を共にして貰うなんて正直考えていなかった。
の願いを知らない上杉がどれだけこちらを信用してくれるのか。
麻希としても未知数だったのだ。

「か弱いオンナノコだけを戦わせるのは流儀じゃないからね」

 一緒に戦った仲間っしょ?

付け加えて上杉は手をヒラヒラと左右に振る。

「………か弱い…」

 そうかぁ?

訝しい顔で は喜ぶ麻希に視線を走らせたが、報復が怖いので慌てて目線を逸らす。
触らぬ麻希サマに祟りなし。

「着替えてくるから、心待ちにしててくれよ〜」
麻希から視線を逸らした の頭を撫で撫でしてから、上杉は珠阯レTVの奥へと一旦姿を消した。



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